英文和訳について

英語を読んでいて、わからないところがあったら、自分は立ち止まり、和訳してみる。

ウマイ・ヘタは別として、一応意味が通じる日本語に「変換」できるまで考える。いくら考えても日本語に変換できなかった場合、当然英文の意味もわからない。

英文の意味がわかるのと、和訳できるのは別だ。

という人がいますが、個人的には、

日本語に訳せない英文は、そもそも英文の意味がわかっていない。

と思います。

英文和訳、批判

太田雄三(著)『英語と日本人』の一節。

東京のある大学に来ている英語圏からの一留学生が、その大学で訳読式のフランス語の授業に出ている。
フランス語の文章を理解すること自体には何の困難も感じないが、それを彼にとってはまだむずかしい外国語である日本語に訳すことに苦労している、という話を聞いたことがある。
こんな例をみれば分かるように、うまく訳せるかどうかは、必ずしも英語がよく分かっているかどうかの問題ではない。
訳せなくても、よく分かっている場合もあるのだ。
― P.301

いろんな意味で、論理がおかしい。

英語が母国語の留学生が、フランス語を読み、彼にとってはまだむずかしい外国語である日本語に訳すことに苦労している。

これからどうして、

こんな例をみれば分かるように、うまく訳せるかどうかは、必ずしも英語がよく分かっているかどうかの問題ではない。
訳せなくても、よく分かっている場合もあるのだ。

という結論を導けるのか?
理解に苦しむ。

単に、その留学生の日本語力の問題でしょう。
日本人が英文を母国語の日本語に訳す、というのとは前提が違う。

もうひとつ、英文和訳批判。

酒井邦秀(著)『どうして英語が使えない?』より。

英文和訳はほとんどの大学が出題しています。典型的な例を見てみましょう。

Today's popularity of hunting as recreation gives us an idea of how primitive people, after they became farmers, must have missed the old days.
(同志社大学、1990年)

(狩が今日でもレクリエーションとして人気があるところを見ると、農耕民となったあとも原始人が過ぎ去った日々をなつかしく思っていたに違いないと想像できる。)

この問題はいわゆる部分訳で、全体は1000語ほどの長さです。
しかし、全体を読まなくとも、この部分だけ読めば、和訳はできます。
その意味では孤立した文を使った問題です。
― P.178

余談ですが。

農耕を始めたら、すでに原始人じゃないと思うのは自分だけ?

primitive を Longman(4th)で調べると、

belonging to a simple way of life that existed in the past and does not have modern industries and machines.

となっており、「原始」より意味の幅が広い単語。
実際、反義語として挙げられているのは、「advance、modern」です。

この英文の primitive people はどう訳せばいいでしょう?
全文を読めばヒントがあるかもしれません。

入試問題で部分訳が多いのは、こんな理由だそうです。
渡部昇一(著)『英文法を撫でる』より。

本を読んでいる時は誤訳することがなさそうな文章でも、文法書の例文として前後から切り離されて出された場合は訳すのに苦しむことが時にある。
その例文が聖書やシェークスピアの作品なら、すぐ原典に当たることができるが、長編小説から一行だけ切り取られた例文では、前後関係は確かめようがなく、自信をもって訳せないこともありうる。

(中略)

同じようなことは入学試験問題でも起こりうる。
ある程度長い文章を与えて、下線を施した部分について設問する形式が多いのはそれを避けるためでもある。
― P.74-75

山崎貞(著)『新々英文解釈研究』に、こんな練習問題があります。

"O here's a perfectly lovely one! Do take him by his little black head and eat him quick!"

【解答】
「あら、こんなかわいらしいのがあってよ、その小さな黒い頭の所をつまんで早く召し上がれよ」。
〔注〕 Do take の do は強調。
― P.166 問題601

この英文に大苦戦。
コメントで、英語展望台さんに出典を教えて頂いて、やっと氷解。
参照:拙記事 蛍雪の功、そんな言葉に憧れて ~ひと夏の思い出を、山貞に

英文の理解度が、すぐわかる

なぜ英文和訳をさせるのか?

