2009年7月26日 Posted by まさんた
エディターシップ ~読者の発見
研究社の月刊誌に、『英語青年』というのがあります。
1898年創刊という、由緒ある雑誌です。
もともとは『ジャパン・タイムス』の学生版として出版されました。
だから、『英語青年』。
紆余曲折を経て、今は内容はかなり高度ですが。
自分は以前、『英語青年』を購読していましたが・・・
挫折。
その『英語青年』の編集長を長年務めた外山滋比古さんの、『エディターシップ』という本より、雑誌の編集について。
ブログを書く上でも、ヒントにもなる(かも)。
『英語青年』と市河三喜
『英語青年』の簡単な歴史を、高梨健吉(著)『文明開化の英語』より引用。
『英語青年』は明治・大正・昭和の三代を通じて、わが国でもっとも重要な英語雑誌である。
明治三十一年の創刊で、武信由太郎と勝俣銓吉郎の編集で、はじめは『青年』という誌名であった。
ジャパン・タイムスの学生版として出たもので、やがて英語研究雑誌となった。
明治三十八年から喜安シン太郎(※シンの字が出ないのでカタカナで)の経営編集となって面目を一新した。
喜安シン太郎はそれから四十年間、名編集長としてこの雑誌の進展に努力した。
日本の一流の英語英文学者はみな、この雑誌によって育てられ、この雑誌によって名を成したといっても過言ではあるまい。
彼はいわば英語界という舞台の演出係であり、裏方であった。
舞台の表面に出ることを欲せず、かげからじっと舞台を凝視しながら一生を送った。(中略)大正元年に出版された市河三喜の『英文法研究』は、かつて『英語青年』に連載されたものであった。
この本によって明治の英学は終わりを告げ、新しい英語学研究の時代になる。
諸大家による「ナショナル第四読本研究」の連載は、当時の英学者の間で歓迎された。
やがて石川林四郎の「テニスンの誌研究」や、市河三喜の「聖書の英語」のように、英語英文学の研究機関誌的な色彩を強めていった。
ところで。
市河三喜(1886~1970年)という名前を、英文科を出た人でさえ知らないようですね、最近は。
連載しようと思ったが、不評だからヤメた『英語名人 河村重治郎』を読むですが、その本にこう書いてあります。
言うまでもなく、市河三喜は名実ともに日本の英語英文学界の頂点に立つドンであった。
重治郎は大学の、いわゆる大教授たちには概して厳しい評価を持っていて、日ごろ折にふれてその口から批判めいた言葉を聞くこともあったが、しかし、市河三喜には沈黙した。
どうも、別格という感じであった。
自分は英語の語源に興味がありますが、そのためには古期英語・中期英語の知識が必要不可欠。
ですが、自分はその知識がなくって。
今度、市河三喜の本を買って勉強するつもりです。
時代遅れの英語学習まっしぐら、ですね。ますます。
読者はどこに?
