culture と civilization について

culture を「文化」、civilization を「文明」と訳します。

似て非なるもの、ですが、違いはなに?

そもそも、「文化」ってよくわからない。

あいまい、もこ。

昔は、「文化包丁」なる呼び名まであったようですが。

そこで、culture と civilization という単語について考えてみました。
まずは、語源から。

「また語源か!」とお思いになられる方もいるかもしれませんが、また語源です。

culture について

英語語源辞典によると、culture の語源は、「耕作」。
同じ語源を持つ単語に、cultivate がありますね。
「耕す」という意味の。

精神的なものを「耕す」から、culture に「教養」という意味が生まれました。
時代はとても新しく、1805年に、詩人・ワーズワースが使って以来のようです。

もっとも、16世紀初頭になる頃には、「(心身の)訓練」という、「教養」に近い意味で使われていたようですが。
OED によると、その意味での文献初出はトーマス・モア。

to the culture and profit of theyr myndes

※theyr = their
※myndes = minds

文化、という意味はもっと新しく、文献に初出は、1867年。

まさに、日本が「文明開化」し始めた頃。
正確にいうと、文明開化するか、すまいか、大混乱していた頃。

さて。

奥井潔(著)『奥井の英文読解』の、「あとがきに代えて」より。

culture の訳語としては、教養はともかく、文化とは関心しない訳語であると思います。

そして、日本語の「文化」の語源について書かれています。
明開、もしくは、「以文化民(文を以て民を化す)からではないか、と。

文化という言葉は、culture の訳語としては、不適切な誤訳です。culture という原語の意味をほとんど反映していないからです。

そのあと、長い話が続きますが、省略。

大地を耕す、そして作物や果実や花を大切に守り育てて、その植物が本来的に持っている可能性を実現させる・・・
そして、その植物が遂に咲かせた花、遂に結ばせた実りが、即ちカルチャアの本来の意味なのです。

普段は「歴史」なんて実感しませんが、ちょっとした小道、舗装されていない、雑草だらけの道なんかを通ると、たまに思います。

誰がこの道作ったんだろ?誰ともなく、かな・・・

父親に、「あの道、いつからある?」と聞くと、「さあ、俺が子どもの時にはあった。昔はもっと草だらけで、小さな道だったけど」

ちょっとした歴史・伝統ですね。

「言葉」も、「習慣」も同じ。
一夜にして、「culture」は生まれません。

Culture is not shaped in a day.

ってところか。

そこで、Longman の culture の定義。

the beliefs, way of life, art, and customs that are shared and accepted by people in a particular society

be shared and accepted というのが、みそ。

なんとなく、感じるんですね。
culture には、「オラが村の・・・」という響きが。

「オラが国」でも、何でもいいんですけど。

「文化」という訳語は、次の英文では、使いにくい。

Every government department has its own particular culture.
―「Longman」

「各省庁にはそれぞれ特有の文化がある」

意味はわかるが、しっくりこない。

訳して、エライ人。

civilization について

civilization 「文明」の語源は、ラテン語の civis [キーウィス] 「市民」。

古代ローマ帝国では、市民権を持つのは一部の人に限られていました。

ローマ帝国が版図を広げるにつれ、支配下に入った蛮族(とローマ市民が思っていた)はローマの culture を受け入れ、溶け込んでいきます。

そういう過程が、civilize のような気がします。

「感化」といってもいいかもしれません。

実際、civilize の定義はこうなっています。

to influence someone's behaviour, making or teaching them to act in a more sensible or gentle way
―「Longman」

to influence です。

culture と civilization の違い

西洋文明、中国文明とは言いますが、日本文明とは言いませんね。

それは、to influence があるか、ないか、だと思います。

「文化」の違う国に、影響を与え、それを受け入れさせる力、それが文明なのでしょう。

西洋も、中国も、他国にいろいろな意味で影響を与えてきました。
もちろん、日本もその一国。

それはともかく。

be shared なのが、文化。
to influence なのが、文明。

civilization の訳は「文明」でいいとしても。

culture の訳、「文化」じゃなく、やっぱり「オラたちの・・・」ですね。

悠久の歴史を持つ、オラたちの大和 culture!!

