2011年4月29日 Posted by まさんた
伊藤和夫『英文解釈教室』を読む(4)~番外編の番外(中編)
The cat licked the saucer clean. (猫がさらをきれいになめた)と聞けば、「さぞ腹がすいていたのだろう」と考える。ところが The cat licked the clean saucer. (猫がきれいな皿をなめた)になると、一転して「ばかな猫もいるものだ」ということになってしまう。この意味の違いは第5文型と第3文型の差からくる。
― 『英文解釈教室』 17ページ
さて。
The cat licked the saucer
でページが終わったとします。
ページをめくるまでは、「その猫が皿をなめた」と、一応、解釈する。
もしくは、S V O C の可能性あり、と解釈保留。
そして、ページをめくり、
clean.
という語が目に入ったとき、解釈を変える。
S V O C の可能性あり、と解釈保留していた場合、第5文型だった、と
まあ、当たり前なことですけど。
どう予測し、どう解釈を変えるか?
それでは。
I find ・・・
と始まる英文を見たとき、どう続くと予測するか?
1・I find 名詞 (第3文型)
2・I find that ・・・ (that 節を伴う第3文型)
3・I find O O (第4文型)
4・I find O (to be )C (第5文型)
これはもう、「慣れ」のひと事に尽きるかと。
たくさんの英文を丁寧に(← これは矛盾しないと思う)読んでいれば、文脈や続く単語などから、ある程度予測できるようになると思います。
もちろん、慣れないうちは予測が外れたら前に戻ってもう一度読み返し、考えてみる。
いわゆる直読直解への近道を歩いているのは、なあなあで済ましてしまう子より、予測が違ったら前に戻ってじっくりと考え直す子のほう。
英語を教えた少ない経験から思ったことなんですけどね。
S V O 過去分詞
『英文解釈教室』7ページの例文。
Those who live nobly, even if in their day they live obscurely, need not fear that they have lived in vain.
出典を調べると、次の文章が続く。
Something radiates from their lives, some light that shows the way to their friends, their neighbours, perhaps to long future ages.
この英文については、伊藤和夫『英文解釈教室』を読む(3)~番外編の番外(前編)で考えてみました。
そして、こう続く。
I find many men nowadays ・・・
many men を find では意味がおかしい。
第5文型なのではないかと予測。
I find many men nowadays oppressed with a sense of impotence, ・・・
oppressed が S V O C で、過去分詞だと確認。
もちろん、oppresed が many men を修飾しているという解釈も文法的には可能でしょうが、意味的に考えるとおかしいので、S V O C、つまり第五文型と解釈しておきます。
なお、S V 0(to be) C における to be の省略については、拙記事 -S V O (to be) C に、どっぷり混乱中を参照されたし。
nowadays は副詞?
余談ですが。
many man nowadays
nowadays は英英辞典、英和辞典とも副詞となっています。
副詞は基本、動詞もしくは形容詞、そして副詞を修飾。
この英文で nowadays が修飾する候補は、find、many、oppressed。
ひとつひとつ検討するのは長くなるので省略。
結論として、find を修飾するのではないかと。
となると、
Nowadays I find many men ・・・
と理論上、同じ意味。
『ジーニアス英和辞典』の解説。
《◆ 文頭・文末・主語の直後に用いる;現在(進行)形とは用いるが、現在完了形とは不可》
現在完了形とは馴染まないのは、過去と対比するときに使う言葉だから。
『コウビルド』の定義。
Nowadays means at the present time, in contrast with the past.
例文。
Nowadays it's acceptable for women to be ambitious. But it wasn't then.
『コウビルド』の定義を見ると、nowadays は at the present と(ほぼ)同じ意味。
ということは。
I find many men nowadays ・・・
=
I find many men at (the) present ・・・
at (the) present はなんぞや?といえば、前置詞句であり、前の名詞(men)を修飾すので、役割としては、形容詞(句)。
思うに。
nowadays に限らず、today などの副詞は前の名詞を修飾する形容詞、と解しても良いのではないかと。
たとえば。
He thinks pop music today is as exciting as it's ever been.
