2009年7月 9日 Posted by まさんた
evil, ill, bad、言葉の生存競争
パスカルの言葉。
人間は考える葦である。
もうずっと昔の話になりますが、誰かがテレビでこの言葉を、
・・・考えるヨシである。
と言ったのを聞きまして。
アシじゃないの?
と思った記憶があります。
一応人間ですけど、パスカル先生とは違って、それほど考えるほうではないので、その時はそのままでしたが。
パスカル生誕386年を祝い、今日はちょっといろいろ考えてみます。
取って代わられ、変化して
ウィキペディアの葦によると、『関東では「アシ」、関西では「ヨシ」が一般的である』、らしい。ホントかどうか知らねど。
古語辞典で調べると、どの辞書にも、
「あし」が「悪(あ)し」に通じるため、「よし」とも言う。
と書いてあります。
悪(あ)し、今では「良し悪し」という言葉ぐらいにしか使いませんね。
「良し」が、今は「良い」ですから、「悪(あ)い」と変化して残っていてもよさそうですけど、「良い」の反対語としては、「悪(わる)い」が取って代わりました。
大野晋(著)『日本語をさかのぼる』からの引用。
およそ「わるいこと」はどんな社会にもあるに相違いないから、それを指す語は長く一定していそうなものである。
現代では「悪」を指すのにワルイという。
だからワルイという語は古来「悪である」という事を指していたように考えられる。
しかし、日本語の歴史を見ると、ワルイという語は、古来不変に、今日の「悪い」という意味に使われて来てはいない。
同書によると、平安以前には、ワロシという形で、
容姿とか、恰好、趣味、嗜好などが劣る、みっともないという意味だった。
という。
それが現代の「悪い」と言う意味をもったのは、室町時代になってからのようです。
それまでは、「悪い」という意味の言葉は、「アシ」でした。
・・・アシは、悪いこと、有害なこと、邪悪なことを表す形容詞として、室町時代ごろまで生きて使われていた。
しかし、ワルイが「よくない」の意から次第にアシに接近して行き、やがてアシの位置に入りこみ、アシを押し出した。
アシは消えて、ヨシアシなどの熟語だけ残った。
英語でも同じことが言えるようです。
英語語源辞典で evil を調べると、
現在では good の反意語としての一般的な意味では bad に取って代わられ・・・
と書いてあります。
evil というと、今では「悪い」を通り越したニュアンスがありますが、もともとは単に、good の反対語だったようです。
OED でも、最初に、
The antithesis of GOOD in all its principal senses.
(どんな意味でも、根本は、GOOD の反対)
と定義しており、さらに『反対、嫌悪、非難を表す、もっとも一般的な表現』などと書いてあります。
そして、徐々に、害(harm)的な意味が生まれたようです。
現在では、もっぱらこの意味ですね。
Longman を見ても、ほとんどの定義で、to harm が使われています。
evil の語源は、「限度を越えた」ということらしいですが、はっきりとは、わからないようです。
ところで。
『英語語源辞典』で ill を調べると、こんな記述が。
その用法はスカンディナヴィア人の定住地域から次第に広い地域に広がり、12C 以降 evil の同義語として競合して用いられた。
しかし、今日の標準的な用法では evil に比べてその用法の範囲は狭く・・・
今では ill といえば、基本、「(健康が)悪い」ですよね。
でもその意味で ill が使われるようになったのは、15世紀になってからのようです。
思ったより、ずいぶんと最近ですね。
自分が生まれた、たった数世紀前です。
辞書を引くと、ill- を使った合成語がたくさんありますが、健康に関係ないのにそういう意味が生まれるのは、evil と競合していた歴史があったから。
ill の語源は、不明らしい。
さて。
bad を OED で調べると、
13世紀末に現れたが、14世紀末になるまでは、滅多に見られない。
とあり、上の2語に比べれば新参者のようです。
最初から not good の意味で使われ、今に至る。
「悪い世界」に新規参入した bad、結局は1人勝ちでしたね。
evil の意味も、ill の意味も飲み込んじゃった感がありますから。
その bad、語源は、諸説フンプン。
bad と ill の比較級、最上級は worse, worst と同じですね。
bad には、18世紀ごろまで badder, daddest という言い方もあったようですが。
バデスツ! ちょっと、叫んでみたい。
動植物の住み分け理論ではないですが、evil, ill, bad、それぞれ今でも分担して、活躍の場があるのは幸運です。
日本語の「アシ」の運命と比べると。
最後に、ことわざ。
He who does no good does evil enough.
善を成さぬ者は、すでに悪事を成すなり。Ill got, ill spent.
悪銭身に付かず。
「世の中、良いことばかり、ってわけにはいかないねぇ・・・」と嘆く方がいたら、こう言ってあげましょう。
We must take the bad with the good.
もしくは、
バェド... バダー... バデスツ!


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