和訳させてみると、生徒がその英文をどれくらい理解しているのか、よくわかるから。

きちんと理解できていれば、読んで意味のわかる日本語になる。

あいまいな理解なら、無理やり作り上げた訳だな、とわかる。
どこを理解できていないのかもわかる。

もちろん、4択で、本文の内容に一致しているものを選べ、といった問題でも理解度は計れますが、どのくらい理解しているのか、判別は難しいでしょう。

英文和訳は英文解釈であり、精読です。

文法、構文、単語をしっかり吟味しなくてはならない。

当然、英文を「ひっくり返し」ながら考え、また、日本語を媒体として英文の意味を考えることになる。

これが、「直読直解・英語は英語のままで」派の方々の気に入らないところなのでしょう。

しかし。

直読、つまり英文を左から右へ読み進め、振り返らないことを主張される方は、日本語の本でもそうしているのでしょうか?

ミステリーなどの娯楽小説ならともかく、哲学書など難しい本で「振り返らずに」読む人はいないでしょう。
受験生にとって、(英米人には)簡単な英文でも、まるで哲学書のように意味がわからないことはよくある。

わからなかったら、何度でも戻ればいい。

また、「英語は英語のままで」と主張される方は、「This is a pen.」のような簡単な英文でも、最初に出会ったときは、日本語を媒体として理解していたことを忘れているのだと思う。

極まると、こういう主張をされる方もいます。

生徒が大量の英文を読んだ上で、英語でプレゼンテーションする。生徒の間で役割を決め、英語でインタビューし、英文を書く。書いた英文を互いに英語で批評し合って書き直す。

参照:拙記事 高校の授業、「英語でプレゼンテーション?」

日本語を媒体として英語を学習しても、学習が進むにつれ(無意識の底にはあるかもしれないが)日本語の助けを必要とせず、英語を読めるようになると思います。

伝統的な英語学習を経て、ペーパーバックを趣味で読んでいるような人は多いでしょう。

「英文和訳ばかりしていると、日本語に訳さずには読めなくなる」

というのは、神話だと思います。

英文和訳のマイナス面

自分は高校時代から「参考書主義」。
英語の授業はぼんやりと聞いていたか、聞いていなかったかのも忘れたほど。

順番に当てて訳させる授業はヤメたほうがいいと思う。

自分が「和訳」する順番を推測し、そこだけ急いで調べる生徒もいるでしょう(自分はそうでした)。
自分の番が過ぎれば、あとは自由時間。

高校でも大学でも、1ページを1時間もかけずに訳読する授業は百害はないとしても、薄っぺらな授業になってしまうこともあるはず。

訳読するなら、1ページに数時間かけるべき。
かけた時間に比例して、実のある授業になる。

英語を大量に読ませるのも必要でしょうが、それなら副読本でも配って読ませればいい。

高校の授業の訳読は精読と多読の中間という、中途半端なものになっているのが現状だと思います。

英文和訳プラス

自分は英語を教える機会があるのですが、和訳させたあと、どういうことが書かれているのか、必ず説明させるようにしています。

英語が得意な子は、日本語として筋の通った訳文を書きますが、詳しく質問してみると、本当はよくわかっていない場合がある。

数年前、たまには英文読解でもやってみるか、と伊藤和夫(著)『テーマ別英文読解教室』の最初の問題を課題に出しました。

訳文を読んでみると、なんだか、わかっているような、わかっていないような感じ。

それを元に、記事を書いてみました。
参考:拙記事 「英文を読めること」と、「説明できること」、の違い

教えた子の和訳を載せるのは気が引けたので、伊藤和夫の訳文を使いました。

伊藤和夫より英語力も日本語の知識も当然自分にはないですが、読んでいて「岩波文庫の哲学書の翻訳みたいな訳だなぁ」と思ったので。
まあ、伊藤和夫の和訳はたまにおかしい、という記事を書いたこともありますが・・・。拙記事 『英文解釈教室』のスゴさに気づいた!