― 「コウビルド」 today の例文。下線、赤字は管理人。
これは、
pop music (← today)
ポップ・ミュージック (← 今日の)
と解しても良いのではなかと思います。
at (the) present などは、副詞(句)ではなく形容詞(句)として働く場合、名詞の後ろに置かれるのが英語のルール。
自分は英語の専門家ではありませんし、あくまで推測にまりますが、
many men at (the) present
「名詞(← 形容詞句)」の類推から、
many men nowadays
なる語順が生まれたのではないかと。
そのうち、nowadays や today などは形容詞としても定義され、
《◆ 形容詞としての役割の場合、名詞のあとに置かれる》
なる説明が辞書に記述されるのはないかと思ったり。
さて。
I find many men nowadays oppressed ・・・
find の意味について。
『ロングマン』の6番目の定義。
THINK/FEEL to have a particular feeling or opinion, or to have a particular feeling or opinion about someone or something;
これかな。
think や feel との違いは find の第一定義、GET BY SEARCHING つまり、観察して思う(感じる)。
find、深入りはここまで。
で、oppressed。
『コウビルド』の定義。
If something oppress you, it makes you feel depressed, anxious, and uncomfortable.
oppress の定義に depress が使われているのはチョット・・・。
まあ、気持ちがプレス(押しつぶされて)されている、ということでしょう。
どんな感情に?
with a sense of impotence,
無力感に。
impotense は違う意味で有名な単語ですが、本来の意味を『コウビルド』で調べる。
Impotense is a lack of power to influence people or event.
カーネギー(Dale Breckenridge Carnegie)に『人を動かす(How to Win Friends and Influence People)』という著書がありますね。
『コウビルド』の influence の定義。
If someone or something influences a person or situation, they have an effect on that person's behaviour or that situation.
これを踏まえると、impotense は、何かしたいが、"指をくわえて" いることしかできない、もしくは、行動を起こしたとしても影響力なし、ということでしょうか。
自分には他の人や出来事に対し、出来ることなんて何もない・・・。
俺ってダメ人間・・・。
さて。
ここまでの英文、再び。
I find many men nowadays oppressed with a sense of impotence, ・・・
a sense of impotence と言われても、漠然としてわからず。
どんな無力感なんだ?と疑問を持つ。
ちょっとだけ、この構造について。
with a sense of impotence, and with the feeling that ・・・
となっていないのに注目。
並列ではないんです。
and なしで with ・・・ が続く。
with a sense of impotence, with the feeling that ・・・
つまり。
with a sense of impotence,
無力感→ 詳しく言うと?
with the feeling
・・・なる気持ち、感情
漠然とした a sense of impotence の言い換え(同格)が、with the feeling ・・・。
A(= a sense of impotence), B (= with the feeling ・・・)
言い換え(同格)の、A, B。
A,
→ 詳しく言うと? あるいは、具体的に言えば?
B
と考えれば、ほぼ事足れり。
『英文解釈教室』の例文。
Dr. Angel, noted authority on Abraham Lincon, arrived in toyo February 14th.
アブラハム・リンカーンについての著名な権威、アングル博士は、2月14日、東京に到着した。
― 101ページ
A が Dr. Angel。
B が、noted authority on Abraham Lincon。
つまり、
A = Dr. Angel,
→ 誰? 詳しく言うと?
B = noted authority on Abraham Lincon
もう一例。
"I am a citizen, not of Athens or Greece, but of the world." these are the words of Socrates, the ancient Greek philosopher, and perhaps the wisest man who ever lived.
「私はアテネやギリシアの市民ではなく、世界の市民である」 これは古代ギリシアの哲学者であり、おそらくかつてないほどの賢者であったソクラテスの言葉である。
―102ページ
Socrates, に続く同格(言い換え)。
Socrates,
ソクラテス→ 誰? 詳しく言うと?
the ancient Greek philosopher,
古代ギリシアの哲学者→ 詳しく言うと?
and perhaps the wisest man who ever lived
そして、ことによると、かつてないほどの賢者
この英文の場合、and がありますけど、なくても意味は同じかな、と。
個人的には、この英文の and、ないほうが味が出る気が、無きにしも非ず。
ソクラテスは世界市民??
またまた余談を。
"I am a citizen, not of Athens or Greece, but of the world." these are the words of Socrates, the ancient Greek philosopher, and perhaps the wisest man who ever lived.
この英文は山崎貞『新々英文解釈研究』の復刊版、練習問題 334(92ページ)にも出てくる英文です。
『新々英文解釈研究』と『英文解釈教室』の和訳を。
【英文解釈教室】
「私はアテネやギリシアの市民ではなく、世界の市民である」 これは古代ギリシアの哲学者であり、おそらくかつてないほどの賢者であったソクラテスの言葉である。【新々英文解釈研究】
「私はアテネあるいはギリシアの市民ではなく、世界の市民だ」。これは古代ギリシアの哲学者で、おそらくはかつて生をうけた最大の賢者であるソクラテスの言葉である。
ソクラテス自身、己を「世界市民」、今の言葉でいえば、「地球市民」、つまり祖国、国籍なる概念は無意味だ、と考えていた?
