ウィンストン・チャーチル(Winston Churchill)といえば、第二次世界大戦時のイギリスの首相として有名です。
ですが、チャーチルは1953年にノーベル文学賞を受賞したほどの名文家でもあります。
今回は、チャーチルの「My Early Life」の中に出てくる、7歳になり、初めて学校に行ったときの話でも。
チャーチル家といえば、マールボロー公爵(Duke of Marlborough)という、イギリス王家よりも歴史の長い名門の血を引く家系。
そんな、銀の匙(さじ)をくわえて生まれてきた子弟の将来は決まっていました。
将来のエリート養成学校、Public School に進み、ケンブリッジかオックスフォード大学へ進み、そのあと軍隊に入り、最終的には政界進出。
チャーチルは七歳でアスコットの聖ジョージ校に入学し、有名 Public School、ハロー校へ。
しかし、ラテン語が大の苦手なチャーチルは、そのまま陸軍士官学校へと進みました。
当時、ラテン語が苦手、というのは、今でいう「英語が苦手」、よりも進学に大いなる障害でした。
まあ、Soldier from the beginning (生まれたときから兵士)という言葉があるかどうかは知りませんが、チャーチルにとっては軍隊はまさに天職。
そのことについて書くと長くなるので。
本題、チャーチル、七歳にして天命を知る、の話。
チャーチルは母とともに、初めて聖ジョージ校に行く。
校長(Headmaster)と話をしたあと、年級担任(Form Master)の部屋へ、一人で連れて行かれました。
ぶ厚い一冊のラテン文法書を差し出す Form Master。
'You have never done any Latin before, have you?' he said.
「君はラテン語は習ったことはないよね?」と先生。
'No, sir.'
「はい、ありません」とチャーチル。
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