カテゴリ : 英語

高梨健吉さんが亡くなられたのを知ったのは数日前、何か英語の参考書でも買おうかな、と Amazon を見ていたときでした。

高梨健吉という名前を初めて聞いたのは、高校一年のとき。
英語の担当だった先生が最初の授業で『新英語の構文150』を、毛沢東語録よろしく、生徒全員にくばり、必ず読みなさい、と。

強制的だなぁ・・・と思いましたが、ページを開いてみると、数日前まで高校受験を目標としていたことをすっかり忘れさせらることに。

『新英語の構文150』の分厚さ、そして文字ビッシリさに圧倒され、軽くめまいが・・・。

続きを読む »高梨健吉さんに思う

参考書に赤線を引いたり、思ったことを鉛筆で何か書いたり。
受験勉強をしていた頃、そういうことはしませんでした。

自分が受験生であった1990年代前半、参考書はだいぶカラフルになっており、重要なところが赤色や太字になっていたので、自分で作業する必要がなかったのが原因の一つかもしれません。

まあ、黒一色の参考書でも線を引いたりしなかったので、自分のモノグサな性格が主たる要因だったのでしょう。

ですが最近、蛍の光や雪の明かりで勉強をしたい、という強い思いに駆られまして。まあ、正確にいうと、軽く思っただけですけど。

続きを読む »蛍雪の功、そんな言葉に憧れて ~ひと夏の思い出を、山貞に

酒井邦秀(著)『さよなら英文法!多読が育てる英語力』という本に、次の話が書いてあります。要約すると、

M 君(中学一年生、小学六年のとき、一年間、イギリス人に入門英語を習っていた)。
◆四月から英語の多読を始め、夏休みには『Harry Potter and the Philosopher's Stone 』を読み終え、夏休みが明けてからスティーブン・キングの作品を次々と読み、十二月には、『IT』(44万語弱)を読んだ。

T 君(中学一年生、特別に英語を習った経験なし)。
◆七月から多読を始める。翌年の一月までに、シドニー・シェルダンのペーパーバックを全部読み、二月にはスティーブン・キングの『Firestarter』を読み終える。
―掲載 P259-260

この話は本当だと思う。そういう子も、世の中に存在する。

続きを読む »だから英文法に賛成する(1)~反「多読」英語勉強法

「英語」というカテゴリーには、次のようなものがあります。

  • grammar(英文法)
  • reading(英文解釈・英文読解)
  • writing(英作文)
  • listning(リスニング)
  • conversation(英会話)

最近は、英文法、単語の意味などを、ウェブで調べる人が増えています。
そこで、何が一番多く検索されているのか、Google トレンドで調べてみました。

続きを読む »英語といえば英会話?英和辞典、そして衰退へ?

昨日は江利川さんのブログ(希望の英語教育へ)ばかり読んでいました。

読むのに夢中で、缶コーヒーと灰皿の区別もつかず、吸殻入りコーヒーをそのままゴックン、なんてことも。

そして、「参考書欲しい、欲しい病」にかかってしまい。
河村重治郎・吉川美夫・吉川道夫『新クラウン英文解釈』などその一例。

ため息が出るような完成度。

全体が初級と上級の2部に分けられている。
初級編では、基礎的な文法事項を含んだ短文が1区分につき10文ずつ収められ、それが全部で100区分あるから、例文の合計はぴったり1,000。
しかも、各区分が対訳方式の例文、解説、語句註を合わせて、すべて見開き2ページにきちんと収められている。美しい!

もちろん、美しいだけではなく、それぞれの例文の質がきわめて高い。
解説も簡潔にして完璧だ。
―江利川さんの記事から引用。

オークションで五万だそうです。
近くのブックオフで100円で売ってないかなぁ・・・。

続きを読む »河村重治郎『新クラウン英文解釈』、ため息が・・・

外山滋比古さんの『新・学問のすすめ』にこんなことが書いてあります。

明治から今日までのおびただしい英文解釈法の「参考書」をごく大ざっぱに分類すると二つになる。
一つは南日恒太郎の『英文解釈法』に代表されるグループであり、他は山崎貞『英文解釈研究』によって代表されるものである。

山崎貞の『新々英文解釈法』は、2008年のクリスマスに復刊されました。
※ 参照 - 拙記事山崎貞『新々英文解釈研究』

南日恒太郎の『英文解釈法』はどんな参考書なんだろう?と気になっていましたが、詳しく書かれているブログを発見。

続きを読む »南日恒太郎『英文解釈法』、山崎貞に続き、復刊なるか?

前回、福沢諭吉、英学を志す(1) ~幕府時代と父の他界 では、諭吉が幼少のときに他界した父、百助の話を中心に書きました。

今回は、諭吉が漢学を学び始める話を。
ですが、諭吉はこんなことを書いています。

殊(こと)に誰だって本を読むことの好きな子供はいない。私一人本が嫌いということもなかろう、天下の子供みな嫌いだろう。
―『福翁自伝』

福沢諭吉といえば、「学問の人」というイメージがありますが、子供の頃は勉強嫌いだったとは意外。

それに、子供の勉強嫌いは、いつの時代も変わらないようですね。

続きを読む »福沢諭吉、英学を志す(2) ~十有五にして学に志ざす

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