古谷専三(著)『英語のくわしい研究法』

薬袋善郎さんの『思考力をみがく 英文精読教室』の「はじめに」に、こんなことが書いてあります。

...高名な英文学者で George Eliot 研究の泰斗(たいと)、古谷専三博士の本を読んで、その、あまりの読解力に感嘆し、今考えると冷や汗ものですが、ぶしつけにもご自宅までおしかけたことがあります。

当時、古谷さんは90歳に近く(※ 平成三年没)、小さい活字はほとんど見えなかったという。

その後、週に一度、薬袋さんは1対1で古谷さんから英語の「手ほどき」をしてもらったそうです。

古谷専三は47歳で日本大学英文科を卒業しました(卒業の翌年、教授に)。
それまでは小学校の教師をしつつ、図書館に通い英文学の古典を読む、という勉強を何年も続けていたそうです。

老先生の手ほどき風景

さて、古谷さんによる、英語の「手ほどき」の風景。

レッスンは、まず私が、課題とされた小説(George Eliot の Daniel Deronda でした)の1文をゆっくりと2~3回音読します(先生は活字がほとんど見えないのです)。
先生は、目を閉じて、じっとそれを聞き、しばらく考えます。
やがて、先生が軽くうなずくので、私が自分で作ってきた和訳をゆっくり読み上げます。
先生は、それを聞いて、問題がなければ小さな声で「よろしい」とおっしゃいます。
ところが、私の読み方が不十分だと、黙ったままです。
しばらくすると、もう一度和訳を読み上げるように求められます。
そこで、私が再度読み上げると、おもむろに「君は一語誤解しているところがある」とか「君はある一語をひどく軽視している」というようなことをポツリといわれます。

いい話ですねぇ。

そんな古谷さんの英語の手ほどきを体験できる参考書があります。

  • 『英語のくわしい研究法』
  • 『英文の分析的考え方 18講』

今回は、『英語のくわしい研究法』について。

品詞分解と精読

「まえがき」と「さくいん」を引いた本文のページ数は230ですが、そこで扱う英文はたったの10題。

しかも、一番長い英文(No.5)でも、単語数は103語。
一番短い英分は、たった17語(No.1)

単純計算、1題につき23ページの解説。

著書の中では、古谷さんはとっても饒舌です。いろんな意味で。

この参考書の特徴は2つ。

ひとつは、これ以上ないくらいの精読。

一語一語、品詞分解します。
そして、細かいことについての吟味。

ではこの原文で、what thing としないで what one thing としてあるのはどういうわけであるかという疑問であります。
― P.7

質問の(7)では but について、この文における but の存在理由を問うているのであります。
― P.63

など。

そして、普通の参考書ではほとんど問題にされない、冠詞についての考察。

No.7 の英文のあとに、古谷さんからの、16個の(問)が並べられていますが、そのうちの4つは定冠詞 the について。

(4) the early rise の the の意味は何ですか。
(11) the boundaries の the の意味は。
(14) the inundation における the の意味は何か。
(16) old landmarks and divisions に the がついていない理由は。
― P.68

そのほかにも、なぜこの名詞は複数なのか、なぜこの名詞には冠詞がついていないのか、などにこだわる記述がたくさんあります。

英文法や英文解釈では、冠詞についてはあまり考慮されない。
police には the がつく、by the kilo などの「単位の the」以外は。

人柄溢れる文章に・・・

この参考書の特徴その2。

文章が・・・・。
なんといえばいいのか。

ここで私は、大へんすみませんが、この「くわしい英語研究法」が、英語の知識をつめこみ的に述べたてるのではなくて、英語はどうしたら、よくわかるようになるかという研究の方法技術を指導する本であると申したいのであります。自家宣伝で大へんすみません。
― P.10

これら数行または10数行は、あまり平凡容易なことを力説したことをおゆるしください。
―P.11

私はこの項目にひどく骨を折りましたが、読者のみなさんがよく理解してくださったかどうかどうも自信がありません。
― P.28

次は倒置構文の英文について、

しかし、目的語が文の先頭に来て、他動詞が後の方におかれるなんてどうも不愉快だと思われる人も多少はあるでしょうが、どうもすみませんと私からおわびいたします。
― P.54

英語の原文が倒置されていることについて、なぜか古谷さんが謝る。

古谷さんの言葉、あといくつか列挙します。

あまりに平易で平凡なことを、ものものしく説明するので、みなさんあきれてしまわれましたか。
― P.76

こんなこともあまり初歩のことで、私もこれを書きながら、はずかしく感じておるのです。でもみなさんに、も少しのしんぼうをねがって次の研究もつづけてよんでいただきたいのです。
― P.77

