洋書、限定して、英語の本を読んでいる方はたくさんおられます。
どうして洋書を読むのでしょうか?
この問題は人類が二足歩行をはじめて以来の...
なのか?
それは、ともかく。
洋書を読むこと、洋書の読み方、について。
自分はもう英語を話したり、書いたりする環境にはありません。
今後もないでしょう。
外国人と、外国語で、ちょーちょーはっし、には不向きな性格だと気づいたので。
それはともかく。
洋書を読むこと。
渡部昇一さんの『知的生活の方法』に次のことが書いてあります。
今日はちょうど「成人の日」であるが、去年の十二月ころから正月休みにかけて、私が読んだ英語の小説は二千ページに近い。もちろん私はアメリカ文学の専門家ではないから、義理で読まなければならないものは一冊だってないのである。それは純粋に知的歓びからである。専門書を読んだり、書き物をした後で、新刊のアメリカの評判小説を持って寝床に入り、三十分か一時間、ときとしては二時間、三時間と読む気分は、王侯の地位とも交換できない。もちろん日本の小説でもよいわけだが、日本にいて外国の新刊を楽しめることは、まさに二つの世界を自分の中に持つに等しいのである。
渡部昇一さんは日本有数の英語学者です。
ですが、英語を使う職業についてはいないが、娯楽として洋書を読んでいる方も日本にたくさんおられるでしょう。
自分も、その一人。
それでは、どう洋書を読むか。
今は絶版になっていますが、上田勤・行方昭夫(著)『英語の読み方、味わい方』の一節。
英文の意味がわかっても,それが理知的な文章なのか感情的な文章なのか,判断がつかなくては,本当に読んだとはいえない。一口に感情的といっても,喜怒哀楽のいずれなのか。怒りの気持ちを表現している場合でも,それを直線的にぶつけているのか,斜に構えて皮肉たっぷりであるのか,そういう区別もできなくてはならない。このように検討することによって,はじめて英文は生き生きとした姿を外国人である読者にも示してくれるのだ。
くどくどと、それについて自分が語ってもあれなので、実際に『英語の読み方、味わい方』の例文の一つを読んでみます。
イギリスの小説家 Graham Greene (1904 - 1991) の 『The power and the Glory (1940)』の冒頭。
まずは読む前の前提として、
Mr.Tench はメキシコの片田舎の港町に住む白人の歯医者で,エーテルは患者の麻酔用に使うのである。
−『英語の読み方、味わい方』
英文に出てくる ether [ イーザ] cylinder は「エーテルの入った円筒」。