ラテン語を勉強して思ったこと

ここ2ヶ月、英語をほとんど勉強していません。
その理由としては、昨秋に『罪と罰』の英訳を読んだから。

他言語からの英訳は、比較的やさしい英語で書かれており読みやすいですが、ああいう大作は、心・頭・体力の消耗戦。

いろんな意味で、果てました。

英語の勉強といえば、復刊された伊藤和夫(著)『英文法教室』をレビューしようと思って読んでいるくらい(コメントに返信するためにペーパーバックを一冊読みましたが)。

あとはもっぱらラテン語の勉強。

ラテン語を学んでみて、英語を含む語学学習一般について思ったことを書いてみます。

当たり前だが、基本が大事

ラテン語を学ぼうと思ったのは、ジョイスの『ユリシーズ』を読んだとき。
ラテン語たくさん出てきます。
翻訳を頼りに読んだので支障はなかったのですが、どうしてもラテン語の原文の意味を、ラテン語として知りたくて。

また、愛読書のひとつ、ギボンの『ローマ帝国衰亡史』では脚注にラテン語が使われることがある。
脚注とは普通、原文を理解する手助けのはずだが、ラテン語で説明されても・・・何て書いてあるんだろう?と。

それで十年くらい前ですが、ラテン語の勉強を始めました。
使ったのは厚めの参考書。
それが失敗のもとでした。

分厚いと、なかなか終わらない。
あせりが出る。
理解が曖昧なまま進む。
学んだのに覚えてない・・・。
途中からどうしようもなくなる。

分厚い参考書をなんとか終えたものの、残ったものは、スカスカな知識の残骸。

愚者は経験に学ぶ。
前回の経験を踏まえ、今回は本文200ページほどの薄い参考書を使って「やり直しラテン語」。

目標は、基本をしっかり覚える。

英語でも「English Grammar in Use」を勉強し、英語でさえ、いかに基礎の基礎が身に付いていないか痛感しました。

そこで、ラテン語の「基礎の基礎」を身に付けようと。

勉強方法も変えました。
とことん、とんとん、繰り返して覚える。

以前書いた記事、語学習得の王道、されど、マネできず...で紹介した木田元さんと渡部昇一さんの対談本、『人生力が運を呼ぶ』の中の木田さんや渡部さんの語学学習法をマネて。

繰り返すことの大切さ

渡部さんいわく、

 語学の教授法というのは、完成しているんです。
後はそれを受ける学生側の辛抱だけなんです。
これは何度でも繰り返しますが、語学は理屈ではありません。
いくら理屈を言っても語学の力はつかない。
ただただ暗記する。
そして接続詞一つゆるがせにせず読む。
そのために十分に時間をかける。
これあるのみです。
 私はね、勉強は結局は一人でするものだと思うんです。
学校で教えられたものを土台にして、独習する。
一人で繰り返し繰り返しやる。
その繰り返しに辛抱できるかどうか。
それが境目ですね。
 ― 163頁

自分のラテン語の勉強、繰り返しが足りなかった。
一語一語、ゆるがせにしていた。

そんな実情を踏まえ。

今回は倦むことなく、飽くことなく、虚心坦懐、何度も何度も例文を紙に書いて暗記(しようと思いながらも暗記できないのは別問題として)。

さて。

木田さんの勉強方法。

やり方は、まず薄い文法書を使って文法の骨格を覚える。
 ― 142頁

具体的には。

木田 ギリシャ語やラテン語といった古典語は、ヨーロッパでは二百年、三百年という古典語教育の歴史と伝統がありますからね。
非常に洗練された、よくできた教科書があるんです。
これを使って、さっき述べた暗記法を応用すると、意外と合理的にものにできるのです。
私のころはまだ日本語の教科書がなかったから、イギリスの教科書を使いました。
ギリシャ語はホワイトの『ファースト・グリーク・ブック』、ラテン語はマクミランの『ショーター・ラテン・コース』ですね。
渡部 そこを少し具体的に話していただけませんか。
木田 ギリシャ語もラテン語も教科書は八十課から成っています。
一日目は第一課をやる。
そこに出てくる単語や動詞の変化を全部暗記する。
もちろん、文法も覚える。
二日目は第一課の名詞・動詞の変化や単語を暗記し直して、第二課を暗記する。
三日目は第一課と第二課の暗記をおさらいして、題三課を暗記する。
このようにして五日間で題五課までやります。
六日目になると、第一課はすでに五日間暗記を繰り返しているわけですから、これは外して第二課から第五課まで暗記し直し、第六課を暗記する。
七日目は第二課も外して題三課から第六課までおさらいして、第七課を暗記する。
このようにして第八十課までやるわけです。
第八十課も五日間繰り返し覚えるから、教科書一冊を暗記し終えるのに八十五日間かかります。
 ― 145頁