コメント

from チョン ハンウク

突然すみません。韓国の人です。
以前から cultureの語源と韓国語のgalchida(教えるの意)
とはなんかの関係があるんではないかと思っていました。
韓国語のgalchida(教えるの意)は gal (耕す)と chi (飼う。特に羊の時)で出来ています。da は、日本語の~~る、~~す、のような基本形のda です。耕せる事と飼わせる(特に羊)事で
はじめて教えた事になるのです。
私は日本語も大好きです。万葉集も好きです。国と関係なく
お話しできればうれしいです。突然すみませんでした。

from まさんた

チョン ハンウクさん、はじめまして。

返信遅れました。申し訳ありません。

僕は英語の専門家ではありませんし、韓国語も全くわかりません。

というわけで素人としての意見ですが、culture と韓国語 galchida、語源的な関係はないと思います。

ただし、ユーラシア大陸の東と西と離れていても、人間ですから同じように考えることはあるでしょう。

ヨーロッパでは、
耕す → (人を耕す) → 教養・文化。

韓国語では、
耕せる+飼わせる(事) → (《農耕を》よく知っている?) → 教える。

*****
僕も万葉集が大好きです。
万葉集について韓国の方とお話ができたらうれしいです。
気軽にコメントして下さい。

from チョン ハンウク

いいえ、いいえ、遅くありません。
気になさらず 余裕が ある時で いいので
よろしくお願いします。

ご返事、意見、 ありがとうございます。
本当に 嬉しかったです。
(念のためですが 私は 自国の言葉の
優越性などには まったく 興味がありません)

昔、人を耕す事ってどうゆう事だったでしょうか。教える事ではありませんでしょうか。
その昔々 どうゆう人が 文化人でどうゆう人が教養人だったでしょうか。土を耕す事が出来る人と羊を飼う事が出来る人が文化人であり、教養人だったような気がするであります。漢字を操られる人々が文化人であって教養人であった万葉時代のように。

from まさんた

天皇の歌はもちろん、農民、こじき、などの歌まで出てきます。
当時の農民が漢字を読めたとは思えませんが、「和歌」という観点からすると、身分の差ではなく、「歌」の “良し悪し” が選考基準。

身分の差は関係なく、有名人ではなくても、歌が素晴らしいなら、万葉集に収録される。

西暦でいうと8世紀中頃に出来た万葉集が日本人だけではなく、外国の方にも読まれている、ことにたいしては嬉しいです。

悲しいことですが、日本では万葉集よりも、英語の時代という感じですね。

チョン さん、今回は2つのコメントを頂き、どちらを公開しようかと悩みました。

細かいことでも何でも、コメントしてください。
出来る限り、知っていることなら、返信したいと思っています。

from チョン ハンウク

まさんた さん

ご丁寧に、ありがとうございます。すごく 勉強に なります。

私が 万葉集に 興味を持ち始めたのは 一部の歌は 韓語 ( カラ言葉 )でも読める というのが きっかけでした。

例えば、枕詞の   あしひき ( 足引き、足曳き) が あります。山 に かかる 言葉です。今の韓国では 山の事を 漢字の音をかりた san と言いますが 、カラ言葉
では moi ( 新羅 )や dal (高句麗) と言います。面白い事に アシヒキの 足も dal、曳き、引き も dal と 言います。山の事も dal (達)
というので  足引き = 山 になるのです。しかし、アカデミックではない、辞書には載ってない
ことです。反面、 それくらい 倭人と韓人、 ヤマト言葉と カラ言葉は 関係が深いと 思います。
language と langua (舌)の関係が深いように
ihu (言ふ) と ib (韓国語で口)
の 関係も深いと 思います。

話しが変わりますが

空気の変化? (表現しづらいですが) は、日本語も 韓国語も ラテン語も 英語も 共通点があります。p. b. h. f. w. ( 言語学的には 同じ発音 と 言っても いい程 お互い変わりやすい 発音であるそうです) が それです。

blow
flawan 古英語
flare (ラテン語)
bul 韓国語
hukuのhu
ほらを吹くの hora(貝)
bulla (ラテン語)ーアワ( 泡 )ー hou
follis (ラテン語) 空気袋。
wind     (韓国語では balam )
blizzard、   ball、    balloon、
頬 hoho   ( 韓国語では bol )、
帆 、
腹 hala (韓国語 bae)
『不』 ー 花の付け根が ふくらんださまに 型取り 大きい 意を 表す。韓国の漢字音では bul .

