『英文解釈教室』に出てくる little traveler って誰?

伊藤和夫(著)『英文解釈教室』の最初の例文。

The freshness of a bright May morning in this pleasant suburb of Paris had its effect on the little traveler.

この楽しいパリ郊外の5月の明るい朝のさわやかさが、小がらな旅人に影響した。

『英文解釈教室』が発刊されて30年以上経ちます。
この英文を読んだ人たちの多くは、「the little traveler」を少年だと思ってきたに違いない。

たぶん名前は「マルコ」。
肩には白い猿が。名は「アメデオ」かも。
母を探すために、三千里も旅し・・・。

が、がが!!

実は・・・。
この little traveler の正体を突き止める!という(どうでもいい)話。

肩に乗せていたものは・・・

あの英文の前の文章をGoogle ブックスで調べてみた。

He then shook a little brilliantine into his hand,rubbed the palms together, and devoted two minutes to the violent friction of his rather scanty graying hair. This done, he plied comb and brush with care, fricked a suspicion of dandruff from the shoulders of his shiny black coat, and stride across the small bedroom, flung open the casement window.

【拙訳】それから整髪料のビンを振り、中身を少し手につけ、両手にすり込んだ。ひどい寝癖がついた髪に整髪料を塗りこむ。髪はやや薄く、白いものが目につくようになってきた。塗り込むのに二分かけた。注意深く、櫛とブラシを使って髪を整える。そして、テカテカな黒いコートの両肩についているフケをさっと払い、せまい寝室をひとまたぎすると、開き窓を荒々しく開けた。

肩にのせていたのは白い猿ではなく、フケでした。

このあとに、

The freshness of a bright May morning in this pleasant suburb of Paris had its effect on the little traveler.

が続く。

ちなみに出典では、

the little traveler

ではなく、

the impressionable little commercial traveler

impressionable は「easily influenced (POD)」。
いい意味で「感受性の強い」。悪い意味で「自分の考えというのがない」。

commercial traveler は、いわゆる「セールスマン」。
訳としては「巡回販売員」では大げさか?
「行商人」ぐらいがいいかも。

とにかく、「旅人」ではなかった。

形容詞の順番

traveler には形容詞が3つ付いています(定冠詞 the を含めると4つですが)。
impressionable, little, commercial。

形容詞の並ぶ順番は決まりがあるようで、ないようで。
とりあえず、自分はこう思っています。

冠詞(one's を含む)は当然、一番前。
次は順番(first, last)など。その後は数。
難しいのはそのあと。

two large (,) oval mirrors
(二つの大きな楕円形の時計)

an enormous (,) steaming pressure cooker
(ばかでかい、湯気を立てている圧力鍋)
― 安藤貞雄(著)『現代英文法講義』 P.481

このような客観的な記述の場合、まず遠くから眺めてみる(画面は白黒で)。

まず目に入るのは、数。上の例では、2つ。下は1つ。
次に目に入るのは大きさ。large と enormous です。
そして近寄ってみると、oval や steaming に気づく。

この例の場合、白黒画面でもあまり関係なかったですね。

a large gilt-framed mirror
大きな金の額縁にはめられた鏡
― 『新編 英和活用大辞典』

遠くから、白黒画面で見る。

1つだな、とわかる。
そして、large だと気づく。
近寄ってみる。
飾りがついている。
カラーにしてみる。
飾りは額縁で、色は金と判明。

主観的な場合を考えてみます。

an atractive young Welsh girl
(魅力的な、うら若い、ウェールズ人の少女)

some (,) attractive (,) round (,) black beads
(いくつかの魅力的な、円い、黒いビーズ)
― 安藤 『同書』

attractive のような主観が入った形容詞は前に置かれることが多い。

形容詞を並べる順序は多分に習慣的な要素もあるようでわかりにくい。
「きれいな長い髪」は beautiful long hair のほうが好まれ、「まっすぐな長い髪」は形容詞をおきかえた long strait hair のほうが好まれるという人があるが、和訳する立場からはあまり問題ではあるまい。
― 杉山忠一(著)『英文法詳解』 P.473

beautiful も主観が入った形容詞。だから long の前に置かれると思います。
long strait hair は、「遠くから、白黒 → カラー」方式。

some attractive round black beads

主観が入った attractive が前、そのあとは「遠くから、白黒 → カラー」方式。

形容詞の順番、こんな風だと思っています。だいたい、ですけど。

little について

研究社『新英和大辞典(第六版)』の解説。

little は small と異なりしばしば「愛情」「同情」または「非難」「軽悔」などの感情的含みを込めて用いられる。
その場合これらの感情を明示する形容詞を伴うことも多い。