木田さんが使った「ショーター・ラテン・コース」は218ページ。
200ページ前後が入門書としての指針かもしれません。

さて。

木田さんが語学の勉強にかけた時間は「一日八時間から十時間」だそうですが、それは学生時代だからできること。
社会人にはそんなに勉強時間はとれません。

自分が語学学習にあてられる時間は、平日はせいぜい1時間から2時間。
休日でも家族サービスというものがあり、プラス1時間ほど。

全く勉強しない日も、多々あり。

一日に五課分なんてこなすのはムリ。
だからこんな風に計画を立てました。

一日目は第一課。
二日目は第一課の復習と第二課。
三日目は、第二課と第三課。

五課まで終えたら、また第一課を再復習。
つまり、六日目は、第五課と第一課。

図にすれば、こんな感じ。

計画通りにならぬ計画表

もちろん、一日でひとつの課が終わらないことも多く。
~日目としたのは、あくまで目安。

五課を終えたら一課に戻るのは、学んだ次の日は覚えていても、何日か経つと忘れることが多いので。

何度勉強しても忘れますことがありますが。
なら、その課を何度でも学び直す。

よって、計画通りに事は進みませんが、何はともあれ、ヨチヨチとは進む。

ヨチヨチだろうが、しっかりと覚えるのが目的だから遅延は気にしない。

解答の付いていない練習問題は、やらず

ラテン法学でも学ぶ人以外では、ラテン語なんて学ぶ酔狂な人は少ないでしょう。
だからラテン語の参考書は日本語、英語問わず、まず練習問題の解答はありません。
そもそも大学での授業向けのものだから。

和訳問題ならともかく、ラ訳問題はやらないほうがいい。
間違って覚えるよりも、覚えないほうがマシ。

だから、今回は解答が付いている参考書で勉強しています。

やっぱり伝統文法!

渡部昇一(著)『秘術としての文法』(講談社学術文庫)にこう書かれています。

早稲田大学の上田稔(みのる)氏がアメリカの大学で教会スラブ語のコースを取られたとき、テキストは新言語学ふうに書かれていた。
学生一同はなかなか理解できなくて弱っていた。
上田氏はたまたまイギリス留学時代に入手された伝統文法ふうに書かれた教会スラブ語入門を持っておられたのでそれを参考にされた。
するとよく解る。
それを見た他の学生にも、やっぱりよく解る。
それで学生たちが先生に、「どうしてこういう入門書を使わないのですか」と文句を言ったら、先生は、「実は僕にもそのほうがよいんだが、新言語学が学生諸君に歓迎されると思ったのです。みんながそっちのほうがよいのなら、それにしましょう」と言うことで、伝統文法式のものに切りかえたら、みんなよく解ったとのことである(上田氏の直話による)。
 ― 18~19頁

ラテン語の参考書は、(自分が所有しているものは)日本語・英語問わず伝統文法です。

文法といえば。
最近、英文法不要論が叫ばれています。
※参照 拙記事 - 茂木健一郎流「英語の学習法」への共感の嵐、あれはなんだったのか・・・

そうおっしゃる方に聞きたい。

Julia puella pulchra est. (ユーリア プエッラ プルクラ エスト)

これを文法抜きに説明するのは不可能だと思う。

英文法的に説明すれば、

Julia 名詞・主語。
puella 名詞(少女 = girl)・補語。
pulchra 形容詞(美しい = beautiful)・puella を修飾。
est 動詞(=is) 。

つまり、

Julia puella pulchra est.
= Julia is a beautiful girl.

英語で、

Julia is a beautiful girl.