じっくりと、英文和訳

夏休みの終わりに、教えている子たちと「英文和訳」でもやってみようと思い、最近復刊された高橋善昭(著)『英文和訳講座』で夜な夜な勉強しています。

まだ数問ですが、感心することしきり。

The origins of our superstitions are lost in time, and those beliefs which have suvived are often relics of ancient cultures and long vanished ways of life.
― P.57

とても解説が詳しいが、その質がいい。

beliefs は前出の superstitions を受けて superstitious beliefs の意であるから、「迷信」と訳してよい。

英語は同じ単語の繰り返しを嫌う。
そういうことも学べる受験参考書はあまりない。

社会人の英語の勉強、とくに読むことに関しては、洋書や英字新聞を読むことが中心でしょう。

でも、たまに「英文和訳」をしてみると面白い。
今は教えるために使う素材(英文)を探すため勉強していますが、終わっても、これからは週に一回、英文和訳をしてみようと思いました。

単語の吟味、文法的解釈、どうすれば「いい日本語になるか」、ほんと、英文和訳はボケた頭を活性化させるのによい、と実感。

コメント

from 英語学習者

英文の読解法についてはわかりました。のリスニング スピーキング ライティングの学習方法はどのようにしたらよろしいのでしょうか。ご教示いただけるとありがたいのですが。

from まさんた

英語学習さん、こんにちは。

リスニング・スピーキング・ライティングについては、僕は書く資格がありません。
仕事上、英語を話したり書いたりしなければならない状況になって、なんとなく覚えたので。
言ってみれば、付け焼刃なのです。
(もちろん、「英語を読む」ことについても、まだまだ未熟ですが)

今は英語を使う必要はなくなったので、すっかり「話せず・聞こえず・書けず」になってしまいました。

リスニング・スピーキング・ライティングに関する有益なサイトはたくさんあるでしょうから、そちらを参考にされてはいかがでしょうか。

from Junpei

事情あって日本の大学に入りなおそうとしている娘は、
今日全国模試というものを初めて受けてきたようです。
英語も受けたそうですが、和訳が一番難しかったと言ってましたよ。
これは娘の国語力の無さから来ているのでしょうね。
一応模範解答をさっき親子で目を通していたのですが(スカイプで)、やっぱり前後関係よく読んで書いていない部分も書かなければならないみたいですね。英文自体は特に難しくありませんが...
娘は英文の細かい「おかしさ」がめちゃくちゃ気になったみたいです。
複数形の使い方とか、前置詞などがしっくりこないようです。

和訳に関しては、私も苦手ですが時間をかけたらきれいな日本語で書けるかな?咄嗟には出てきません。

今日の茂木さんのTwitter 英語のこといっぱい書いていましたよ。
言いたいことはわかるけど、英語の要らない国で英語の海で泳ぐってどうすればいいのだろうか?質問したら答えてくれるのかしら?

from まさんた

Junpei さん、こんにちは。

最近の模試や入試問題の英文は、数名のネイティヴがチェックしている、と聞きました。
変な英文を試験に出すと、叩かれますから。

ただ、冠詞や複数などはネイティヴでも意見が割れることもあるかもしれませんね。

和訳問題は慣れが必要かも。
同じ英文でも訳し方は無数にあるので、こっちがいい、あっちがいい、と悩んじゃいますから。

茂木さんの Twittter、見ました。

>英語(15)英語を習得するには、とにかく、大量に読み、書き、聴き、話すしかない。文法ドリルも、和文英訳も、英文和訳も必要ない。英語の海に自分を投げ込み、必死になって泳ぐしかない。そのような機会を、日本の学校英語教育は提供した来なかった。

泳げないなら海に飛び込んで必死に泳げ!という意味ですかね?

近くに海がある人なら、自然と泳ぎを覚えるかもしれませんけど。

圧倒的多数の日本人には、近くに「英語の海」がない。

質問しても、「いいから英語の海で泳ぎなさい」と返ってくる気がしますが。

日本の伝統的な英語教育に対して「怨念」に近いものを持っている人ですからね。

もし茂木さんが香港在住となったら、いきなり広東語を「大量に読み、書き、聴き、話す」のでしょうか?


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