しかしどうも、このあたりは、力こぶを入れて申すほどのことではない気が私にもしきりにして、はずかしい感じです。すみません。
― P.99

なぜか、謝られるのだ。

さらに、各英文を「分析研究」したあとに、「あとがき」のような感じの古谷さんの言葉が書かれています。

以上で分析研究 No.1 の解説をおわったのでありますが、私としては、これはほんのスタートの試みのようなものであります。読者のみなさんのご満足を得られるかどうか、かなり不安を感じています。でもこれからの努力には相当の自信を持っております。
― P.9

さてこれで分析研究 No.2 の私なりの努力をおわったのですが、読者のみなさんには、これは、少しは役に立つぞと思っていただけたでしょうか、いや、それがどうであろうと、私は以下、決意と計画にしたがって、少しもたゆまず精進いたします。
― P.18

こんな調子の「各分析研究の "あとがき"」が続く。

以上私はようやく分析研究の No.7 の解説をおわりましたが、どれくらい目的を達成できそうでありましょうか。自分ではどうもはっきりしません。ただどうもこれは、読者のみなさんの積極的なご協力しだいで成否がきまるであろうと思われます。
― P.74

最初にこの参考書を読んだとき、なんで謝ったり、「わかってもらえたか不安です、精進します」などと書くのだろう・・・。
読みにくいなぁ・・・と思いました。

でも、よく読むと裏の意味が込められているのに気づきました。

たとえば、

これら数行または10数行は、あまり平凡容易なことを力説したことをおゆるしください。

これは、

The great use of a school education

の the についての解説のあとに書かれているものです。

普通、この the になど気にも留めないでしょう。
古谷さんの言葉。

...英文の中においては、the といえども、ちゃんとした存在理由と意味内容があるのです。

古谷さんの「謝罪の言葉」は、逆に、「こういう簡単に思えるところが分かっていないのだ、きちんと考えろ」という意味。

お人柄なのでしょう。

「各分析研究の "あとがき"」を見てみる。

以上私はようやく分析研究の No.7 の解説をおわりましたが、どれくらい目的を達成できそうでありましょうか。自分ではどうもはっきりしません。ただどうもこれは、読者のみなさんの積極的なご協力しだいで成否がきまるであろうと思われます。

「読者のみなさんの積極的なご協力しだいで成否がきまるであろうと思われます。」

これも、「私は分かってもらえるよう、努力しているのだ。でも読む側が努力しないのなら意味はない。努力しろ」というメッセージでしょう。

ほんと、お人柄なのでしょうね。

必要だったのは、どっち?

この参考書でひとつ気になっているところがあります。

分析研究 No.7 の英文。
この英文には古谷さんの訳文や意訳が載っていないので、余計に混乱。

by the necessity 以下はどこにかかるか。
全文。

The Greeks accounted for the early rise of the science of geometry among the Egyptians by the necessity they were under of reestablishing each year the boundaries of their fields ― the inundation obliterating old landmarks and divisions.

解説では、

accounted のところにかかるのです。

となっています。
さらに、

by the necessity は副詞句で上の accounted for のところにかかっているのですが、これはすぐには理解されないおそれがあります。いく度も考えてみてくださいというおねがいをいたします。
― P.183

しかし、いく度考えてみても、accounted for にかかるとは思えなくて。
英文、じっくり読んでみてください

自分の解釈をダラダラと書いてもあれなので、さらっと。

the early 以下を書き換えてみる。

The science of geometry among the Egyptians rose early by the necessity ・・・.

・・・という必要に迫られ、エジプト人の間では幾何学(の研究)が早くから起こった(誕生した、発達した)。

よって、by the necessity は rise にかかる、という結論なのですが。

どうでしょう?

Google ブックスで調べたところ、この英文の出典は『Outlines of ancient history』という本らしい。

そして、続く文章(その英文で、分析研究 No.7.5 という記事を書いてみようかと思っています)を読んでみて、「rise にかかる」という確信は深まったのですが・・・。

それでも頭の中で古谷さんの言葉が響く。

by the necessity は副詞句で上の accounted for のところにかかっているのですが、これはすぐには理解されないおそれがあります。いく度も考えてみてくださいというおねがいをいたします。

一応、英文と自分の(原文に付かず離れずの)試訳。

The Greeks accounted for the early rise of the science of geometry among the Egyptians by the necessity they were under of reestablishing each year the boundaries of their fields ― the inundation obliterating old landmarks and divisions.