を説明するとき、is は動詞というもので、意味は「です」、beautiful は形容詞というもので、意味は「美しい」・・・とする以外にわからせる方法があるのか?

以前も書きましたが、英語教育論争のややこしさは、日本人のほぼ全員が英語の初歩を知っていること。

She is a beautiful girl.

なんて英文、「こんな簡単なことを文法的に教えなくてもわかるはず」と思ってしまうんですよね。

喉元過ぎればナンとやら。
今では当たり前と思うことでも、昔、覚えるのに苦労したことを忘れてしまうんですよね。

ほかにもラテン語を勉強してみて思ったことはたくさんありますが、ひとまず、幕。

コメント

from 新谷仙蔵

今回の記事、まったく同感です。

私は最近フランス語をかじっているのですが、フランス語の学習に文法が不要だなどというばかなことをいう人はほとんどいないですね。

「英文法通論 ー英語会話文典ー」という初版が昭和6年に発行された古い文法書(内容は古いですが、学習者への配慮という面ではこれを超える本がないといっていい名著です)がありますが、その著者であるイタリア人言語学者ヴァカーリは、まえがきで、日本ではまともに文法をやらないうちから英語のリーダーをやらせるからだめなんだという趣旨のことを言っています。

だいたい、留学してからEFLの授業でGrammar in Useシリーズをやらされるくらいですから、まともに英語を使おうと思えば文法が必要なのはわかりきってるんですけどね。
ネイティブだって、ちゃんとした英語を使えるようになるために、English Grammar for Dummiesなんていうやさしい文法書で勉強するくらいですから。

それに暗記も重要ですよね。
佐々木高政著の「和文英訳の修業」の冒頭の暗唱用文例集は有名ですよね。
チャート式「基礎と演習英作文」の中尾清秋先生などは、文例だけでなく文法のルールも暗記するようにと強調しています。なにしろ英語は100パーセント暗記ものだと言っているくらいですから。

それにひきかえ、商売のためとはいえ、最近はなんの根拠もないでたらめばかり並べる英語屋さんが多いのにうんざりします。

from まさんた

新谷仙蔵さん、こんにちは。

英語以外では文法不要論は出てこないでしょうね。
フランス語などは普通、大学に入ってから学びます。
「Je chante. Tu chantes. Il chante. ・・」と動詞の活用を覚えるのに苦労した経験があるから文法不要論は出ない。

一方、英語は、中学・高校と、頭が柔らかいうちに学ぶことが大きいと思います。
英語教育に対して発言される方々はおそらく中学から英語が得意で、知的水準も高い。いわゆるエリート。

エリートの人たちを一概に否定はしませんが、エリートの発言は要注意。
(僕を含む)愚民を助けねば、という発想になりがちな気がします。

まあ、それはともかく。

次の記事で書こうと思っていますが、少し書きます。
著名な言語学者、鈴木孝夫さんと平泉渉さんの対談より引用。

鈴木 ・・・一つの勉強法として英字新聞を読むことをすすめたい。
これは体験から言うのですが、二十五年も前のことですが、ジャパン・タイムズを私はすみからすみまで全部六時間も声を出して読んだ、何ヶ月もそれをやったことがある。
もうあとはその段階越すと新聞でもパッと見ると何を書いてあるかわかるようになりました。

平泉 新聞をすみからすみまで読むのは非常にいい語学の勉強になりますね。(以下略)

