カテゴリ : 英語

またまた伊藤和夫(著)『英文解釈教室』の話です。

今までは、「この参考書は素晴らしいが、の和訳はイマイチ」ということを書いてきました。

今回は、自分が誤読していた、という話(※ 結局は誤読ではなかったのだけれども。矛盾のように聞こえるでしょうが、その理由は記事の最後の頃に)。

誤読していたのは改訂版65ページ、旧版では63ページの次の英文。

Writing for the radio should be as easy as making intelligent conversation, because basically that is what it amounts to.

簡単そうに見える英文ですが、じっくりと考えてみます。

続きを読む »that is what it amount to 、代名詞 it、that は何を受けるのか?

used to と would は「過去の習慣・習性」を表す、といわれていますが、次の英文は「習慣・習性」と言えるかどうか?

I used to live in Lindon.
― 「OALD」(5th)

「住む」は「習慣」ではないでしょう。
でもまあ、習慣に従って、「習慣」としておきます。

ちなみに上の英文は、

I lived in London in a long time (for several years).

と書いてもたいして意味は変わらないはず。

しかし、まったく同じではない。
それでは used to と would の意味、そして違いは何か?

続きを読む »used to と would の意味とその違い

自分は英文法書は日本語のものに限る、と思っていました。
なぜかというと、その昔、英語(洋書)の英文法書を読んで、「わけわからん」と思ったから。
まあ、枝葉末節なことを書いてあるものを読んだからでしょう、その原因は。そもそも読むこと自体に難儀した。

その頃には初学者用に書かれた英語の文法書など「何を今さら・・・当たり前のことを書いてばっかで」、と「読む価値なし」との烙印を押していました。

『English Grammar in Use』(by Raymond Murphy)の評価が高いのは前々から知っていましたが、「へっ、そんなの知ってますよ」、ということばかり書いてあると思って拒否。

でも・・・みんなが「いい、いい」というなら、まあ、薬にもならないとしても毒にはなるまい、と購入。

買った。来た。見た。

・・・素晴らしい。

続きを読む »「English Grammar in Use」で英文法の基本を学び直す

While I was growing up in New York someone told me that if I dug a deep enough hole in the garden I would eventually reach China. Japan seemed even farther away.

ニューヨークで少年期を送っているとき、こんなことを言われたことがある。庭に穴を掘って掘って掘りつくすと、最後には中国に辿り着ける、と。日本はまだ遥か彼方にある存在であった。

ドナルド・キーン(Donald Keene)さんの『On Familiar Terms』の書き出しです。

満州事変が起こったときの感想。

Japan seemed like a very frightening country. I am sure that if anyone had predicted at the time that when I grow up my life would be devoted to Japan, I would have been absolutely astonished.

日本に対する印象は、身の毛がよだつような国であった。だから断言するが、その当時、誰かに「君が大人になったら、その後の人生は日本に捧げられることになるよ」とでも予言されたら、さぞ仰天したに違いない。

しかし、この英文の架空の予言者の言葉はピタリと当りました。

続きを読む »外国語を学ぶ、そのきっかけは?

清水幾太郎(著)『論文の書き方』(P.81)より。

私たちは日本語に慣れ切っている。幼い時から、私たちは日本語を聞き、日本語を話し、日本語を書き、日本語で考えてきた。(中略)私たちは日本語に慣れ、日本語というものを意識していない。しかし、その日本語で文章を書くという時は、この日本語への慣れを捨てなければいけない。日本語というものが意識されないのでは駄目である。

ではどうすれば日本語への慣れを捨てることができるのか?

日本語を自分の外部の客体として掴むというチャンスは、普通は、私たちが外国語を勉強する時に訪れるものである。

たくさんの方がこのようなことを言っています。英語 vs 日本語の問題について。

続きを読む »英文の論理とパラグラフの論理 ~英語の論理、日本語の論理(2)

・・・「弟と代わりますから」という文を、日本人がなかなか英語に移すことができないのは英語という言語が常に自分と他者、I と you とを確認しながら発語される言語であるからである。英米人が I というときは、他者でも第三者でもなくゆるぎなくその存在価値を主張している自分自身なのであり、you というときは、自分自身の前にあって厳然とその存在を主張している他者なのである。

荒木博之(著)『日本語が見えると英語も見える』の一節(P.50)である。

英米人が I というとき、そんなに「ゆるぎなくその存在価値を主張している」のであろうか。

また、西洋人は the ego (自我)や identity を持っているのに対し、日本人にはそれがない(少ない)ともよく言われる。
果たしてそうだろうか。

続きを読む »I は自己主張する? ~英語の論理、日本語の論理(1)

外山滋比古(著)『ことばの四季』(中公文庫)にこんなことが書いてあります。

かつて、アーノルド・ベネットというイギリス人の書いた本で、、英語のことばのうち、いちばん美しいのは、pavement(ペイヴメント、舗道)だとあったのを読んで、つよい印象を受けた。
"美しい" というのが新鮮だったのである。
(われわれには、どうして、ペイヴメントがそんなに美しいのか、もうひとつピンとこないが......)

「いまひとつ」どころか、まったくピンときませんね。

何が一番「美しい」とか「響きが良い」というのは難しい。

英語の単語のうちで、何が一番「美しい」か、ではなく、何が一番「beautiful」か、なら「 beautiful」でしょうけど。

続きを読む »美しい英単語?

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