英語の参考書、その盛衰

復刊された、山崎貞『新々英文解釈研究』を半年かけて読み終えました。
拙記事 - 山崎貞『新々英文解釈研究』

同時に、伊藤和夫『英文解釈教室』を何度か通読。
拙記事 - 『英文解釈教室』のスゴさに気づいた!

それは、伊藤和夫の、次の言葉が頭にあったから。

山崎貞という人がいた。この人が大正元年に出した英文解釈の本が、もちろんその間に手を加えているんだが、以来、半世紀以上にわたってまだ図書館じゃない、本屋にあるんだよ。

僕は最初アルバイトと思って始めた予備校教師の仕事だったが、どこかで本気でやることになってからは、せっかくやるなら、やっぱり山崎貞を駆逐するくらいのことはやりたい。そうでなければ自分がこの分野に足を踏み入れた意味はないと思ったのは事実だね。

昭和52年に『英文解釈教室』(研究社)を出して、これが山崎貞を駆逐した。そして、英文解釈の参考書は、一部に難しすぎるという声はあるんだけど、大体、ネコもシャクシも『英文解釈教室』ということで、この20年きてるんだ。
引用元

英語という言語=ロゴスの全体?

伊藤和夫の『英文解釈教室』の影響で、山崎貞が駆逐されたかどうかは、微妙なところ。
たぶん、時代の趨勢でしょう。

1970年代・80年代の大学受験については全く知りませんが、問題文は20世紀に入ってからのものだったでしょう。
山崎貞は(初版が1912年だから当然ですが)19世紀のものが多いし。

なぜ伊藤和夫は山崎貞を駆逐しようと思ったのか。

弟子の入不二基義さんの弁。
※以前はサイトがありましたが、見つからないので引用元のURLは書けません。
コピペしておいたのを、コピペします。

序 知性と暗闇

とある通り、やけに哲学チックな文章です。
まあ、入不二さんは哲学の人ですから・・・。

『英文解釈教室』、そして、それに先行する『新英文解釈体系』(有隣堂)においても、当然のことながら、伊藤先生には「仮想敵」があった。さらにまた、その「仮想敵」との闘いを通して、先生は、もう一つ別のレベルの闘いも闘っていたのである。

まず、「仮想敵」とは、次の者たちである。

1. 分析や方法についての自覚を持たない者

2. 論理や体系性についての自覚を持たない者

1.の「仮想敵」とは、時制・不定詞・関係詞などを項目とする従来の「学校文法」によりかかるだけで、それらの項目と英文を実際に読むこととの間に空いた「懸隔」をどのように埋めるのかについて、独自の分析と方法を持たない者たちである。おそらく、当時の英語教師たちや「学校文法」をただ精密にしただけの参考書などを念頭においていたはずである。

多くの教師や参考書は、自分がかつて習ったように教え、あるいは一般に認められた仕方で教えるだけで、それを「根本的な懐疑」にさらすことがない。そして、その「懐疑」をへた上で、英文を読むときに「どのように自分の頭が動いているのか」を自力で意識化し、提示しようとする教師や参考書は、「伊藤以前」には存在しなかったようである。『英文解釈教室』のことばを借りれば、「だれでも歩くことはできるが、歩くときの筋肉の動きを説明できる人は少ない」のである。『英文解釈教室』は、そういう「伊藤以前」の教師や参考書を「仮想敵」として、英文を読むときの無意識的な思考回路を意識化することを目指した。

2.の「仮想敵」とは、「熟語 - 公式派」と呼んでもよい。それは、no more ... than ..., hardly ... before... などの、日本人にとっては読みにくい・訳しにくい特殊表現を集めて、それに「公式」的な日本語訳を与えた参考書群のことである。この方向の参考書は、英文を読むための「論理」が、「訳す」というレベルとは異なることに気づいていない。つまり、「熟語 - 公式派」は、「英語→事柄(→日本語)」という順序であるべき手順を、「英語→日本語(→事柄)」に転倒してしまっている。「熟語 - 公式派」はまた、英語という言語=ロゴスの全体がどのような仕組みを持っているかに無自覚であり、ことばをシステムとして教えるという発想をまったく欠いていた。

だそーです。

山崎貞は、もろ「公式」派。
なんせ、『新々英文解釈研究』の前身の題名は、『公式応用 英文解釈研究』ですから。

でもどうかなぁ。

山崎貞も「はい、これは公式だから覚えてね」というんじゃなく、解説はかなりしっかりしている印象を受けた。

もちろん、英語の初学者が手を出したら悶絶して、憤死するでしょうが・・・。

今は「実況中継」シリーズですかね。
自分も『山口英文法講義の実況中継』にお世話になりました。

『英文解釈教室』も売れているようですが、今は『ビジュアル英文解釈』のほうでしょう、受験生が使うのは。

再び、入不二さんの言葉。

さて、『英文解釈教室』の仮想敵は、当時の凡庸な参考書や教師たちであったと書いたが、それでは、『ビジュアル英文解釈』の仮想敵とは誰だったのだろうか。もちろん、一つの答えは、『英文解釈教室』の筆者、すなわち伊藤和夫自身である。

このことについては、略。

教室で教えることから離れ、「一人」へと戻った最晩年の伊藤先生は、もう一度『英文解釈教室』を愛しなおし始めていた。

伊藤和夫は最後まで『英文解釈教室』の改訂を続けていたという。

病室のベッドの上で最後まで執筆し続けた姿には、誰もが驚き、そして敬意を表した。

長命の秘訣

受験参考書は、次々に現れ、消えていきます。

『新々英文解釈研究』にせよ、『英文解釈教室』にせよ、文句をいわれながらも、長い命を保ったのは、何かがあるからでしょう。

それはたぶん・・・なんでしょ?

『新々英文解釈研究』という、難物を半年かけ読み、『英文解釈教室』を何度か通読し、なんだか、疲れた。

パワプロやろっと。

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