阜 ー 土盛して 膨れた 山の意。
         ( 韓国音 bu )
沸 ー 吹き出す  ( 韓国音 bul )

など、探せば まだまだ 見つける事ができます。
Nationality が  多くの言葉を 眠らせてるような 気がしなくもないです。

ありがとうございます。
まだまだ 足りて無い 日本語で 意味が 通じたのか わかりませんが 読んで いただいて ありがとうございます。

Mouth って 日本語の 申す、韓国語の Malsae ( 言うの尊敬語) と関係ないですか。
スペイン語 boca 
(ラテン語 bucca  頬) って 吹くと関係ありと思いますが。

from まさんた

チョン ハンウク さん、こんにちは。

チョンさんの博識ぶりに驚きました。
ラテン語や p. b. h. f. w などの子音推移を母国語以外で語れる方はそれほどいないでしょう。

「母(はは)」は古代時代は「ぱぱ」と発音されていたようです。
h ⇔ p の入れ替わりですね。

h ⇔ b が入れ替わって、「婆(ばば)」。


僕は語源、言語の類似に対しては慎重派です。

数字や身体を表す言葉は2つの言語が似ているか、まったく違うか、の判断基準になると思います。

韓国語の数字の読み方を調べましたが、0(ヨン)、1(イル)、2(イ)、3(サム)、4(サ)、5(ヲ)、6(ユッ、ユク)、7(チル)、8(パル)、9(ク)らしいですね(正しい?)。

3(サム ※日本語「サン」)
5(ヲ ※日本語「ゴ」)
6(ユク ※日本語「ロク」)
9(ク ※日本語「ク、キュウ」)

似ていますが、これだけでは判断できません。

目や鼻などの顔を現す単語では、日本語と韓国語では相当な違いがあるようです。

「あしひきの」の語源については、山に登るから「足を曳く(引きずる)、というのが有名ですが、はっきりとはわからないようです。

「あしひきの」は平安時代になると、「あしびきの」と発音が変わりますが、「平安時代の歌人たちはアシヒキのアシを「葦(植物のアシ」の意に解していたらしい」と『岩波古語辞典』に書いてあります。

日本を代表する歌人たちも「あしひきの」をよくわからずに使っていたとは面白い。

日本は朝鮮半島に近いですし、文法も似ていると読んだことがあります。

漢字を使っているので、日本語は中国語の方言だと思っている外国(ヨーロッパ・アメリカ)の方もいますが、中国語は [S(~が)V(する) O (~を)]、日本語は [S(~が) O(~を) V(~する)] という語順。

これは言語として同じ仲間ではない、との決定的な証拠。

なんだか話が変わってしまいました。

英語の mouth と「申す(もうす)、古語では(まうす)、平安時代までは(まをす)」。

発音は似ていますが、偶然なのではないかと思います。

bucca は「the cheek, esp, when puffed out (Cassell)」と定義されています。怒ったりして膨らました頬が、bucca。

それと「吹く」の関係は正直わかりません。

インド・ヨーロッパ語についてはかなり詳しく語源、各語の関連などがわかっています。

アジアの言語でも、徐々にそのような研究が進んで欲しいですね。

from チョン ハンウク

まさんた様に 褒めていただくと
本当に うれしいですね。でも、
私よりまさんた様の方が 全然 
博識だと思います。
私は 言葉を 絞り込むので 他の言葉は ??ですね。

わざわざ 韓国語まで 調べていただいて 感謝してます。
韓国の漢字の音は 殆どが  呉音 です。それに比べると 日本語は 呉音 漢音 唐音が 入っていますので 勉強すればする程 難しいです。それに 訓 まで、、、。
まさんたさんが 調べた 韓国の数字の 中て  
1  il  と  7  chil  8  pal  を みてください。ichi   sichi  hachi  と比べてみて ください。共通点が あります。その 共通点が 多ければ Grimm 法則の ように  なります。
どころが漢字の音は 日、中、韓、似ってます。大袈裟でいうと 英語を イギリスで アメリカで フィリピンで 使ってる ような事なので 似って 当然だと 思います。訓です。ひふみ、、、。と han  dul  set (set は 発音時、書く時は ses)の対応が 重要ですね。しかし、数字 以外では けっこう 対応してますが ひふみは まったく 対応してません。諸々の説は あるようですが 、、、。韓国の学者たちも日本の学者たちも Nationality を 棄てない限り言葉の 真実は 見えないと思います。
ひとつ、面白いのは 高句麗の地名からですけど  3 を 密、5 を 于次、7 を 難隠、 10 を 徳  と 書いてるのが 確認されてます。私も 確認しました。

『インド・ヨーロッパ語につい
てはかなり詳しく語源、各語の関連などがわかっています』と
まさんたさんが 言う通りですね。それを 日韓 両国の言葉にあてはめて 考えたり 逆の バージョンを 考えてみたり けっこう 面白い 発見が あります。