ご承知の通り、ソクラテスはプラトンややクリトンに亡命を勧められたが、拒否。
あくまで、アテナイ市民として祖国の法に従い、死を選んだ。
このことは、ソクラテスは己の言葉が文字に残ることを拒否したことに関係あるらしい。
高橋哲哉『デリダ』(現代思想の冒険者たち28 講談社)より引用。
ソクラテスが語る、「ものを書くということ」の「困った点」を列挙しよう。
(一)絵画と似ていて、あたかも生きているように見えるけれども、何を尋(たず)ねても死んだように沈黙している。
(ニ)書かれた言葉は、それを理解する人びとのところであろうと、まったく不適切な人々のところであろうがと、「おかまいなしに転々とめぐり歩く」。読み手を選ぶことも、コンテクストをコントロールすることもできない。
(三)誤解されたり、不当にののしられたときも、自分自身で身を守ることができず、いつでも「父親である書いた本人の支え」を必要とする。
― 72ページ
例の、
Those who live nobly, even if in their day they live obscurely, need not fear that they have lived in vain.
にはもともと、
Those who live nobly, even if in their day they live obscurely, need not fear that they will have lived in vain.
will があったが、『英文解釈教室』に載るまでに will は消えてしまった。
面と向かって会話しているなら、その場で「いや違う」と反論できるが、書かれた言葉はいかようにも "引用" されてしまう。
文字になった言葉は恐ろしさ。
このへん、個人的にたいへん興味があり、書きたいが、書けば果てしなく長くなるのは必須。
よって、涙は出ぬが、泣いて馬謖を斬る。
同格?関係代名詞?
feeling that ・・・、とthat 節が続く場合、その that 説は同格、もしは関係代名詞の可能性があります。
伊藤和夫の説明。
(a) He denied the fact that was known to everyone.
(彼は誰でも知っている事実を否定した)
(b) He denied the fact that it was known to everyone.
(彼は誰でもそれを知っているという事実を否定した。)
― 『英文解釈教室』 P.47
以下、長く続くので、省略。
山口俊治『全解 英語構文』の説明だと、
(1)the fact that I know
(私の知っている事実)
(2)the fact that I know it
(私がそれを知っているという事実)では、(1)の that (= which) は目的格の関係代名詞、(2)のthat は同格の名詞を導く接続詞である。
この差は、that 以下が I know のような不完全な形か、I know it のような文として完全な形かにかかっている。
混同してはならない。
同格構文だからといって、常に「the 名詞 that節」とは限りません。
「a 名詞 that 節」も多い。このことは、後述。
さて。
with the feeling that・・・
この that、関係代名詞、同格、どちらなのか?
that 以下が I know のような不完全な形か、I know it のような文として完全な形か。
読んでみる。
that in the vastness of modern societies ・・・
われわれが生きている、(あまりにも)肥大化してしまった社会の中で、
that のあとに、 S V と続かない。
that (副詞 →) S V ・・・
という構造。
S(主語)を探す前に。
the vastness of modern societies の根底にあるのは、
Modern societies are vast.
vast とは何ぞや?
『コウビルド』の定義。
Something that is vast is extremely large.
extremely large。
だから、
the vastness of modern societies ・・・
を、
(あまりにも)肥大してしまった社会の中で、
と書きました。括弧はとってもいいと思います。
これを踏まえ、続く文。
there is nothing of importance
重要(大切)なことは何もない
there 構文なので、S(主語)は nothing.
nothing は(something、anything も同じですが)前に形容詞が付くことはほとんどない。
例外としては、慣用句となっている、
whisper sweet [soft] nothings
綺麗だよ、素敵だよ、などと、こそばゆくて聞くと赤面しそうな言葉をつぶやく
くらいか?
なぜ nothing などには前に形容詞が付かない(付きにくい)のかは説明しにくい。
が、感覚として、
important nothing
には違和感。
やはり、of importance と前置詞句で後置されるのが、いい感じ。
話を戻し。
there is nothing of importance
重要(大切)なことは何もない
何がないの?
that the individual can do.
