英詩訳・小倉百人一首 ~和歌を英語で読む

英詩は自分には難しく、意味をとるのが精一杯。
「鑑賞する」とはいきません。

英詩を好きな人は多いのでしょうか?

以前、水仙とワーズワースの詩 花と英語という記事を書きましたが、春の頃は毎日数十のアクセスがありました。
今でもそこそこのアクセスがあります。

今回は、和歌の英訳について。

この英訳にはビックリ

ちょっと前に、マックミラン・ピーター(著)『英詩訳・百人一首 香り立つやまとごころ』という新書を買いました。

本屋でパラパラとページをめくっていたところ、こんな英訳が目に入り、なんだこりゃ!と思ったから。

copper pheasant とは、山鳥。
pheasent [フェズント] は、鳥の「キジ」。

The
long
tail
of
the
copper
pheasant
trails―
drags
on
and
on
like
this
long
night
in
the
lonely
mountains
where
like
that
bird
I
too
must
sleep
without
my
love.

これは、柿本人麻呂の歌、

足引きの山鳥の尾のしだり尾のながながし夜をひとりかも寝む

の英訳。

この歌は、「長い夜を一人ぼっちで寝ることになるんだなぁ」という意味。

その「長い」を強調するのに、長い尻尾を持つ山鳥を持ち出す。

山鳥といえば、オスとメスが夜は別々のところで寝るという言い伝えがある鳥。
暗に、愛しい人が隣にいない、を連想させる。

「の」を繰り返し、たたみかけるように下の句へつながっていく、技巧的な歌ですね。

足引きの、は枕詞。

足引きの
山鳥の 尾の しだり尾の
ながながし夜を
ひとりかも寝む

自分はこういう技巧的な歌は好きじゃないんですが。

あっ、和歌については、「うまい・へただ」の判断はできませんが、「好き・嫌い」は言えます。
和歌は日本語だから。

もう一度、英訳版。

The
long
tail
of
the
copper
pheasant
trails―
drags
on
and
on
like
this
long
night
in
the
lonely
mountains
where
like
that
bird
I
too
must
sleep
without
my
love.

それにしてもスゴイ訳し方。
※こんな形に訳してあるのはこの歌だけです。

訳者はこう書いています。

・・・この歌は、ある音を反復することで、非常に長い夜を連想させている。
つまり、"no" "o" "naga" "naga" がそれにあたる。
わたしはこれを英語で伝えるために、"long" "on" lonly" "love" といったよく似た音を繰り返してみた。
そして、尾の長さという問題については、視覚的、あるいはエクフラシス的解決を選んだ。
つまり、レイアウトで尾の形状をあらわそうとしたのである。

レイアウトで尾の形状をあらわそうとしたのである。
思いつかないよ、普通。

気になる、といえば、気になるところ。

I
too
must
sleep
without
my
love
.

たしかにそうなのだけれど。

秘すれば花、ではないが、without my love とはっきりと書かれると・・・

日本語の原文。

足引きの山鳥の尾のしだり尾のながながし夜をひとりかも寝む

愛しい人、なんて、言わぬが花。

まあ、仕方がないと言えば、仕方がないですけど。

英語では、山鳥(copper pheasant)と聞いて、「ベッドは別」という発想はないでしょうからね。

もっとも卓越した名訳、だそうです

この本にはドナルド・キーンさんの長い序文が付いています。

最後のところ。

『小倉百人一首』は、"端正" の一語で片づけられることが多かったが、ピーター・マックミラン訳はこの歌集本来の価値と美を蘇らせている。
藤原定家が選んだ歌は深い美を湛(たた)えているが、それだけではなく、歌に流れる赤裸な感情にも読者は感動をおぼえるのである。
たとえば、光孝天皇(八三〇~八八七)の歌であるが、マックミラン訳では次のようになっている。

君がため春の野に出でて若菜つむわが衣手(ころもで)に雪に降りつゝ

For you,
I went out to the fields
to pick the first spring greens―
all the while on my sleeves
a light snow falling.

これは、今までのところ、『小倉百人一首』の、もっとも卓越した名訳である。

ドナルド・キーン

『百人一首』の他の英訳を読んでいないので、本当かどうかはわかりませんが、ドナルドさんが言うなら間違いないでしょう。

古来、いろいろな解釈があった、小野小町の例の歌、

花の色はうつりにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに

この本でも深く考察されています。

うまし国ぞ あきづしま 大和の国は

英語を勉強していて、和歌にも興味はあるんだけど・・・という方にはいいかもしれません。
新書なので、お手軽ですし。

ただ、和歌の英訳は当然、載っていますが、現代日本語訳はついていません。
意味がわからなかったら、英訳から考えるもよし、古語辞典を引くもよし、ネットでサクッと検索するもよし。

最後に。

『百人一首』には入っていませんが、自分が一番好きな歌。
舒明天皇御製。

大和には 群山(むらやま)あれど
とりよろふ 天(あま)の香具山
登り立ち 国見をすれば
国原は 煙(けぶり)立ち立つ
海原は 鴎(かまめ)立ち立つ
うまし国ぞ あきづしま 大和の国は

大和にはたくさんの山があるが、
とりわけよいのは、天の香具山
山の上から国見をすれば、
広々とした地には煙があちこち、
広々とした湖ではカモメが飛び交い、
ほんといい国だなあ、
あきづしまの大和の国は!

素直にいい歌。

あきづしま(秋津島、蜻蛉島)は、大和の枕詞。
あきづ(トンボ)が交尾している格好が日本列島の形に似ているから、大和(日本)という意味。
・・・似てる?

うまし国ぞ あきづしま 大和の国は

ほんと、素直にいい歌。

コメント

from Junpei

すごい長々しい訳ですね(笑)。

天の香具山は大和三山の一つで、奈良で育った私にはすごく身近です。

国原は 煙(けぶり)立ち立つ
海原は 鴎(かまめ)立ち立つ

国原の煙立ち立つはすごくイメージできるんですが、
海原はいったいどこにありますのん?
と思って調べたら、これは大分で詠まれた歌だという説もあるんですね。
煙は大分名物温泉の煙らしい。

しかし舒明天皇はれっきとした飛鳥時代の天皇で、
どうも奈良の飛鳥あたりに住んでいたみたいだし、
歴史って謎ですね。


from まさんた

junpei さん、こんにちは。

保田與重郎『萬葉集名歌選釋』によると、昔は池があったようです。

「海原」は磐余池(イワレノイケ)。磐余池は國初の埴安池(ハニヤスイケ)をもとに、堤を築き、濕沼地を拓き、磯城島金刺宮時代前後より大きい池となつた。大倭朝廷の大規模な開拓事業の一つだつた。

「海原は 鴎(かまめ)立ち立つ」は、

池上の運業や漁業などがさかんにて、往来の船が多く、鴎が水上に安居できないことの形容である。

まあ、いろんな説はあるでしょう。 でもこの歌、齊藤茂吉の『万葉秀歌』にも、大岡信『私の万葉集』にも掲載されていません。

いい歌なのに。

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