2009年9月12日 Posted by まさんた
『英文解釈教室』のスゴさに気づいた!
伊藤和夫(著)『英文解釈教室』ほど賛否両論分かれる参考書はないだろう。
伊藤を崇拝する人の中には、「伊藤師」なる尊称?を使う者もいる。
まるで宗教のようだ。
自分は実際の伊藤和夫は知らない。
ただ、その参考書から察するだけである。
そもそも、「人物としての伊藤和夫」にはあまり興味はない。
だが、先週末、何気に『英文解釈教室』を読み返していて、
・・・これはすんごい!
と、やっと気づいた。
「ひとさま」の『英文解釈教室』評
翻訳通信というサイトに、「ひとさまの誤訳」というコラム?があった。
文字通り、参考書の誤訳指摘。
そのコラムは、今は削除されてしまい、なくなってしまったが。
当然?『英文解釈教室』も、やりだまに。
書いた人(翻訳者の柴田耕太郎さん)は、いろいろと、「はばかれること」があったので削除したのでしょうが、自分は何気に「コピペ」しておいたので、柴田さんには申し訳ないですが、このブログにて「コピペ」させていただきます。
柴田さんの『英文解釈教室』評。
とにかく難しいのだ。
まず取り上げてある文章の多くは高級かつ抽象的な英文で、時として破格に慣れさせようとするのか悪文もある。
かつ文法的解説が微に入り細にわたっており、逐一の理解にエネルギーを要する。
それでも英語力の涵養になるから懸命についてゆこうという気にさせるのが、この本の実力である。
読んで目から鱗がおちることもしばしば。
そして、
とはいえ難しさの三つ目の要因は、この著書の欠点と言えるものであって、それは「訳が悪い」ことである。
もちろん、柴田さんは『英文解釈教室』を頭から否定しているのではない。
むしろ、逆。
研究社出版へ
これは最高の英語文法学習書です。ただ皮肉なことですが伊藤先生のよい翻訳への思いをこの本に反映させるには、訳文を修正する必要があります。できれば私に校閲させていただきたい。
伊藤和夫の「訳出」への強いこだわりは、『英文解釈教室』の至るところに表れている。
・・・本書の全体を通じて著者が英文に与えている訳文を通してさとってほしい。
―訳出の工夫7
職業柄、毎日相当な量の「受験生たちの訳文」を読んでいたのであろう。
そりゃあ、「訳文」に対するうっぷんがたまったのは想像にかたくない。
そったくの時
自分は受験の時に『英文解釈教室』は使っていません。
その評判はもちろん知っていたので、本屋で立ち読みしたら、速攻、
俺にはムリ
と悟る。
『英文解釈教室』を買ったのは、ずっとのち、洋書は読んでいるものの、「自分の英文法の土台がグラグラ」なことに気づいた頃。
いわゆる「やり直し英語」でもやってみるか、と。
その時は、『英文解釈教室』の改訂版が出て数年。
まだ『旧版』も本屋に並んでいました。
改訂版は例題の訳文が別冊。
自分には、
「別冊は、必ず行方不明になる」
という、法則がありまして。
迷わず、ふるちゃけた、ハードカバーの旧版を買いました。
さっきも書きましたが。
先週末、やるべきことが多すぎて、もういいや、と、すべて放棄。
『英文解釈教室』を読み返す。
読み終わる頃には、
これは・・・すんごい!
と気づき、さっそく改訂版を購入。
訳文、どうなった?と思い、必至で見比べ。
しかし・・・。
訳文の気になるところ
当たり前ですが、自分には伊藤和夫ほどの英語力も国語力もありません。
しかし、『英文解釈教室』を(二冊も)買ったので、いろいろ言う権利は、多少ある(はず)。
それをブログに書く権利があるか、はビミョーですが。
ひとさまの、「ひとさまの誤訳」から引用。
悲しいかなその伊藤の日本語訳がところどころ不満足なのだ。
とくにまずいのは語感が鈍いこと。
そのため多義語の語義の選択が甘く、日本語のコロケーションがおかしく、ニュアンスや力点がずれることがある。
以下、柴田さんは指摘していないが、自分が「???」と思った訳文をいくつか引用。
たとえば。
You are thinking that I am a rich man, but the truth is that I am only a poor farmer.
【旧訳】私には金があるとお考えのようですが、実は、私は貧乏な百姓なのです。
―P39【新訳】私には金があるとお考えのようですが、実は、私は貧乏な農民にすぎないのです。
―P41
改訂版になっても、例文の訳文はほとんど同じ。
これは、めずらしく訳文を変えている例。
「百姓」という言葉が今では「はばかられる」からか?