個人が出来ること。
この that が関係代名詞であるのは、
the individual can do ▲
do の目的語がないことでわかります。
この関係代名詞の目的語は、importance ではなく、nothing。
there is nothing of importance that the individual can do.
つまり、
nothing
(1)(↑ of importance)
(2)(↑ that the individual can do ▲)
nothing という名詞に形容詞が2つ後ろにある。
(1)of importance (前置詞句)
(2)that the individual can do (関係代名詞)(1)重要なこと、かつ(2)個々個人が出来ること。
それは、 nothing だ。
(1)は前置詞句、(2)は関係代名詞、という違いを意識するのも大切ですが、両者とも、前の名詞を「どのような名詞なのか、後ろから説明する形容詞」である、と考えるのが重要。
red や small などの「単品の形容詞」は名詞の前に置かれますが、形容詞として働く前置詞句、関係代名詞は名詞の後ろに置かれます。
日本語と英語の大きな違いは、
【日本語】
S は O を V する。【英語】
S は V する、O を。
だと思いますが、それに匹敵する違いとして、英語は前の名詞を後ろから説明すること、かな、と。
自分は英語教師ではないですが、英語を教えるとき、
【日本語】
形容詞 → 名詞【英語】
名詞 ← 形容詞
の違いについて、しつこいほど、くだをまいていました。
(with) the feeling that in the vastness of modern societies there is nothing of importance that the individual can do.
も、そう。
同格の that 節は名詞節ですけど、形としては、feeling が「どんな feeling」なのかを後ろから説明する、という意味では形容詞句に近い、というか、働きはまさに形容詞句。
同格の成り立ちを生成文法で。
the feeling of it
it は何?
it = that 節以下。it that と続くのは・・・というわけで、it を消去。
the feeling of that ・・・・
なんとなく、of が邪魔。
of を削除。
the feeling that の出来あがり。
またまた余談ですが。
名詞 + 同格の that 節
の場合、冠詞は常に the だと思っている受験生が多い気がします。
長くなるので簡潔に書くと。
I heard a rumor that ・・・
I heard the rumor that ・・・
a の場合、聞き手(読み手)が知らない(かもしれない)場合。
聞き手(読み手)が知っているかどうかはわからないが、こんな噂を聞いたんですよ、という感じ。
一方、the になると、聞き手(読み手)も知っていることを前提に、私も・・・という噂を聞きましたよ。
では。
with a sense of impotence, with the feeling that ・・・
この英文で冠詞が the になっているのはなぜか?
おとぎ話によくある文。
Once upon a time there lived a princess in a castle. The princess ・・・
これと同じ原理なのではないかと。
a princess
は、
with a sense of impotence
と同じ。
a princess は未知情報ですから、冠詞は a になる。
a princess と書いた時点で、未知から既知に。
with a sense of impotence,
は(読む段階では)未知。
が、この言葉を読んだ時点で、未知から既知になる。
明確ではないが、何らかの「無力感に」と。
そして、それを詳しく言えば、と言い換えの英文が続く。
with the feeling ・・・
は、the になる。
a feeling でも可だと思いますが、the のほうが力強い文章になる。
I have a feeling that ・・・.
I have the feeling that ・・・.
まあ、未知でも the が使われることが多いですけど。
この話はいずれ、詳しく書こうかと思っています。
話戻して。
名詞 that・・・についてまとめ。
2つの that の働きに注意。
with the feeling that in the vastness of modern societies there is nothing of importance that the individual can do.
この英文の構造をおさらい。
with the feeling
↑(=<同格>)[that
(in the vastness of modern societies)
↓
there is(V)
nothing(S)(← of importance)
(← that the individual can do)]
簡単に書けば。
with the N [that (同格の形容詞)/(副詞)→ there is N(← 形容詞1)(←形容詞2)]
七変化の that については、『英文解釈教室』の Capter 3 で詳しく取り上げていますが、その点はまた今度。
ここまでの英文のイイタイコト。
現在の社会は肥大過ぎて、個人が活躍出来る場、なし、と思っている人が多い。
これに対し、
this is a mistake.
とラッセルは一喝。
喝を入れたからには、ラッセルの主張が続く。
The individual, if he is filled with love of mankind, with a breadth of vision, with courage and with endurance, can do a great deal.
the individual と定冠詞。
Individuals ではありません。
そのことについて書くと長くなるので、割愛。
the individual, if he is filled with love of mankind, with a breadth of vision, with courage and with endurance, can do a great deal.
