高梨健吉さんに思う

高梨健吉さんが亡くなられたのを知ったのは数日前、何か英語の参考書でも買おうかな、と Amazon を見ていたときでした。

高梨健吉という名前を初めて聞いたのは、高校一年のとき。
英語の担当だった先生が最初の授業で『新英語の構文150』を、毛沢東語録よろしく、生徒全員にくばり、必ず読みなさい、と。

強制的だなぁ・・・と思いましたが、ページを開いてみると、数日前まで高校受験を目標としていたことをすっかり忘れさせらることに。

『新英語の構文150』の分厚さ、そして文字ビッシリさに圧倒され、軽くめまいが・・・。

高梨『新英語の構文150』と、二代目『英語の構文150』

正直いうと、『新英語の構文150』は使いませんでした。

当時、周りを見ると真面目にこの参考書を使っていたのは、文字通り、真面目な人だけでした(その先生は、教科書と同じくらい、この参考書の英文を試験に出した。よって、自分の成績は、お察しの通り)。

その先生は、よっぽどこの参考書に惚れこんでいたのでしょう。
今なら、その先生と語り合いたい気分。
ただ、ぶっちゃけ、その先生の顔、名前、授業風景など、何一つ覚えていないのだが・・・。

時が経ち、この参考書を読んだのは、大学受験が終わって数年後。

読んだ理由は、このブログでもたまに引用させてもらっている『文明開化の英語』など、高梨さんの一般向けの著書を読んで、「この人の参考書、確かあったな、読んでみるか」と思ったから。
※ ちなみに『文明開化の英語』、Amazon で1円で売られています。

読んでみると、多少、150という数字に縛られた感もありましたけど、重要項目の配分・整理の仕方など、まさに職人芸。

今では、「重要な150の構文」と聞いたら、「多すぎ」と思う生徒がいるかもしれない。

本屋で、隣に『英語の構文30』と印刷された本があったら、そっちに手が伸びる生徒も多いかも。

それはともかく。

先日、Amazon で高梨さんの本を何か買うかな、と思って見ていたら、『英語の構文150』という参考書が目にとまる。

あっ、高梨さんの本と同じ名前だ。著者の名前や表紙が違うので、改訂されたのかな?と思い、"New"『英語の構文150』のページをのぞく。

どうやら、書名は同じでも、「改訂」でもなく、「後継」でもないようす。

普段は、Amazon のレビュー欄は見ないことにしている。
読むと、欲しくなっちゃうから。

二代目『英語の構文150』は(評価を見ると良い参考書のようだが、失礼ながら)買うつもりはなかったので、レビューを読んでいると・・・

前著者が亡くなられたからといって

の文字が!!

さっそく Wikipedia で調べたら、今年の三月に高梨さんは他界されたとのこと。

驚きましたが、九十という年齢、過去の偉大な業績などを考えると、大往生かも。

お会いしたことも、高梨さんは自分の存在などつゆ知らねども、多大な影響を受けた一人として、ご冥福をお祈り致します。

読む人にわかるように書く・・・難しいことですけど

英語学者、英文学者で一般の人向けに、エッセイのような本を書く方は多い。
個人的に好きなのは、福原麟太郎・中野好夫・高梨健吉・外山滋比古さんなど。

みなさん、英語は当然のことながら、日本文学や漢学に対する造詣の深さがにじみ出ているだけでなく、文章が(良い意味で)軽い。

読んでいて、肩肘がこわばることがない。

「文は人なり」という半信半疑なことわざもありますが、やはり性格ですかね。

高梨さんの人柄を、江利川さんのブログから引用させてもらいます。

僕が初めてお目にかかったのは、1990年の10月に日本英語教育史学会月例会(拓殖大学)だった。
まだ大学院生兼予備校講師だった僕は、雲の上の存在だった高梨先生に意を決して話しかけた。
「先生が書かれた『英語の構文150』を愛用しています。」
(しまった、英語教育史の話をすればよかったのに、手遅れ・・・)
高梨先生は、「それはどうも。何か間違いがあったら教えてください。」
謙虚な先生だなと思った。

その後も、院生だった僕に資料や文献を郵送してくださった。
僕の拙い論文には、いつも達意の筆でお褒めや励ましの葉書をくださった。

そんな優しい人柄が、先生の参考書にはにじみ出ている。
「読む人の顔を思い浮かべて、どうしたら良くわかってくれるか考えながら書くんですよ」と先生はおっしゃった。
懐かしの英語参考書(4)高梨健吉『英語の構文150』他

学界の重鎮が、

それはどうも。何か間違いがあったら教えてください。」

そして、

「読む人の顔を思い浮かべて、どうしたら良くわかってくれるか考えながら書くんですよ」と先生はおっしゃった。

学者であると同時に、というか、それ以前に、「教育者」だったのだと感じる言葉です。

英語教育に携わっているわけでもない、いち不真面目な英語学習者である自分は、高梨さんの本を読んで「日本人と英語の歴史」に少し興味を持ちました。

「日本もグローバル・スタンダードにウンヌン」と叫ばれ続けていますが、グローバル化(欧米化)の問題は、明治の昔のほうが何倍も切実で、切迫していました。
英語を初めとする欧米の言語を学ぶことは、日本が生き残れるか?の問題に直結していた。

英学という言葉は明治文化を背景にもつ言葉である。
いまなら英語の先生というところを、明治時代には英学の教師といった。
しかし、その内容はちがうようである。
英学は英語の学習であると同時に英米の学問であった。
― 『文明開化の英語』の冒頭

日本の近代化において英学が果たした役割は大きい。
どのように英語の学習が行われたか、欧米の文明を吸収するために日本人はいかに努力したか、アングロサクソン文化は日本人にいかなる影響を与えたか、これらは興味ある問題である。
― 『同書』あとがき

コメント

from けんいち

こんにちは、私も最近英語の構文150(高梨版)を再度、復習しています。
この本の好きなところは、英文の内容です。

一つ一つの英文は、古い内容のものもあり、
読み進めていくうちに、だんだんと昔の記憶を思い出して
きます。

600題近くの英文なので、全てをこなすのは、時間がかかりそうですが、やってみます。
高梨構文150をマスターして、この参考書の真価を再確認したいと、思います。

※コメントは管理者の承認後に表示されます。

※必須 (お名前がないと、スパム判定するようになっております)
(※通常、不要です)

この記事に言及する

trackbackURL:

この記事に言及してくださる方は、下のタグにて。
タイトル文字は、ご自由に変えてください。

カテゴリー " 英語 " の最新記事

▲ページトップへ戻る