『アジアの言語でも、徐々にそのような研究が進んで欲しいですね。』まさんたさんが言う通りですね。

from まさんた

チョン ハンウクさん、こんにちは。

高句麗語と日本語の関係は何かの本で読みました。
数詞などが近いところがある、と。

ご承知の通り、日本列島は今から一万数千年前、氷河期の終わり(水面の上昇)とともに、大陸とは切り離されました。

一万数千年前となると、いわゆる四大文明(メソポタミア・エジプト・インダス・黄河)でさえ、不明なところがたくさんあるようです。

大陸から孤立したときに日本に住んでいた人は原・日本人、となるでしょう。

しかし、その当時は当然、文字がないので、当然、文献もなし。
ですから、考古学に頼るしかない。
今後、遺跡などを調べ、他国との類似点がわかるかもしれません。

僕は「日本語の起源」に関心があり、何冊か本を読みましたが、今のところ、結論としては、日本語の起源は不明、といったところでしょうか。

話は変わりますが、「高句麗好太王の碑文」、僕が高校生の頃は教科書には書いてありましたが、今は教えないようです。

日本は結局は撤退(敗北)したのですから、教えてもかまわないと思いますが、古代の日本人が朝鮮半島に軍隊を送った、ということに韓国側から抗議があって、教えないことになったようです。

百済の滅亡によって、百済の知識人たちが日本に亡命し、日本に文字や思想を持ち込みました。
日本史における(明治維新、第二次大戦の敗北に匹敵する)重要なことです。

古代の日本人は百済の人々を受け入れ、高い地位を授けました。
日本に亡命することは、現代より大変だったと思います。
日本側でも、受け入れる準備がなくては無理だったでしょう。

チョンさんのおっしゃる通り、ナショナリズムが言語、その他の研究を進めることを邪魔しているかもしれませんね。両国ともに。

from チョン ハンウク

まさんたさん 今晩は、

言葉を 追っかけてると、それが 語源で あれば なおさら かならずしも 考古学 歴史学と 出会いますね。考古学は むずかしいので 飛ばしたり、興味ある 所だけ チェックしたりで。
しかし、歴史になると そうは いきませんでした。一年近く 泥沼化した 古代史から 抜け出せなかったです。
『高句麗好太王の碑文』も ご承知の通り、諸々の 説があります。
まさんたさんの 文章からみると 教えてもらった通りに 理解しているように 感じ取れますが、
私の考えは ちょっと 違うと思います。
現在 中国と韓国でも 使われている 文化、教養、教育、共和国、等など、かなりの 多くの言葉は 明治生まれの言葉です。
特に 今の 韓国では その言葉を 除くと 話しが 通じない位です。漢字の輸出国だった 中国でも 
自分の国の名前にまで 明治生まれの言葉を 使ってる位です。
言葉を創る事、 創って 定着させる事って 言葉では なかなか 表現出来ない 凄い事だと 思います。
それだけの事を 徹底的に 成し遂げた、明治時代だからこそ 言えますが 改竄だと思います。
高句麗好太王の碑文の 文字の 問題なので 余計に そう 思われて 仕方がないです。
抗議されたから 教えるのを やめる 歴史って なんかの 理由があると思います。逆に 真の歴史で あれば 周りの 国に なんと 言われようが 教えるべきだとも 思います。
私なりに 言葉の面から 考えた末の 一つの結論です。

百済は 日の本の国、日本とは 関係深い国です。はくすきのえ 以来、倭国から 日本になる時の 中心部にいた 人達ですので。
何年か前ですけど 今の皇太子が 百済系の血が流れてるような事を言った 覚えがあります。

百済王 (こにきし)の 姓をもらっつて 陸奥の国を 開拓するような 事を日本書紀?で 読んだ事が
あります。ムツって  陸奥と当てられてます。韓国語の 뭍 mut ( 陸地 ) と 関係がある言葉だと思います。たしか、明治天皇の名前も 陸仁 と思います。

『こにきし』 も 百済で 百姓達が  王を呼ぶ時の 呼称 GONGILJI ではないかと 思っています 。貴族同士では ORAHA と 呼んでました。

遅い時間ですみません。
長くなりましたが
ありがとうございます。

from まさんた

チョン ハンウクさん、こんにちは(時間的には、「こんばんわ」でしょうけど)。

高句麗好太王の碑文については、教科書になんて書いてあったかは忘れました。
僕は歴史も好きなので、いろいろ読み、改竄ではない、と個人的には思っています。

「高句麗好太王碑」改竄説を最初に唱えた李進熙さんの本も読みました。
九州は百済の領土だった、ともおっしゃられていましたね。

もう昔のことなので詳しくは覚えていませんが。

それはともかく。

百済王は陸奥の守に任ぜられたことは日本書紀に書いてあります(※どこに書いてあるかは、すぐには調べられませんが)。

天皇家に朝鮮人の血が入っているのは確かでしょう。
というか、日本列島が大陸から離れたあと、日本に来るのは朝鮮系がほとんどですから、大半の日本人は多少なりとも、朝鮮系の血が流れているのかと。
数十分の一でも。