この英文の骨格は、
S, (副詞 →), V.
これは、
(副詞 →) S V.
とほぼ同じ。
ですが、
S, (副詞 →), V.
≒(副詞 →) S V.
違いは、文章の味付け(レトリック)ですかね。
この英文の場合、
S, (副詞 →), V.
の(副詞)は副詞節ですが、with が幾つか並列され、長くなっています。
The individul,
個人がif he is filled
(もし)・・・でいっぱいならば、→ 何がいっぱいあれば?
(1)with love of mankind,
人類(同胞)を愛する気持ち、(2)with a breadth of vision,
(社会は今後)かくあるべきだという "しっかりとした洞察力"(があり)、(3)with courage and with endurance,
勇気と、艱難辛苦に堪える覚悟が(あれば)、→ それなら?
can do a great deal.
(たとえ無名な個人であっても)出来ることは実に多いのだ。
それぞれの with 以下を少し検証。
love of mankind
この根底には、love (V) mankind (O)という関係があるのは言うまでもありません。
a breadth of vision
これも S V 関係があります。
この言葉はよく目にしますが、たいてい、
幅広い視野
と、英和辞典では訳されることが多い。
ですけど。
vision の『コウビルド』の定義。
your vision of a future situation or societty is what you imagine or hope it would be like, if things were very different from the way they are now.
vision は未来志向なのかな、と。
日本でも、「ビジョン」といえば、「今後」というニュアンスがありますね。
『ロングマン』の例文でも、未来志向。
He has a clear vision of how he hope the company would develop,
The President outlinened his vision for the future.
vision、齋藤秀三郎『英和中辭典』(大正四年)では、
洞察力,(政治的)識見。
との訳語が。
100年前の辞書の訳語ですが、これでしょうね。
a breadth of vision
という語に、
(社会は今後)かくあるべきだという "しっかりとした" 洞察力
と訳語を与えたのも、vision には「未来志向」がある、と思ったから。
もちろん、自分にはどちらが正解かは、書いた本人、ラッセルにしかわかりません。
そして。
can do a great deal
「偉大な事をなしとげることができるのだ」と訳す人が多いかもしれません。
最初は、自分もそう思いました。
ですが、いろいろと考えてみて、
(たとえ無名な個人であっても)出来ることは実に多いのだ。
と解釈。
a great deal
をどう解釈するか、の違いですけど。
COD の定義。
a good (or great)deal
a large amount.
齋藤秀三郎は、
a great deal ― a good deal
澤山(たくさん)
と訳を与えています。
個々の人間が、
偉大な事をなしとげることができるのだ。
出来ることは実に多いのだ。
どちらが正解なのかはわかりませんけど。
この文章は、あまりにも肥大化し過ぎた社会において、「偉大なこと」は成し遂げることはできないにせよ、(noble な生活を送っていれば)誰でも何らかの貢献はできるのだ、とラッセルが言っているような気がしまして。
そもそも、すべての個人が偉大な事を成し遂げることができることなんてありえない、かと思う次第。
もちろん、そういう人、いるんでしょうけど。
この文章は、個人個人が偉大なことを成し遂げられるのだ、というより、無名の個人でさえ、(変な日本語ですが) 《小さな偉大なこと》 はできるのだよ、という意味だと思うので。
まあ、それはともかく。
最後に今回取り上げたの英文と拙訳(超訳?)を。
Something radiates from their lives, some light that shows the way to their friends, their neighbours, perhaps to long future ages. I find many men nowadays oppressed with a sense of impotence, with the feeling that in the vastness of modern societies there is nothing of importance that the individual can do. This is a mistake. The individual, if he is filled with love of mankind, with a breadth of vision, with courage and with endurance, can do a great deal.
というのも、そのように生きている人たちは、友人や身近な人々に対し、"光" を発しているのだから。
その光とは何か。
それは "生きるべき道" を照らす光なのだ。
その光は、ひょっとすると、遠い後世の人々も照らす光になるかもしれない。だが、昨今の人々は、そのことに気づいていないようだ。
なぜなら、無力感に打ちひしがれている人たちが実に多いように思われてしかたがない。
おそらく、われわれを取り巻く社会があまりにも肥大、複雑になってしまったのが原因なのだろう。
つまり、今の社会では、指をくわえて傍観するのが精一杯、と思っているのだ。
しかし、このように考えるのは大間違いである。 なぜなら、このようになってしまった社会でさえ、出来ることはたくさんあるのだから。
そのために必要なのは何か?