何をか云わんや、です。
前段階がスッポリ抜けている。

そのことは次回に書くとして。

オレステ・ヴァカーリ、僕は所有してはいませんが、図書館で読みました。
例文が素晴らしかったことぐらいしか覚えてませんが。

「日本ではまともに文法をやらないうちから英語のリーダーをやらせるからだめなんだ」とは至言ですね。

暗記は日本では何か悪しきことだと思われています。
「詰め込み」だと。

しかし、学問は全て、暗記なかりせば成り立たないと思います。
経済学でも九九を知らずに語れないように。

思うに、貶められら「暗記」の復権こそが、「脱ゆとり」の課題かな、と思うこの頃です。

from 新谷仙蔵

少し長くなりますが、ヴァカーリ著「英文法通論 -英語会話文典-」のはしがきから引用します。

「実際、西欧諸国のたいていの学校では、種々の外国語を、それぞれ、その文法書の組織的研究に基づいて教授されているのである。この方法は、学習者がいま習得した文法規則を、直ちに適当に按配された練習文に応用して、その練習問題を解きながら、自然に覚え込むという、極めて効果の多い方法である。(中略)
 しかるに、日本においては、外国語は概ね、先ずいわゆる「リーダー」を用いて教授される。この「リーダー」なるものは、外国の子供が母国語の読み方を習い、その知識を向上進歩させるのに用いる初歩読本を模倣して作られたものであろう。(中略)彼等は生まれ落ちたその日から、かかる書物に現れる用語や慣用句を使用する人達の間で成長するのだから、不知不識の間にそれ等を聞き覚え、教え込まれてしまうのである。それゆえ、彼等の骨折りといえば、語の綴りを覚える位のものである。しかるに、特別な語学教授を受けて外国語を学ばんとする外国人が、同じような内容の書物を用いれば、勢いそこに非常な困難を伴うのである。それ等の教科書には、用語と構文こそ漸進的組織に従ってはいるが、文法的関係には何等系統立った点がないから、文法の学習は全く別個の途を辿らなければならないことになる。
 かつ、多少「リーダー」を読み終えれば、未だ十分なる文法的知識に習熟せざる内に、直ちに、欧州並びにアメリカの高等程度の一般学生にさえいささか困難を感ずると思われるような書物につくのが、日本では普通のようである。かかる方法による外国語教授は、特に記憶力に恵まれた学生だけには、相当な効果を与え得るであろう。けれども、不幸にして、大多数の人間は、かかる特種の頭脳に恵まれていないのであるから、そういう一般の者に適当する、比較的容易な方法を採るのがもっとも賢明な策ではあるまいかと思う。(中略)
 私は、日本の学習者が、西欧諸国において用いられつつある方法に従って外国語を習えば、所要の時間を節約し得るばかりでなく、現在よりも一層大なる効果を得るであろうことを、確く信じて疑わないからである。この方法というのは、先ず文法の規則を覚え、更にこの規則を繰返し応用した適当なる翻訳練習課題において十分に練習し、次第に易より難へと進んでいくことであるこの練習を忠実に繰返して行くなら、外国人と直接に話すとほとんど同様な効果を得ることができるであろう。」

昭和初期の議論ですが、私はほとんどの点で現在でも通用する意見だと思います。

ちなみにこの本、重版に次ぐ重版で2、3年前まで新本で入手可能という、驚異的に長命な本でしたが、残念ながら最近は品切れとなており、出版元の丸善の経営状態から見て、おそらくこのまま絶版になるものと思われます。

from まさんた

新谷仙蔵さん、こんにちは。

「はしがき」の引用、有り難うございます。
引用するだけで時間がかかったことでしょう。
まして多少、古風な日本語ですから大変だったでしょうね。
本当に有り難うございます。

「リーダー」の重視は明治以来の伝統だったのでしょう。
とにかく原書を読んで欧米の知識を吸収する、が英学の原点でしたから。

保科考一という国語学者(明治十八年に中学入学)が昭和十一年にこう書いています。

「今日から見ると、そぞろに隔世の感を催すのは教科書の多くは英文のもので、しかもその程度がなかなか高いものであったことだ。はじめ半年ばかりスペリングで手ほどきをして、それから原書を読ませられるのであるが、英語を初めて(※ママ)から、一年も経たぬ中(うち)に、パーレーの万国史、ミッチェルの万国地理などに食いつくのだから、なかなか容易な業ではなかった。
(中略)
英和辞典も簡単なものが出来ていたが、生徒中でこれを有(も)っているものは数名に過ぎなかった。右の様な状態で、どうしてパーレーの万国史やミッチェルの万国地理などを読みこなしたか実に不思議である。」

明治・大正・昭和初期には高等学校に進む生徒は、ほんの一握り。
だからこそ、ヴァカーリの言う、「特に記憶力に恵まれた学生だけには、相当な効果を与え得るであろう」が成り立っていたのでしょう。