ご承知かもしれませんが、日本のお寺には檀家制度(1600年代前半)というのがあります。
一言でいえば、戸籍です。

僕自身、子供の頃、自分の系図を見たことがあります。
誰それ(とその妻)の子、誰それ。
誰それ(とその@妻)の子、誰それ・・・永遠と続くんです。

僕の何代目の祖先の名前(当時は漢字が読めず、よくわかりませんでしたが)が書いてあるんです。

びっくりすると同時に、なんとなく感動しました。

400年も前の僕の祖先の名前を知ることが出来ます。
悲しいことに、今はそういうことをヤメたようですが。
僕の父の代で、終了とのこと。

チョンさんへの返信になっていませんね。
ごめんなさい。

from チョン ハンウク

まさんたさん こんにちは、

いいえ、ありがとうございます。

家系図の事は 結構 聞いた事が ありますが 檀家制度 というのは
初耳です。勉強させて いただきます。
韓国では 族譜と言います。
私も 中学生の時に 一回だけ 見たことが あります。
面白かったのは dollim ( 回す ) と言って 代々孫孫
名前に 使う 漢字が 書いてある所でした。
私の 息子には『衍 youn』の字を、男の子の孫には
『茂 mu 』の字を 真ん中に 入れて 名付けなければ いけないです。私は、ハンウクが名前で 兄も いとこも 真ん中に ハン の字が 入ってます。族譜 管理は 長男の長男の長男の、、、長男がします。例え、長孫が 小学生でも 尊敬語を 使わないと 怒られます。

今の 韓国人にも 日本人の 血が流れていると 思います。

私が 尊敬してる人は むしろ、日本人の方が 多いです。大野 晋さんは 最高でしたね。タミル語語源説も よかったですけど 群れない所が好きです。迫力ある文章で 推理小説を読んでるような 感覚でした。漢字では 藤堂 明保さんですね。川崎 真治さんも 普通に 読めます。ちょっと 危ない? 鹿島 昇さんも嫌いでは ないです。

いきなり お邪魔して ここまで 大変失礼いたしました。つき合っていただいて 本当に 心から 感謝して おります。又、英語で気になる事等が あったら コメントしますので その時は また よろしくお願いいたします。
感謝 HAM NI DA。

鄭 翰郁。

from まさんた

チョン ハンウクさん、こんにちは。

韓国の族譜、面白いですね。
日本も子供の名前にに親の一文字を使うことは最近までよくありました。

例えば、元総理大臣の小泉純一郎の父は、純也(ジュンヤ)。
小泉さんの息子は、それぞれ「郎」がついて、「孝太郎」「進次郎」。

「太郎」は昔から長男につける名前。
「次郎」は次男坊。

でもここ数年前から何て読むのかわからないような名前をつける親が増えました。

日本では名前に使っていい漢字は決まっていますが、どんな風に読ませるかは自由なんです。

たとえば、「海」と書いて「りく」と読ませてもいい。

僕は「千早(ちはや)ぶる」という「神」にかかる枕詞から、息子に「千早」と名付けようとしましたが、周囲に反対され、ヤメました。

それはともかく、チョンさんと会話(コメント)しているとき、常に手元にあったのが、大野晋さんの『日本語の起源』(岩波新書)でした。

「タミル語語源説」は大野さんの死後は(僕の知っている限り)あまり見かけないですね。

個人的には「タミル語語源説」は微妙かな・・・と。
大野さんについては、以前、記事を書いたことがあります。
http://www.ma-santa.com/2008/07/post_75.html

鹿島さんは・・・。
もちろん、歴史の定説に異を唱えることは大切だと思いますが・・・という漢字ですかね。
正直、鹿島さんの本は途中で読むのをやめることが多かったです。

チョンさん、英語に限らず、どんなことでもコメントして下さい。
英語ネタばかり書いていると、正直、あきてしまいます。

ちなみに、僕の妻の母は、いわゆる「韓流ブーム」にどっぷり。
「韓国語会話」に5年ほど通っています。
今度妻の実家に言ったら、韓国語について聞いてみたいと思っています。

管理人、まさんた。

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