洋書と英語の日々


音読と黙読


外山滋比古さんの『近代読者論』(みすず書房)に、「読む」と題するエッセイがあります。

出だしは、

「読む」という動詞が、古くはどこの国においても、音読を意味していたらしいことは、たいへんに意味のある事実だ。
−外山滋比古「近代読者論」

確かに「読む」という字には、という文字が入っています。

英語の read にも、語源を調べると、「読んで聞かせる」という意味が古英語時代(※だいたい8〜12世紀)の頃からあったようです。

外山さんは続けて、

今日ではしかし、「読む」といえば、まず、声に出さずに、文字、それもたいていは、活字になった文字を読むと解するのが常識である。声を出す読み方をあらわすには、音読とか朗読とかいう別のことばがある。
−外山滋比古「近代読者論」

英語の read も、「声に出して読む」という意味がありますが、「声に出して」を強調するには、read out という言葉があります。

自分は英語圏で授業を受けたことはありませんが、学生時代、英国人の先生に read out といわれた記憶があります。

黙読、頭の中の音読。

ところで、自分は洋書(英語)を読むとき、声には出しませんが、なんとなく頭の中で声を出しながら読んでいます。

たいていの黙読に際して、われわれは声こそ出さないが、声の出る一歩手前の声帯の小さな運動を行っているらしく、それを心声と感ずるもののようである。黙読でも長時間本を読むと、声帯のあたりが疲れて来る。とにかく、今日のいわゆる黙読も完全に音から絶縁した読み方ではないことは認めてよいであろう。
−外山滋比古「近代読者論」

自分はかなり頭の中で声を出しながら読んでます。

しかも、かなり大げさに。

I got it !

アイ ガレ!

が、こういう読み方は、未熟な証拠のようです。

子供がはじめて読み方を習うときは、どうしても音読から入らなくてはならない。かなり音読の訓練を受けてからでないと、黙読による理解はできない。
−外山滋比古「近代読者論」

思えば日本語の本を読んでいるときでも、頭の中で声を出している。

そういう意味では、読書に関して自分は中学レベル?

だから洋書を読んでいて、知らない単語、特に発音がわからない単語に出会うと、つまずきます。

で、辞書を引く。

だから早く読めない。

最近、特に。

辞書を引かずに読んだのは去年のお正月、Thomas H. Cook の「Breakheart Hill」、以来なし。

お正月で気分もダラケきっていたので、辞書を引くのは面倒。
わからなければ、推測で。

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