ついでに、only の意味を出し、「~にすぎない」を付け足しています。
が、直したはずの「農民」というのがマズい。
「農家」だろ? でもない。
farmer を『ジーニアス英和辞典』で調べる。
農場経営者、農民《社会的地位がかなり高く、労働者(farm laborer)を雇う;自ら労働することはまれ》
「Longman」でも調べる。
farmer someone who owns or manages a farm
もちろん、「農民、農業の従事者」という意味もある。
だが、「私には金があるとお考えのようですが」を考えると、「農場経営者」の方がいいでしょう。
余談ですが。
経済史、歴史、文学(特に、ロシア文学)問わず、「農場経営者 VS 労働者」を扱ったものは多い。
ロシア革命など、その典型(で、動物牧場に至り、最後は経営破たん)。
外山滋比古(著)『英語辞書の使い方』によると、ノーベル文学賞を受賞したウィリアム・フォークナー(William Faulkner)が1950年に来日した際、「I'm a farmer.」と言ったので、「ノーベル賞作家は農民」と新聞で騒がれたようです。フォークナーは実際は大規模な農場経営者でした。
話戻って。
伊藤訳では、
farmer(農場経営者) であるが、poor である
という妙が感じられない。
また、
You think that ・・・
ではなく、
You are thinking that ・・・
となっていることに注意。
基本、進行形をとらない動詞が進行形な場合、何かあり。
次の英文とその訳文が参考になるでしょう。
"I'm disappointed," she said ruefully. "I was hoping that you had more ambition than that.
(Sheldon, The Other Side of Midnight)「がっかりしちゃった」と彼女は残念そうに言った。「あなたにもっと野心があればいいなあ、と思ってたのよ」
―安藤貞雄『現代英文法講義』P123-124
訳すのは難しい。一応、自分の試訳を。
★「どうやら私を金持ちだと勘違いしているようですが、農場を経営はしていても、お金なんてありません。」
次。
訳文だけ引用します。
あなたの与えてくださる喜びはとても大きいから、何回来てくださっても結構です。
―P53
直訳すぎ。
せめて、ほんの少しだけでも意訳してほしい。
★「あなたがいると、とても楽しいので、ぜひ何度でも来てください」
次の例文。
日本語には、こういうコロケーションはない、な例。
少年の日々に見たり聞いたり学んだりしたことは、私に永続的な印象を与えた。
―P58 ※永続的な印象 lasting impressions
訳出の工夫が必要かと。
★「ずっと印象に残った / なかなか忘れない / 今でも覚えている」など。
次。
微妙ですが。
知識を得るために読むものと、人格形成のために読むものとを区別しなければならない。
―P59 ※ 知識 infomation
「知識を得る」ことは、悪いことなの?
★「人格形成」と対立するものとしては、「知識」より、「情報」のほうが良いのでは?
次。
誤解の余地がないように訳すべし、な例。
Rarely does a man love with his soul, as a woman does.
女性のように全霊をこめて愛することは、男性にはめったにない。
―P79
意味があいまい。
この文は、「女性には多いが、男性はめったにいない」という対比の文。
★「女性とはちがい、」
この as は、「対比の as」。「~と違って」という意味。
※ 参照:節記事-「学校で教えてくれない英文法」薬袋善郎(著)
さて次。
ものの美しさを認めることができる人―我々はその人を詩人と呼ぶ。
―P103 ※ 認める discern
ちょっと哲学チックな訳。
基本、高校生向けの本としてはどうでしょう?
★「ものの美しさを感じ取ることができる」
discern の定義は、「recognize or find out」(COD)。
さて次。
原文もいっしょに。
He found a little clock that he had once heard his mother say she liked.
むかし、母が好きだと言うのを聞いたことがある小さな時計を彼は見つけた。
―P171
little について。『ジーニアス英和辞典』の注意書き。
◆small が客観的に小さいことをいうのに対し、(※ little は)しばしば小さくてかわいいという愛情・同情・時に嫌悪・軽蔑の気持ちを含む
というわけですが、まあ、little は「小さい」にしておきます。
もう一度、訳文。
むかし、母が好きだと言うのを聞いたことがある小さな時計を彼は見つけた。
この関係代名詞は、訳し下げのほうがいい。
「むかし、」も文頭に置くと、「見つけた」にかかるように読めてしまう。
「好きだ」も多少・・・。
★「彼は小さな時計を見つけた。それは昔、母から「気に入っているの」と聞いたことがある時計だった。」
次は、中学で習う単語。
私の家族はたっぷり100年以上、弁護士を職業にしてきた。
―P217 ※ 家族 family
わかることは、わかるけれども。
★「私の家系は」
もしくは、「私の家は代々」
↓こんな訳もありですね。
His family built the town over three hundred years ago.