とあり、例文として次のような英文が載っています。

What a pretty little garden!
なんてきれいな庭だこと。

my dear little mather
私の愛する母。

mean little accusations
卑劣な言いがかり。

his filthy little tricks
やつの汚いたくらみ。

最初の例文では、庭が小さいという意味はないし、次の例では、母の身長が低い、という意味はない。

けなす場合でも、小さいという意味ではない。

さて。

the impressionable little commercial traveler

commercial は traveler と密接な関係がある(commercial を取ったら意味が変わってしまう)ので名詞の直前に置かれる。

impressionable は主観の入った形容詞なので冠詞の次。
問題は little。

伊藤訳の「小がら」は誤訳に近い?
背が低いなら、small が無難。

a little traveler は「幼い旅人」ではないかと。
a little child は「背の低い子供」ではなく「幼い子供」ですから。

a little man は「つまらん奴」「凡人」「(金持ちではない)一般庶民(= a little guy)」、「小柄な男」などの意味がありますが、「小柄な男」という意味で使われることはまれな気がします。

little はほんと厄介。

『英文解釈教室』のあの例文は、おそらく入試に出た英文でしょう。
impressionable は難しく、 commercial traveler の意味は受験生は知らないだろうから削った。

little も削るべきだった。

the traveler ならこんな記事書かなくて済んだのに
まぁ、書く必要はなかったんですが。

ほんとは pleasant [pléznt ントにあらず] について書こうと思っていたんです。

すぐ頭に浮かんだのは、『英文解釈教室』の例文。
「this pleasant suburb」の伊藤訳、「この楽しいパリ郊外」はいかがなものかと。

ですが、the little traveler も気になったので、ついこっちの話に。

あ、そうそう。

the impressionable little commercial traveler

の little の件ですが。
これは、主観が入った形容詞 impressionable (= easily influenced)についた、何らかの感情がこもったもの、と解釈しておきます。

出典の全文は読めないので、この commercial traveler の性格はよくわからず。

Google ブックスでいろいろ調べ、判明した限りの英文は次の通り。
拙訳も一緒に。

He then shook a little brilliantine into his hand,rubbed the palms together, and devoted two minutes to the violent friction of his rather scanty graying hair. This done, he plied comb and brush with care, fricked a suspicion of dandruff from the shoulders of his shiny black coat, and stride across the small bedroom, flung open the casement window.

それから整髪料のビンを振り、中身を少し手につけ、両手にすり込んだ。ひどい寝癖がついた髪に整髪料を塗りこむ。髪はやや薄く、白いものが目につくようになってきた。塗り込むのに二分かけた。注意深く、櫛とブラシを使って髪を整える。そして、テカテカな黒いコートの両肩についているフケをさっと払い、せまい寝室をひとまたぎすると、開き窓を荒々しく開けた。

The freshness of a bright May morning in this pleasant suburb of Paris had its effect on the impressionable little commercial traveler, and his rising spirits found outlet in a gay snatch of tune. He accepted his unaccustomed cheerfulness as a favourable omen, and stood for a little, breathing the fine air and watching the approaching paper-boy follow a leisurely and erratic course along the street.

部屋の外は何といえない気持ち良さだった。パリ郊外の陽光まぶしい5月の朝が実に爽やか。おかげで、いつも「これでいいのか」と考えてばかりいる行商人の気持ちまで変わった。ほんの少し気分が良くなったので、高ぶっていた心が落ち着いた。機嫌がいい時などめったにないが、機嫌がいいと何か良いことがあるはずだ。しばし窓の前に立っていた。空気まですがすがしい。新聞売りの少年が近づいてくる。少年は、ゆっくりと気ままに町をゆく。

文章からして、19世紀に書かれたものか?

short story のようで、いろいろな本に掲載されているらしい(どの本も、全文閲覧不可)。

それにしても。

『英文解釈教室』、初版1977年。
それから30年以上経ちました。
当時9歳だったマルコも不惑越えか・・・。

アメデオはどうなった?