さて。
そんな『英語青年』の編集長になった外山滋比古さん。
船出はきびしかったようです。
※以下、引用は『エディターシップ』より。
編集二年生になって、成績はますます香しくない。
不気味に数字は下がりつづけて、下げ止まらない。
(中略)会議では肩身の狭い思いをする。(中略)
雑誌が売れないのは、おもしろくないからであろう。
こういう英語英文学の専門雑誌で、おもしろく、といってみたところで、いわゆるおもしろい雑誌のできるわけがない。(中略)
「おもしろい」雑誌をつくるには、読者の求めているものが何かわからなくてはいけない。
ところがその読者は姿なき不特定多数である。(中略)
いったい「読者」はどこにいて、何を考えているのか。
ぼんやりながらもそこに関心が向くようになって、すこし編集者らしくなった。
仕事を始めてから一年半ちかく経っていた。
雑誌とブログを同列に扱うのはアレですが。
RSS では「このブログを購読」と言うし、まあ。
以前、書きましたが、6月にこのブログが全く表示されなくなりました。
それ以来、アクセス数、というか、それ以前の問題が気になりだしまして。
サーバーを移転したものの何日か前、また表示されなくなり・・・
問い合わせしたところ、次のような返事が。
ぜひとも「超ウルトラ・スーパーミラクル厳戒体制」で監視を続けていただきたいものです。
それはともかく。
引用の続き。
読者を追い求めているうちに、どこにどれだけいるのかはっきりしない相手をさがしていてもつかまらないにきまっている、自分の求めている読者は自分の中にいるに違いないと見当をつけた。
そして実際、自分の中に読者はいたのである。
それが私にとっての「読者の発見」であった。
自分の欲するところを読者に提供すればよいわけだ。
正直に個性を出してゆけば、読者もおもしろいと思ってくれる雑誌ができるはずである。
幸か不幸か、読者の多くが編集者と同じ分野の教養をもっているから内観法はうまくゆくに違いない。
その点、ブログだと「読者」を発見するのは簡単ですね。
アクセス解析を見れば、どんな記事がよく読まれているかわかりますから。
このブログは一応、英語学習の成れの果て、の範疇に入るのでしょう。
だから、アクセス数が多く、記事の閲覧時間が長いのは、参考書の紹介や、文法・英単語について書いた記事。
いま書いているような記事などは、ヤギなら食べるどころか見向きもせず、人なら「読まずに閉じ」られるの必至。
自分の欲するところを読者に提供すればよいわけだ。
正直に個性を出してゆけば、読者もおもしろいと思ってくれる雑誌ができるはずである。
幸か不幸か、読者の多くが編集者と同じ分野の教養をもっているから内観法はうまくゆくに違いない。
この文なんかはブログにも当てはまりそうですね。
これから自分はダンディーでキュートな個性を出して記事を書こう。
おもしろくなるかどうかは、かなりあやしいが・・・
さて、外山さんは「自分の中の読者」に対し、どうしたのか。
そこで、いま自分が何をいちばん知りたいと思っているだろうかと反省してみた。
やがて英語の文法であるという結論が出た。
英文法には比較的初歩の学生のための学習文法と学問的な文法とがあって、両者のギャップは多くの英語教師にとって厄介な存在である。
英語学を専攻しなかった私にとってもたいへん気になる問題であった。
そうだ、これをテーマにして特集をやってみよう。そう思った。
それで盲蛇におじずの企画をたてて執筆依頼をした。
後年、英文法の学者から、あれは強引な企画だったねと笑われて冷汗をかかねばならなかったようなシロモノであるが、思いついてから具体化するまでは夢中であった。
計画はふくらんで、一号ではおさまりがつかなくなり、とうとう二号連続の特集号にする。
特集号が出て数日すると追加注文がきだした。
在庫はあっという間になくなって、編集部にあった予備まで営業部がもって行くという景気である。
はじめて心から笑うことができた。
現金なものだ、という言葉は知っていても実際の例にはお目にかかったことはなかったが、それまで口もきいてくれなかった経理の部長が道の向こう側からこちら側に渡ってきて、やりましたねと言ってお愛想笑いをしたのには、びっくりした。
特集号が終わっても、その後、発行部数は落ち込まなかったという。
特集といったらおおげさですが、自分も「何か連続して書こう」と始めたが、ヤメたものがいくつかある。
など。
そこで、いま自分が何をいちばん知りたいと思っているだろうかと反省してみた。
やがて英語の文法であるという結論が出た。
英文法には比較的初歩の学生のための学習文法と学問的な文法とがあって、両者のギャップは多くの英語教師にとって厄介な存在である。
やっぱ、自分もこれですかね。英文法。
S V O (to be) C に、どっぷり混乱中などは、そこそこ、微々たる反応もあったし。
英文法、英単語を中心に、たまに参考書の紹介、という路線で行こう。
ダンディーで、キュートな個性を出しながら。
でも・・・ブログのタイトルにも入っている、洋書レビューはどこ行った?
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みすず書房 外山滋比古(著) |



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