英語に限らず、どんな言語でも学ぶことは難しいと思いますが、英語の難しさはちょっと違うところにあるのかな?と思います。
最近ラテン語を復習し始めて、つくづく思いました。
英語とラテン語、どっちが難しいか、といったら、究極的には同じでしょうけど、ラテン語のほうが "勉強すること自体" はやさしいと思います。
その理由。
まず第一。
「話す・聞く・書く」必要性がない(個人的には)。
第二。
参考書の数が少ない。
つまり、どう(何で)勉強すればいいか、悩むことがない。
続きを読む »日本人と英語の奇妙な関係
lately と recently は、
最近
という意味であり、現在完了形でよく使われる、と辞書や文法書に書いてあるし、学校の先生もそう教えていると思う。
英英辞典(LDOCE 4th)も、
lately adj recently
lately は recently と同じ、と定義している。
本当にこの2つの単語は同じ意味なのでしょうか?
Have you seen her lately?
― 「OALD(5th)」
という英文で考えてみる。
続きを読む »lately と recently の違いって?
渡部昇一(著)『英文法を知ってますか』(文藝文庫 P.249)より。
私の教え子でアメリカで学位を取った人は、教授がこう言うのを聞いたことがあるそうだ。
「留学生が "We was" などと言うのを聞いても許せるが、レポートにそう書いてあったら、そんなものは読まない」と。
英語のネイティヴ・スピーカー向け英語の英文法書は無数にある。
その点、日本人向けの日本語文法の本がほとんどないのとは対照的。
日本では、「論文の書き方」のたぐいの本や、一時期の「漢検」ブームの影響か、「約める(ツヅめる)、感ける(カマける)」のような「読めそうで読めない漢字」についての本は星の数の十倍ほどあるのに対し、英米では基本の基本、「正しく、かつ、いかに簡潔に書くか」という本が実に多い。
なぜだろうか?
続きを読む »だから英文法に賛成する(3) ~「手段」 としての英文法
またまた伊藤和夫(著)『英文解釈教室』の話です。
今までは、「この参考書は素晴らしいが、の和訳はイマイチ」ということを書いてきました。
今回は、自分が誤読していた、という話(※ 結局は誤読ではなかったのだけれども。矛盾のように聞こえるでしょうが、その理由は記事の最後の頃に)。
誤読していたのは改訂版65ページ、旧版では63ページの次の英文。
Writing for the radio should be as easy as making intelligent conversation, because basically that is what it amounts to.
簡単そうに見える英文ですが、じっくりと考えてみます。
続きを読む »that is what it amount to 、代名詞 it、that は何を受けるのか?
used to と would は「過去の習慣・習性」を表す、といわれていますが、次の英文は「習慣・習性」と言えるかどうか?
I used to live in Lindon.
― 「OALD」(5th)
「住む」は「習慣」ではないでしょう。
でもまあ、習慣に従って、「習慣」としておきます。
ちなみに上の英文は、
I lived in London in a long time (for several years).
と書いてもたいして意味は変わらないはず。
しかし、まったく同じではない。
それでは used to と would の意味、そして違いは何か?
続きを読む »used to と would の意味とその違い
自分は英文法書は日本語のものに限る、と思っていました。
なぜかというと、その昔、英語(洋書)の英文法書を読んで、「わけわからん」と思ったから。
まあ、枝葉末節なことを書いてあるものを読んだからでしょう、その原因は。そもそも読むこと自体に難儀した。
その頃には初学者用に書かれた英語の文法書など「何を今さら・・・当たり前のことを書いてばっかで」、と「読む価値なし」との烙印を押していました。
『English Grammar in Use』(by Raymond Murphy)の評価が高いのは前々から知っていましたが、「へっ、そんなの知ってますよ」、ということばかり書いてあると思って拒否。
でも・・・みんなが「いい、いい」というなら、まあ、薬にもならないとしても毒にはなるまい、と購入。
買った。来た。見た。
・・・素晴らしい。
続きを読む »「English Grammar in Use」で英文法の基本を学び直す
While I was growing up in New York someone told me that if I dug a deep enough hole in the garden I would eventually reach China. Japan seemed even farther away.
ニューヨークで少年期を送っているとき、こんなことを言われたことがある。庭に穴を掘って掘って掘りつくすと、最後には中国に辿り着ける、と。日本はまだ遥か彼方にある存在であった。
ドナルド・キーン(Donald Keene)さんの『On Familiar Terms』の書き出しです。
満州事変が起こったときの感想。
Japan seemed like a very frightening country. I am sure that if anyone had predicted at the time that when I grow up my life would be devoted to Japan, I would have been absolutely astonished.
日本に対する印象は、身の毛がよだつような国であった。だから断言するが、その当時、誰かに「君が大人になったら、その後の人生は日本に捧げられることになるよ」とでも予言されたら、さぞ仰天したに違いない。
しかし、この英文の架空の予言者の言葉はピタリと当りました。
続きを読む »外国語を学ぶ、そのきっかけは?
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