それでも「落ちこぼれ」る人もいたはず。

明治後期には、いわゆる受験参考書として「南日恒太郎」が登場し、大正には「山崎貞」が出ました。

それでも学校では「リーダー」が中心。
「ナショナル・リーダー」とか。

ヴァカーリの英語教育論に話を戻しますと。

今はほぼ全員が中学、高校、<大学(短大)>に進む時代。

ヴァカーリが見た旧制中学と今の高校では生徒の「質」が全く違う。
質が高かった旧制中学でも「学ぶべきは英文法」とヴァカーリは喝破した。

今は高校生のレベルの戦前よりかなり(というか、相当)下がっていると思います(有名な進学校は別として)。

それでも英文法排除の傾向はますます進んでいる、憂うべき事態。
カヴァーリの警鐘、今だから傾聴すべきだと思います、本当に。

--------------------
Amazon で調べたら、「英文法通論 -英語会話文典-」、最後の発刊は1997年。

ただ、絶版となった今、買おうとすれば最低でも5,000円・・・。

小野圭次郎の『英文解釈研究法』が復刊されますが、丸善、版権売ってカヴァーリも「復権」してもらいたいですね。

from 文月

最近更新がなく寂しく思っていたところで、楽しく読ませていただきました。

記事を読んで真っ先に思い出したのは、村松正俊氏の『ラテン語四週間』です。

短期完成型の語学書に良書は殆どありませんが、これは中々のものだったかと思います。ラテン語がちびちび読める様になったのは本書のお陰なのですが、いかに「四週間」とはいえ、最近の人からしたら退屈過ぎてやってられないのでしょうね……。

from まさんた

文月さん、お久しぶりです。

ラテン語を学ぼうと思ったとき、『ラテン語四週間』にしようかと悩みました。
練習問題に解答はあるし、短い例文だけでなく、訳読もあるし。
これはいいかも、と。

ただ、ネットで調べたら評判がイマイチでしたのでヤメました。

『ラテン語四週間』、初版(1961年)が出てから今年で50年経ちますね。
半世紀経った今でも大きな書店や Amazon では売られています。

(学習者が少ないという意味では)マイナーな言語の参考書であるとはいえ、半世紀も売れ続けるのは完成度が高い証拠でしょう。

ネットの評判に惑わされず、自分の直感を信じて買っていれば・・・。

でも「四週間」(なぜ1ヶ月としなかった?)ではあの本を仕上げることは無理でしょう!?

それはともかく、人類を「ホモ・サピエンス」(ラテン語の発音として正しくは、ホモー・サピエーンス)というのはなぜ?などがわかり、ラテン語は面白し。

が、そろそろ英語のことも書かないと、と思うこの頃です。

from 文月

はい、確かに四週間で仕上げるのは渡部さんや木田さんのような忍耐力を要します(笑)

私の様な凡人には二十週間余りが必要でした。現在は他に良書も数多いでしょうから、無理に勧める本ではないかもしれません。

この本の他に私が感心したのは、まさんたさんもご存じかも知れませんが、Wheelockのものです。

現在では新版が出ているようで、(http://www.amazon.co.jp/Wheelocks-Latin-Revised-FredericWheelock/dp/0060783710/ref=dp_ob_title_bk)きっと私が使っていたものよりも一層分かりやすくなっているかと存じます。

惜しむらくは洋書であることですが、内容は確かです。

『四週間』はラテン語のエッセンスを凝縮したようなものですから、これを読んだ後に触れてみた方が良いのかも知れませんね。

ともあれ、どんな本を使おうと一冊やり遂げることが肝要かと存じます。ラテン語は挫折しやすい言語でしょうが、応援しております。

これからも楽しい記事を読ませてください。

from まさんた

文月さん、こんにちは。

Wheelock は有名ですので知っていましたが、英語の本では『Latin via Ovid』という本で勉強しました。

『Latin via Ovid』は短文ではなく、ある程度の長さの文章を読ながら文法を学ぶ、という構成。

日本語の本で文法を学び、『Latin via Ovid』でオウィディウスの文章を読みながら原文に慣れようと。

今回、再びラテン語を基礎から勉強し直そうと思ったとき、Wheelock にしようとかと思ったのですが、どうやら今年の6月に改訂版(第7版)が出るようなので、躊躇。
もちろん、Wheelock はすでに鬼籍に入っており、改訂者が改悪するかもしれませんけど。