同胞を愛する気持ち、社会はかくあるべきだとの、確固とした将来を見据えたビジョンである。
それがあり、困難に立ち向かう勇気とそれに堪えうる覚悟さえあるのなら、誰しもが社会や人々に対し貢献できることはいくらでもあるのだ。
ということで、番外編の「中編」は終わり。
次回は「番外編」を書くきっかけになった英文、
Those who live nobly, even if in their day they live obscurely, need not fear that they have lived in vain.
について、考えてみます。
今回の記事はべらぼうに長くなってしまったので、分割しようと思いましたが、削って削って削って、ひとつの記事にしました。
毎晩、ちくちくと書き換えの連続。
その結果、文章の流れはメチャクチャ。
脈絡のない戯言の連続になってしまいましたね。
いつものことですけど。
今回、だいぶ書いたが削除した、文字(書かれた言葉)の不安定さについてはそのうち長々、長々、長々と書いてみようかと。
they will の will が、いつの間にか消えてしまったこと(言語の引用可能性)。
ソクラテスがなぜ「書かぬ人」であったのか?
その他もろもろ。
気が向いたら書こうかな、と思いつつ、この長文、おしまい。


コメント
from 新谷仙蔵
今回の記事で気になる点をいくつか。
>副詞は、動詞もしくは形容詞を修飾。
ほかの副詞を修飾したり、文修飾というのも副詞の主要な役割の一つですね。
ちなみにヴィスタ英和辞典25ページには次のような記述があります。
『実は、「名詞」「代名詞」「形容詞」「動詞」「前置詞」「接続詞」「間投詞」のどれにも当てはまらない語を寄せ集めたのが副詞なのです。』
>結論として、find を修飾するのではないかと。
nowadaysの位置がoppressedの直前に来ていることからoppressedを修飾すると考える方が自然ではないかと。
つまり、現在多くの人が重圧を感じている、ということ。
意味の点から見ても、多くの重圧を感じている人を現在見かけるというのでは、この文章の趣旨に合致しないと思います。
つまり、過去には見かけてなかっただけで、実際には今と同じくらいの人が重圧を感じていたのかも知れないということになる。
この文章の趣旨からすると、現代社会特有の現象として、多くの人が重圧を感じているのだと言いたいはずです。
>at (the) present はなんぞや?といえば、前置詞句であり、前の名詞(men)を修飾すので、役割としては、形容詞(句)。
前置詞のatで作られる前置詞句の多くは副詞句です。at the presentも時を表す副詞句だと思います。
>(3)with courage and with endurance,
if he is filled with love of mankind, with a breadth of vision, with courage and with enduranceの文の構造から見ると
、(1)with love of mankind (2)with a breadth of vision(3)with courage (4)with enduranceと、四つの前置詞句が並列で接続詞andで結ばれていると見るべきでしょう。
三つ以上の語句を並列で結ぶ場合、最後だけandでむすび、その前についてはカンマを打つというのがandの基本的な使い方です。
この場合、with courage and with enduranceだけ一括りにするのはおかしいです。
2011年5月 7日 05:55
from まさんた
新谷仙蔵さん、こんにちは。
これは誤りでしたね。訂正しました。
さて、nowadays の件。
記事にも書きましたが、この単語は形容詞化しており、前の名詞を修飾しているのではないかと。
の today と同じように。
nowadays を杓子定規に副詞と考えるなら、find を修飾、と個人的には思います。
oppressed を修飾すると考えると個人的な語感なんですけが、
の語順のほうがしっくりする感じがします。
続いて、at the present の件。
もちろん、副詞句といて働くことが多いのは間違いありません。
ですが、「Google 書籍」で調べてみると、『Poetry at present』なるタイトルや、
などたくさん出てきます。
『Poetry at present』や、「The situation at present in an earlier series, ・・・」の at present を “時を表す副詞句” と解すのは無理があると思います。
副詞は名詞を修飾できないですから。
でも、辞書では副詞と定義されていても、形容詞の働きをしている副詞もあり、nowadays のその例だと思います。
ですから、余談として nowadays についてくどくど書きました。
最後に with の件について。
and の基本はおっしゃる通り、
C に相当するのが、with courage and with endurance だと思います。
この前に and を置かなかったのは、
と and の連続になってしまうからと思う次第です。
そして、with courage and with endurance は、“一括りにする”べきだと思います。
