このブログを始める前は、James Joyce の 「Ulysses」に熱中していまして。
で、「Ulysses しちてんばっとー記」なるものを「一太郎」で作っていました。
たとえば、lourdliy なる単語について。
※(G)とは、「Ulysses」の注釈本 Don Gifford の 「Ulysses Annotated」
※(T)とは、Weldon Thornton の「Allusions in Ulysses」
(G)によると、意味は =heavily。
(T)にはない。
なぜか OED にも載っていない。
スペルが似ている単語で、lourd、lourdly 「にぶい,だるい,のろい,馬鹿な』はある。
この2語は仏語からの借入語。
ということは、仏語の lourd もしくは、借入語 lourd、lourdly からのジョイスの造語か?スッキリせず。
自分が言うのもナンですが、苦労しているようでもあり、楽しそうでもあり。
毎日やっていたわけではないですけど、1回読み終えるのに、3年ぐらいかかりました。
川口喬一(著)、"「ユリシーズ」演義" のあとがき。
...わたしは大学院の授業で二度『ユリシーズ』を読んでいる。週一回約三時間の授業で『ユリシーズ』を読むには、しっかり読んでいると何年かかっても終わらない。
最初に読んだときは、最初から一緒に読みはじめた学生たちが期待通りにそろそろ中毒症状を呈しはじめたと思えるころになって、1人ずつ英語教師になって教室を去って行った。それと反対に、作品をだいぶ読み進んだころになって遅れて入ってきた学生のなかには(当然のことながら)気分的落伍者が出るようになった。それを潮時に『ユリシーズ』を教室で読むことを中止した。
自分は独学で「ユリシーズ」を読んだので、ひとつの言葉に何時間もかけたり、一文を解釈するのに何日もかかったことも。
まあ、独学といっても、英語、日本語、フランス語をはじめ、大量の「注釈書」があり、それにお世話になったので、独学とはいえませんが。
はじめのころは、『ユリシーズ』について読むべき本はあまり多くなかった。それだけ読めばあとは自分で考えればよかった。ところがこの数十年の間に、数え切れないほどの研究書が次々に生産された。
―川口喬一・同書「あとがき」