Wheekock、560ページで 2,000円を切る(今日現在、1,670円)という値段。

安過ぎ。日本ではページ数 = 値段の法則があるような、ないような・・・。


日本では白水社や大学書林がマイナーな言語の本を出しても経営が成り立つのは全国の図書館が買ってくれるから、という話を読んだことがあります。

それはともかく。

ラテン語は学んでも(カトリックの神父でなければ)ほぼ益なし。
正直、挫折率は高いでしょうね。

でもまあ、実用とはかけ離れたことって面白いですよね。

英語は「実用」と近い関係にあります。
学習法については、喧々諤々すぎて・・・。

その分、ラテン語について書いても、攻められること、まったくなし。

僕はこのブログで英語(学習)に関して書いてきましたが、始めた頃はほぼ、批判が多かったです。
時代遅れだと。

でも最近はそういうコメントはほとんど来ません。

何があったのでしょう?

まあ、どうでもいいことですけど。

from ふじさき

こんばんは。

いつも楽しく拝見してます。
ラテン語の学習書ですが、日本語のもので、解答付きで何かお勧めがあれば、ご教示下さい。
前に『楽しいラテン語』(教文館)という本を買ったのですが、解答がないので、そのまま眠っています。

from まさんた

ふじさきさん、お久しぶりです。

解答があるラテン語の本、自分の所有している限りでは、
『初級ラテン語入門』(有田 潤)、『ラテン広文典 ※絶版』(泉井 久之助)、解答というか解説があるのは、『はじめてのラテン語 』( 大西 英文)でしょうか。

図書館で読んだ『 ラテン語四週間』(村松 正俊)も解答があったと思います。

洋書(英語)のものは、有志がネットで解等を載せてくれていますが、本物の解答ではないのが難点(しかも英語)。

フランスのものは充実しており、僕も解答として信に足りると思っていますが、フランス語ですので。

価格、解答付き、日本語、をすべて満たすなら、『初級ラテン語入門』が一番かなぁ・・・と思っています。

『楽しいラテン語』は僕も持っています。
不明なところがあれば、素人としてお答えします。

ですけど、あくまで個人的な意見を言えば、『初級ラテン語入門』か、『はじめてのラテン語 』ですかね。

from ふじさき

お忙しい中、お返事をいただきありがとうございました。


『初級ラテン語入門』(有田 潤)を購入してみようと思います。

もしかしたら(自分にとっては)間違った道かとも思いながらも、ラテン語にも手を伸ばしたいと思っています。最近、コツコツ続ける面白さもわかってきました。

できたら、まさんたさんのラテン語の学びについても、書き込んでください。

from まさんた

ふじさきさん、こんにちは。

『初級ラテン語入門』が良いのでは?とコメントしましたが、実際に手にとって、自分の目で確かめてから購入するかどうか決めて下さいね。

自分で言うのもアレですが、僕の審美眼ならぬ “審本眼” は当てにならないので。

そういえば、的外れな「ラテン語の参考書レビュー」を書いたことがあります。

だいぶ前の記事ですけど。

http://www.ma-santa.com/2007/06/post_34.html

参考になるかどうかは、わかりませんが、一応。

“ラテン語学習の日々” なるブログを始めたいですねぇ。

英語と違い、ラテン語の参考書は少なく、また懇切丁寧ではないところがあるので、逆に僕がわからないところを教えて頂きたいので。

コツコツ続ける面白さ、語学に限らないのでしょうけど。

僕が実生活には役にも立たないラテン語(や英語、その他の言語)を学び続けていられるのは、最初はチンプンカンプンだったものが、コツコツと学び続けることによって、少しずつ “わかってくる” 楽しさのおかげです。

※ 僕のコメント、解答が「解等」になっていまいたね、細かいことですが、訂正。

※コメントは管理者の承認後に表示されます。

※必須 (お名前がないと、スパム判定するようになっております)
(※通常、不要です)

この記事に言及する

trackbackURL:

この記事に言及してくださる方は、下のタグにて。
タイトル文字は、ご自由に変えてください。

カテゴリー " 英語 " の最新記事

▲ページトップへ戻る