彼の一族がこの町を建設したのは3百年以上も前になる。
―「ヴィスタ英和辞典」
英語構文の、見本市、博覧会
パラパラをページをめくっただけでも、「おや?」という訳文に出会う。
と、ここまで書いて。
すっかり忘れていましたが、伊藤和夫の「和訳」には昔から不満に思っていたようです。
ブログを始めて、最初の頃に書いた記事にもその思いが。
参照:拙記事-「英文を読めること」と、「説明できること」、の違い。
しかし。
それでも『英文解釈教室』は、スゴイのだ。
最高峰の参考書として『英文解釈教室 改訂版』(研究社出版、伊藤和夫著)があります。この本は英語の考えられるしくみを網羅した参考書なのですが、例文が難解なことと分量が多いこと、そのわりに解説があっさりしすぎていて、かなりの力がないとつらいと思います。ただし、読めれば『タイム』の英文であろうと構造がまるでわからないなんてことはなくなるでしょう。
―薬袋善郎「TIME を読むための10のステップ」
伊藤自身、こう語っている。
「解釈教室」には、英語構文の「見本市」というか、「博覧会」のような所がある。
―「伊藤和夫の英語学習法」
no more・・・than と not more・・・than が混同された、非文まで取りあげていたり(P254)。
わかり・・・かけ
改訂の結果、この書物は全体の構成、採録された例題・例文・内容とその配列の点は「初版」と変わりませんが、「例題」に対する説明は、桁ちがいに詳細かつ具体的になりました。
―「改訂版へのはしがき」
「例題」の解説が詳しくなった、ということ以外、「初版」とほぼ同じ。
「改訂版」を出すにあたり、伊藤和夫さんは、死の直前まで、この本の校正をしていたという。
それでも全体の構成を変えなかったというのは、この本は「自己完結」していると思ったのでしょうか。
受験参考書としての良し悪しは自分のあずかり知らぬところ。
使うにしても、使い方は人それぞれ。
使わないなら、それも良策。
そんなことより。
『英文解釈教室』のスゴさは、『一冊の本』として面白いところにある。
英文が難解だとか、訳文がたまに悪いのがあるとか、それらを全部ひっくるめて。
そういうの、参考書では、あまりないことでしょう。
そのことに、やっと気づいた。
でもまだ「わかった」とまでは至らず。
わかったら、続きを書きます。



コメント
from おおしろ
こんにちは。見てみると翻訳通信は復活?しているようですね。
http://homepage3.nifty.com/hon-yaku/tsushin/bn/200408.pdf
そちらに「アルジャーノンに花束を」の訳文の話題もあって楽しませて貰いました。
2010年5月 4日 16:17
from まさんた
おおしろさん、初めまして。
ほんとだ。翻訳通信(の ひとさまの誤訳など)、復活してますね。
このエントリは、翻訳通信では指摘していない、ちょっと変な訳文をとりあげました。
翻訳通信では、このエントリとは違う英文の「おかしな訳文」を深く分析?しているので、『英文解釈教室』を読んでいる方々には ぜひ読んでもらいたいですね。
他にも役に立つことがたくさん書かれていますし。
2010年5月 4日 21:17
from みのり
ちらっと目に入りましたので(笑)
何かといいますと「師」のことです。
この「師」、他の予備校では「先生」と表現されているところを、
駿台予備校では「師」となっていた(なっている?)ようです。
なので駿台にいた講師はみな「師」となり、
英語の宮崎尊先生も宮崎尊師となります(笑)
かなりあぶない感じですよね(爆)
2010年5月29日 16:06
from まさんた
みのりさん、こんにちは。
グル、もとい、尊師、ラジオの文化放送で「とんかつ人生相談」という番組でパーソナリティーをしていた(いる?)ようですね。
※『宮崎英文解釈講義の実況中継』より。
尊師の『メキメキ力がつく受験英語の集中講義』、Amazon で 6,800円の値段が。
良書と思い買ったと思いますが、山口俊治(著)『英文法講義の実況中継』は良い本だ、と書いてあったことしか記憶にあらず。
たぶん、我が家の地下48階にあると思うが…
地下68階だっけ…
余談ですが、グル、じゃなく尊師、絵が上手ですね。
実際の授業でも絵を駆使しているんでしょうか?
ところで駿台。
「三歩下がって師の影踏まず」、じゃない世界なのか、じゃなくない世界なのか…
2010年5月29日 21:25