エジプトではなぜあれほど早く幾何学が誕生したのか、ギリシャ人は書いているが、それによると、エジプト人の置かれていた状況、つまり、毎年毎年、田畑の境界線を決め直さなければならなかった、ということの賜物なのだ。その理由はもちろん、例のナイル河の氾濫によって、土地の境界標や区分は跡形もなく消え去ってしまうからである。

【by the necessity を accounted にかけた場合】
エジプトではなぜあれほど早く幾何学が誕生したのか、ギリシャ人は書いている。エジプト人が置かれていた状況、つまり、例のナイル河の氾濫によって、土地の境界標や区分は跡形もなく消え去ってしまい、毎年毎年、田畑の境界線を決め直す必要があったので、ギリシャ人は書いたのである。

ん・・・。

要再考。

だからこそ、味わいがあるので、あります

『英語のくわしい研究法』は二部構成になっています。
第Ⅰ部は10の英文の「分析研究」、第Ⅱ部は、品詞別に再考し直す、という感じ。

第Ⅱ部に、「英語の分析を歌にします」というのがある。

12の歌があり、「五・七・五・七・七」になっているようですが、たまに字余り、ときに字足らず。

(1)名詞代名詞の歌
名代の六つの位置は主語に自補
他目前目他補に形目

後半の読みは、たもくぜんもく、たほにけいもく?

意味は、他動詞の目的語、前置詞の目的語、不完全他動詞(いわゆる第5文型の動詞)の補語、形容詞の目的語。

基本、「であります」調で少し回りくどい文章、突然出てくる謝罪の言葉、そして、英語の分析の歌。

最初は、この本、三分の一はカットできるし、そのほうが読みやすくなる、と思いました。

が、今ではいろんな要素全てが一体となってこそ、この参考書の価値がある、と感じる次第であります。

コメント

from 新谷仙蔵

古谷先生の著書についての記事、大変興味深く拝読しました。

「by the necessity は副詞句で上の accounted for のところにかかっている」との古谷先生の説明に疑問をお持ちとのことですが、やはり古谷先生の説明が正しいように思います。

当該文章の趣旨は、エジプトにおいて早くから幾何学が発達したのはなぜかという問題を、ギリシャ人たちは、ナイル川の氾濫により毎年農地の境界を引きなおす必要性があったからという理由で説明したということだと思います。

単純化すると、"account for 問題 by 理由"ということで、問題をこれこれという理由によって説明するということではないかと考えます。
いかがでしょうか。

from まさんた

新谷仙蔵さん、初めまして。

記事には書きませんでしたが、この英文、違うバージョンもあります。

The Greeks accounted for the early rise of the science of geometry among the Egyptians by reference to the necessity they were under each year (以下同じ).

by the reference to the necessity となっています。

これは、accounted for にかかるのは一目瞭然。

accounted for (説明した) by the reference to (必要があったからだと言及して)。

これなら、"acount for A by B." 「B することで A を説明した」と文章として流れがいい。

以前読んだとき、つまり、the reference to が入った文があるのを知らなかったときは、by は accounted にかかる、と思っていました。

論理的にすっきりする reference が古谷さんの本にはないから、違う解釈が自分の頭の中で出来上がってしまったのですかね・・・。

文章が違えば、意味も違くなるんじゃないの?と。

by はやはり accounted にかかりますかね。

from 新谷仙蔵

まさんたさん、さっそくレスをいただきありがとうございます。

referenceの有無によって大きく意味が変わることはないと思いますよ。文の構造自体には変化がないと思います。

ただし、referenceがない場合より、あった方が少しニュアンスが柔らかくなるのだと思います。

「~の必要性があるからであると説明した」というのと、「~の必要性があるということを引き合いに出して説明した」という違いだけしかないのではないかと思います。

だからこそ、文字数に制限のある参考書での引用ということで、古谷先生もreferenceを省略されたのではないでしょうか。

ちなみに、この文どこかで読んだような気がします。
たしか、チャート式で現在も出版されている二冊の英文解釈の参考書のうち一冊に解説付きで掲載されていたような。

チャート式の参考書はどちらも信頼に足るものなので、参照されてはいかがでしょうか?
記憶があやふやですので、違っていたらごめんなさい。

from まさんた

新谷仙蔵さん、こんにちは。

reference があると「明瞭」になる、感じですかね。

この文、多数の本に引用されていまして、19世紀に出版されたものには reference があり、20世紀になると、一斉に消える。

引用している間に、誰かが referencee を見落とし、そのあとに違う人が引用(孫引き)する際、reference なしの文を引用し・・・という流れでしょうか。

そして、reference なしの英文が試験に出て、それを古谷さんが使った?

チャート式!懐かしい!
僕も英語・数学・物理・化学など、ひと通り買った覚えがあります。
が、全て挫折・・・。
チャート式は高校時代、「学問の香り」がしたので買ったのですが。
ただ、僕には高度過ぎました・・・。
※ reference 僕が書いた前のコメントで 途中から referance と誤記していました。修正。

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