courage は日本語で言うところのチャレンジする精神。
そして、くじけぬ精神(endurance)。
これはセットであってこそ、意味あり、と思いまして。
2011年5月 8日 20:42
from 新谷仙蔵
atを伴う前置詞句の多くは、atがある時点や地点を意味することから、必然的に多くの場合、時や場所を表す副詞句としての役割を文中で担うことになりますが、もちろん形容詞句として働くこともあります。
(さらには、学者によって副詞句か形容詞句かの解釈が分かれることもあります。余談ですが、「英文法解説」の江川泰一郎氏は、副詞(副詞相当語句)が補語になることを認める立場です。当然これとは異なる立場の学者も多く、江川が副詞句だとするものを形容詞句とする学者もいます。このように、副詞句か形容詞句かというのは、その学者の拠って立つ文法体系によって異なる場合もあります。)
ただ、だからといって、今回の文章に関しては、nowadaysが形容詞の役割を果たしているとは考えにくい。
私にはこのnowadaysは、辞書が想定しているような典型的な副詞としての用法にしか見えません。
次に、nowadaysの位置についてですが、oppressedとwithの間に副詞が入り込むことはめったにないと思います。
with the feelingの部分も実はoppressedを修飾する副詞句。
副詞と副詞の関係ですからどちらが先に来てもよさそうですが、他の副詞と競合する場合、時の副詞というのはだいたい他の副詞より後ろにつく(ごく単純な例をあげると、I went to school yesterday.のto schoolという副詞句よりも副詞のyesterdayの方が後ろになるのがその例)。
ところが、今回の文章で後ろにつけてしまうと、同格であるfeelingとthat以下の節の間には置きにくいから、結果的に文末にいくことになり、findとoppressedのどちらを語を修飾する副詞なのか分かりにくい。
したがって、書き手の立場からすると、oppressedを修飾しようと思えば今回の文章の位置が最上の選択肢ということになると思います。
逆にfindを修飾させようと思うなら、書き手としてはまずこの位置には置かない。他にもっとよい選択肢があるからです。
最後に、まさんたさんが「with courage and with endurance は、“一括りにする”べきだと思います。」というのは、意味上そうなるという趣旨のようですが、私はそうは想いません。
まず、形式面から言うなら、一括りにするなら、書き手の立場から言うとenduranceの前のwithは省くでしょう。
and with courage and with enduranceとはせず、and with courage and enduranceとするのが普通だし、これだとandが連続しても問題ない。
したがって、まさんたさんのandが続くからという説には賛成できません。
次に文脈から言えば、現代人が立ち向かっていかなければならない対象はthe vastness of modern societies、つまり肥大化した現代の社会構造そのものと解釈できます。
そして、人がもし人類愛(love of mankind), 洞察力(a breadth of vision), 勇気(courage), 忍耐強さ(endurance)に満ちている(filled with)なら、例え社会構造がどのように肥大化しようと、一人ひとりが自ら社会に働きかけることにより、かなりの(好)影響を与えることができるのだという趣旨をこの文章は述べていると私は解釈します。
2011年5月 9日 05:10
from まさんた
新谷仙蔵さん、こんにちは。
まず、oppressed と前置詞句の間に副詞、それも nowadays が入り込んでいる例を2つほど引用します(※ Google 書籍で検索)。
2例目は、nowadays に続く前置詞が by ですが、構造はラッセルの英文と全く同じ。
とはいえ、新谷さんの考えが正しいかもしれません。
今回の記事でソクラテスについて少し書きましたが、まさに書いた本人(父)の手から文字になった言葉(子)は離れてしまい、“正嫡” (本来の意味)になるか、“私生児” (親の庇護を受けられず、ゆがめられた意味)になってしまうかのどっちか。
英語は語順のルールがしっかりしている言語だと思いますが、副詞はある程度、自由度が高いですね。
とか。
そして、何度も書いて申し訳ないですけど。
この today、名詞の形容詞用法と考えるのではないかと思います。
の last year も同じ。
『ヴィスタ』の解説、
僕は nowadays を辞書の定義ではなく、形容詞と考えました。
間違っているかもしれませんけど、何となく、そう思う次第。
さて。
「with courage and with endurance」の件ですが。
新谷さんのお考えの通りなら、
と、courage の後は「, and with endurance」 と(普通なら)なるはず。
が、原典では「 with courage and with endurance」は “一括” されています。
正直、endurance の前の with はいらないのでは?と思いました。
ですけど、それでは「bread and butter」のように一体化してしまう感じ。
ではなぜ endurance の前に with があるのか?