コメント

from 自由堂

初めまして。自由堂と申します。以前は拙サイトを取り上げていただきありがとうございました。

今日の記事はとくに参考になりました。伊藤和夫の英文解釈教室はLesson5までしかやっていないのですが,訳に疑問に思うところがいくつかあり,訳自体それほど上手ではないのではないかと思っていたところでした。

英文解釈問題集の例文は前後を切ってあるため,訳が曖昧になることがあるようですね。伊藤和夫の本でもこういうことがあるようだと,本当によい解釈の本というのはすくないかもしれません。

いつも読ませていただいておりますが,きちんと調べて書かれているこういう英語関係のサイトは少なく,貴重だと思います。

from まさんた

自由堂さん、初めまして。

了承無く自由堂さんのサイトを取り上げたことを、今さらですが、報告致します。

前後が切り取られた例文は意味がよく分からないときがありますね。
渡部昇一さんもおっしゃっています。

本を読んでいる時は誤訳することのなさそうな文章でも、文法書の例文として前後から切り離されて出された場合は訳すのに苦しむことが時にある。
(中略)長編小説から一行だけ切り取られた例文では、前後関係は確かめようがなく、自信をもって訳せないこともありうる。
―『英文法を撫でる』 74ページ

英語のプロ中のプロの方だってそうなのですから。

自由堂さんも取り上げられた『英文解釈教室』の一文、

Writing for the radio should be as easy as making intelligent conversation, because basically that is what it amounts to.

この例文は難しいですね。
僕もかなり苦戦しました。
伊藤訳、

放送用の原稿を書くことは、知的な会話をすることと同じようにやさしいことであってよいはずである。なぜなら、基本的には、まさにそれこそ放送用の原稿を書くということの意味だからである。

何度読んでも意味不明。

解説では、

that は making...conversation を、it は Writing for the radio を受ける。

でも逆なのではないかと。受けるものが。

writing for the radio is what making intelligent conversation amounts to.

「ラジオの原稿を書くこと」 とは 「考え抜かれた淀みない会話のつまるところのもの」 である。

超訳気味で冗長ですが、拙訳。

ラジオの原稿を書く際には、考え抜かれた淀みない会話のように、誰にでもわかるように書くべきである。なぜなら、ラジオの原稿を書くとは要するに、淀みない会話をすることそのものなのだ。

自分の勝手な解釈で間違っているとは思いますが、個人的にはこう考えないと意味がスッキリしません。

※ 自分で書いたコメントを読み返してみて、やはり自分の解釈は間違っていると思えてきた。枕と相談します(I will consult with my pillow.)。

この英文、Google ブックスで調べたら『Writing For The Radio』という英文そのままの文章が出典と判明しました。

原文では、

Writing for the radio should be as easy as making intelligent conversation, because basically that is exactly what it amounts to.

となっています。なぜ exactly が削除された?

出典には次のようなことが書いてあります。

And just as conversation varies according to the person to whome one is speaking, so it is the audience which really determines both the matter and the manner of evey broadcast.

But in other forms of radio speaking(※) mere words are not enough. The listener must catch something of the personarity and the thought process behind the words; if he does not, then either the wrong person is broadcasting or he has never grasped the essentials of broadcasting technique.

※ ニュース速報や天気予報など以外で、ラジオで話をする場合。

他にも「相手がわかるように」といった文章がたくさんあります。

やはり that と it の受けるものが解説とは逆な気がしますが、自信はありません・・・。

なんだか僕は伊藤和夫の欠点ばかり書いていますが、枕頭の書とまではいきませんが、愛読書のひとつとなっています。
だから欠点が目につくのかもしれません。

from 自由堂

まだ半分もやっていないのになんですが,生徒にはこの本はやらない方がいいと言ってあります。まだ英文読解の透視図の方が良さそうです。もちろんこの本にもちょっと問題がありますが,完璧な本というのはあまりないのかもしれません。古谷専三の本は通読していないので分かりませんが,あの本はいいかもしれませんね。

from まさんた

自由堂さん、こんにちは。

僕も『英文解釈教室』は今の受験では必要ないと思います(もちろん、使いたい、と思ったら本人次第ですが)。
『英文読解の透視図』は大学に入ってから読みましたが、解説が『英文解釈教室』とは違って、突き放したところがない良書かな、と。
紛失してしまったので手元にないですが。
近くのブック・オフで 105円で売っているので購入して読んでみようと思います。

