2009年9月23日
山崎貞『新々英文解釈研究』
Thou shalt want ere I shall.
1031問ある練習問題の、791問目。
現在 流通している(使われている、ではない)受験参考書に thou や shalt が出てくることは、ないだろう。
練習問題の出典をみると、Dickens、Mark Twain、Conan Doyle、そして、Shakespeare の名前まである。
『ハリー・ホッター』などのファンダジーや、『ダ・メダヨ・コンナノ』、もとい、『ダ・ヴィンチ・コード』などのミステリーを原書で読みたくて、英語を勉強するようになった、という人も多いでしょう。
それは、とってもいいことだと思います。
ただ、英文学は何も「ファンタジー」や「ミステリー」だけではあるまい。
明治英学の、ひとつの集大成
『新々英文解釈研究』が発売されたのは、大正十四年(1925年)
その前身、『公式応用 英文解釈研究』は大正元年(1912年)。
1970年までは使われていたとして、現役生活60年。
参考書として還暦(数え年で六十歳)を迎えたのは、この参考書ぐらいでしょう、日本では。
そして、最近復刊され、卒寿(九十歳)をとうに越えました。
追記。
※ 懐かしの英語参考書(23)山崎貞『新々英文解釈研究』の進化(2)- 希望の英語教育へ(江利川研究室ブログ)によりますと、1975年に最後の改訂版(第九訂版)が出されたとのことです。
ということは、1970年代は、シェアはともあれ、使われていたことになります。最後の増刷は1994年だそうです。
大正元年とは文字通り、日本で本格的な英語研究が始まった年です。
大正元年に出版された市河三喜の『英文法研究』は、かつて『英語青年』に連載されたものであった。この本によって明治の英学は終わりを告げ、新しい英語学研究の時代に入ることになる。
―高梨健吉「文明開化の英語」
市河三喜の『英文法研究』については、そのうち書くかも知れません(自分は昭和23年発行のものを所有)。
それはともかく。
山崎貞『新々英文解釈研究』の構成は、
まず、例文。
その和訳。
解説があり、類例、注意点。
そして、数問の練習問題。
今の参考書と構成はだいたい同じですね。
明治の英学が完成をみるのと時を同じくして、「英語の参考書」が一つの完成形をみたのでしょう。
構文の説明は明快そのもの。
It was very cold last evening―so much so that I could not stir out of doors.
【訳】ゆうべはたいへん寒かった―戸外へ出られないほどだった。
の so much so の解説。
同一の形容詞、副詞等の反復を避けるために so を用いることがある。上の例では、・・・so cold that I could not・・・というところを、cold の反復を避けて so とすれば so so that となって口調が悪いから much を加えて so much so that とするのである。
今の参考書では出しえない味
最後の改訂版が1961年ということは、1970年ぐらいまでは書店に並んでいたんですかね。
でも・・・。
70年代、80年代の受験英語がどのようなものだったかはわかりませんが、さすがに「Thou shalt want ere I shall.」はナイでしょうね。
corporal (伍長)なども出てきますが、戦中に軍国少年だった人ならともかく、1970年代に受験を控えた人が「伍長」とはどんな階級か?など知らないでしょう。
そんなもの、べ平連の幹部たち(※ ベトナム戦争に反対した、日本の有閑階級の人たち)も知らないはず。
それはともかく。
『新々英文解釈研究』の英文は古い表現が満載なわけではありません。
多少、古めかしい英文半分。現代英語と変わらない英文半分、って感じ。
そんなことより。
読んでいて、これがまた面白い。
Marxist の発音は [ma:ksist] だから注意。
―P297
当時は「マルキスト」という言葉が「日常の言葉」だったのでしょうね。
さらに。
本の最後に編集部からの「おことわり」を一部引用。
今日の人権擁護の見地に照らしては不当、不適切と思われる語句や表現が用いられている箇所も見受けられますが、発売当時の時代背景を鑑み、編集部の責任において、そのままのかたちで復刻しました。これらの点をご賢察いただけましたら幸いです。
ありがとう編集部。「そのままのかたちで復刊」してくれて。
練習問題の訳文。
犀(さい)は非常に猛烈凶暴で、土人はししをおそれる以上にこれをおそれるほどである。
-練習問題472の訳文
訳文中の漢字二文字の言葉、今では、はばかられますね。
[女というものは] ほんとうにかわいらしい者どもだ、彼らはお世辞は大嫌いだとみずから称している。それでももし諸君が「ねえ、あなた、あなたの場合についてはお世辞ではありません。明白なまじめな事実です、ほんとうに掛け値のないところ、この世に足跡を印した人間の中であなたぐらいお美しい、親切な、かわいらしい、神様のような完全な人間はありましません」とでもいってごらんなさい、彼ら(女ども)はいかにもごもっともですというようなもの静かな笑い方をして、君の男らしい肩によりかかって、やっぱりあなたはいいお方ですわと、口の内につぶやくでしょう。
―練習問題333の訳文
※ 「彼女」ではなく「彼ら」となっているのは、原文のママ
女性でこれを読んで、笑うひと9割、怒髪天を衝くひと、1割?
でも、その1割の人に「いや、あなたは別です。聡明で・・・」というと・・・
怒られそうなのでヤメた。
古典を読むには最適
日本とアメリカが戦争していた頃の、ドナルド・キーンさんの話。
私を含めた少数の通訳は日本語を勉強すればするほど興味が高まり、敵国である日本に対してますます愛情を感じるようになっていた。ハワイにいたあいだ、毎週の一日の休暇を『源氏物語』の勉強にささげた。
―中公新書『私の外国語』
レベルが違いすぎる人の話は、拝聴するだけ十分。
マネするのは、かえって危険。
それでも。
『新々英文解釈研究』、古典を読みたい、という人にはいい参考書だと思います。
自分はその昔、「政治や金」の英語を主に読んでいた(読まされていた)ので、「趣味」として古典を読んでいました。
主に19世紀のものを。
だからそんな違和感を持たずに『新々英文解釈研究』を読めました。
暇なとき、少しずつ読んできたので、半年かかりましたが。
しかも、机に向かって、ではなく、寝転がって。
練習問題を読んで、わからなかったら解答(訳文)を見る、というふうに。
それでもかなり勉強になった。
これ一冊仕上げれば、18世紀後半から20世紀初頭の、いわゆる「古典」を読むのが楽になると思います。
もちろん、現代の英文を読む際にも役に立つ。
特に書き言葉は100年や200年経ったぐらいではそんなに変わらないですからね。
そんなことより。
これほど「味のある英文」を収録した参考書は他にないでしょう。
「私はアテネあるいはギリシアの市民ではなく、世界の市民だ」。これは古代ギリシアの哲学者で、おそらくはかつて生をうけた最大の賢者であるソクラテスの言葉である。
―練習問題334の訳文
胴体も頭同様おそろしく切りきざまれていた―胴体はほとんど人間の形をとどめぬまでに切りきざまれていた。
―練習問題474の訳文。※ Edgar Allan Poe の英文
哲学から猟奇犯罪まで。
当たり前ですが、『新々英文解釈研究』は(今では)受験生が使う参考書ではありません。
アンチ「楽々英語」の参考書マニア向け?ですかね。



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