ん・・・レトリックの問題で、with を付けた?
まあ、このへんはラッセルに聞くしかないですが、鬼籍に入った人に質問するのは英文和訳より困難。
この英文のおおまかな意味の解釈は、僕と新谷さんは同じだと思います。
話変わって。
思うに。
英文を載せ、その和訳を書く。
それではこのブログを書いている意味がない。
一語一語にこだわる。
だからこそ、当ブログを読んでくださる方が多少いらっしゃる。
もちろん、僕の解釈に間違いがあると思います。
異論があれば、ドシドシと反論して下さい。
2011年5月10日 21:38
from 新谷仙蔵
「新谷さんのお考えの通りなら、
with love of mankind, with a breadth of vision, with courage, and with endurance,
と、courage の後は「, and with endurance」 と(普通なら)なるはず。」
最後のandの前のカンマは、必ずしも必要ではありません。
江川「英文法解説」の例文から引用します。
The first generation makes money,the second spends it(,)and the third suffers from poverty.
(初代が身代を作り、二代目がこれを使い、三代目が貧乏で苦労する)
この例文でandの前のカンマが()に入れられていることからもわかるように、andの前のカンマは、入れることは多いものの必須ではなく、任意的なものだと思います。
次の例文は「ヴィスタ英和辞典」からの引用。
He ate a hamberger,an apple pie and a cream puff.
最後に「新グローバル英和辞典」の解説からの引用
「3個以上の語[句、説]を並べる時は普通、最後の語[句、節]の前にだけにandを置き、語を並べる場合にはこのandの前のコンマは省いてもよい」
最後のところの「語」にだけ『[句、節]』という括弧書きがないのが微妙な解説ですが、「英文法解説」の例文は「節」の事例です。したがって、今回の文章のような「句」の事例でも同じように考えられると思います。(もちろん、andの前のカンマが省かれるのは「語」の場合が一番多いとは思いますが。)
2011年5月11日 02:35
from まさんた
新谷仙蔵さん、こんにちは。
>最後のandの前のカンマは、必ずしも必要ではありません。
確かにその通りですね。
新谷さんが前回のコメントで、「and with courage and enduranceとするのが普通だし」とおっしゃられたので、「(普通なら)」と書いた次第です。
もちろん、一番きれい?なのは、「A, B, and C」だと思うのは新谷さんと意見は同じ。
この問題、結局は「with courage and with endurance」を “一括り” と解釈するか否か、につきると思うので、整理。
with で並列されている語句。
1・love of mankind
「人類愛」、「友愛精神」。
つまり、「心」に関すること。
2・a breadth of vision
これは、社会はかくあるべきだ、との確固としたヴィジョン、和製英語でいうところの、グラウンド・デザイン。
つまり、「考え(思考)」に関すること。
3・with courage and with endurance
直訳すれば、勇気と忍耐。
つまり、「行動」に関すること。
カンマの問題ではなく、意味的に “一括り” と考えました。
新谷さんのおっしゃる通り、カンマは日本語の読点(、)と同じで、入れるのも自由、入れぬのも自由。
実際、ブログで文章を書く場合、僕は読点多用、体言止め(名詞止め)多用。
仕事で書く場合とは全く違います。
それはさておき。
The first generation makes money,the second spends it(,)and the third suffers from poverty.
でもカンマの代わりに(;)が使われたりしています(Google 書籍)。
この英文は人口に膾炙した、半分ことわざ。
and の前にカンマを入れないのが多い気がしますが。
The first generation makes money,(初代が身代を作り、)
これは面白くも何ともない文。
で、
the second spends it and the third suffers from poverty.
この流れがオチ。
だからカンマなし(連打)のほうが味が出る(ような気が)。
まあ、個人的な感想なんですけど。
"I am a citizen, not of Athens or Greece, but of the world." these are the words of Socrates, the ancient Greek philosopher, and perhaps the wisest man who ever lived.
でも、and perhaps の前にカンマがないほうが文として、“たたみかける感じ” がするので、「個人的には、この英文の and、ないほうが味が出る気が、無きにしも非ず」と書きました。
カンマといえば、制限用法と非制限用法。
数年前、ちょこっと書きました。
※ 「関係代名詞についての、ちょっとしたメモ」(http://www.ma-santa.com/2009/09/post_116.html)。
カンマの問題、あとでじっくりと考えてみます。
2011年5月12日 22:12