古谷専三の『英文の分析的考え方 18講』を、いま読んでいるところです(三週目)。

正直言って、受験生にはオススメできません。
たとえば3問目。

When I think how time will pass
Until this Now is turned to Then,
Like smoke that faded within a glass
Seen the curled fancies of my pen.

For this year's sturdy discontent,
Will read in words a boy mis-spelled,
When I have weighed the Much life meant
Against the Little that it held.

この英詩、意味どころか、構文さえ分からないと思います。普通の高校生や受験生は。

『英語のくわしい研究法』は、「くどい!」と思わないならいいかもしれません。
この本も大学に入って数年経ってから読んだので、「何を今さらこんなことを・・・」と思いましたが、受験生時代に読んだなら、違う感想を持ったかもしれません。

自由堂さんは塾の先生ですからさぞかし苦労が多いでしょう。
その点、僕はボランティアで教えている身なので、気が楽です。
ただ、センター試験の応募が始まってから、自分が好き勝手に教えてきた結果、どうなるか、それを考えると胃が痛いです・・・。

from まさんた(メモ)

Writing for the radio should be as easy as making intelligent conversation, because basically that is what it amounts to.

考え直した。
伊藤和夫の言う通り、「that は making...conversation を、it は Writing for the radio を受け」ますね。

問題のところ。

What it amounts to

分解。

it =[Writing for the radio] amounts to ▲
▲ = [making intelligent conversation].
ラジオの原稿を書くことは、つまるところ、考え抜かれた淀みない会話をすることなのだ。

拙訳。

ラジオの原稿を書く際には、考え抜かれた淀みない会話のように、誰にでもわかるように書くべきである。なぜなら、ラジオの原稿を書くことの根底は、つまるところ、そのような会話をすることと同じなのであるから。

そして、もっと細かく見てみると、この英文にはいろいろな問題点があることに気づきました。
近々記事にしてみます。by 管理人

from 新谷仙蔵

英文解釈教室は私も一度読みました。
力作だとは思いましたが、名著とまでは思わなかったですね。
英文の構造分析に特化し、それを体系化した画期的な本ですが、欠点も多い本だという印象です。

それはさておき、Writing for the radio・・・・という英文の解釈について疑問があります。

その1

伊藤和夫の「that は making...conversation を、it は Writing for the radio を受け」るという解釈、文法上可能なのでしょうか?
この文章のthatは指示代名詞だと思いますが、thatは本質的に「心理的に遠いものを指す」という意味があるといわれています。

だとすれば、同じ文章のitが指す対象より近い位置にあるものを指すというような解釈は、かなり無理があるように思います。

さらに言えば、thatが指す対象は、本当に引用された文章の中に存在するのでしょうか?
私には引用されなかった部分にあるもの(たとえばspeaking on the radioなどというような表現があるのではないかと推測します)を指しているように思えて仕方ないのです。

その2
easyを「簡単な」という意味でとらえていいのでしょうか?
easyは基本的な単語ですが、それゆえ複数の意味があります。
この文章の場合、「気楽な」とか「肩肘はらない」とかいう意味のような気がします。

from まさんた

新谷仙蔵さん、こんにちは。

that ですが、「引用されなかった部分」ではないと思います、この英文では。
なぜならこの英文は、「Writing for the radio」と題された章の最初の文ですので。

「近々記事にしてみます。by 管理人」と書きましたが、書いたのを忘れていました。
読み返してからアップしようと思っていたら、すっかり失念。
読み返して直しても、駄文には変わらないので、このあとすぐアップします。

間違いがあったら、ご指摘、よろしくお願いします。

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