推理小説(ミステリー)の誤訳 - ペーパーバックを読むには必読

古河正義(著)『推理小説(ミステリー)の誤訳』を、4度、立て続けに読みました。

『推理小説の誤訳』は文庫本ですが、総ページ数は440ページぐらいあります。

どんな英語の参考書でも、読むと必ず自分の英語力のなさを痛感します。

ですが、『探偵小説の誤訳』を読むと...。

著者の古賀さん、レベルが違います。そもそも次元が違う。

一期一会とはいうけれど

『推理小説の誤訳』は、基本的に、推理小説から英文を取り上げ、翻訳者の「誤訳」を指摘する、というスタイルの本。

英文は、アガサ・クリスティーの推理小説が中心です。

『探偵小説の誤訳』は復刊本で、最初は1983年に出版されました。

実は2年ぐらい前、古本屋ですでに購入済みでした(780円也)。

ブログを始めた当初、ミステリーのペーパーバックに出る英単語(ミス単)、を中心に記事を書こうと思っていたので。

ミス単、今はもうヤメましたが。

旧版・探偵小説の誤訳

古本で買ったときは、ただ買っただけ、でした。

クリスティーの小説には多少、なじみがありましたが、英文の一部を小説から "スポッ" と抜き出すと、前後関係がわからないので理解するのが難しいんですよね。

英文法書や辞書に出てくる、一文完結、の例文とは違って。

なぜ今はこんなにも、この本に夢中になったのか?

復刊されているのを本屋で見つけ、ちらっと「文庫版まえがき」を読んで、購入したのが事の始まり。

その話はまたのちほど。

誤訳の原因

誤訳といえば。

自分もチャーチル、七歳にして天命を知るで in half an hour 「30分経ったら」を「1時間半経ったら」と誤訳したことがあります。

親切にもコメントで指摘してくださった方がおり、直しました。

指摘してくれた方、さらに気を使ってくださり、「読まれましたら削除してください」と。

ですが、自戒の意味も込めて、3ヶ月そのままにしていました。

そして今日、地中海の水いっぱいほどの感謝の念を持ちつつ、コメント削除ボタンをポチッと押しました。

というわけで。

普通に英語を勉強している高校生なら、誰もしない誤訳を、自分は誤訳した、という過去を、スッカリ・スッキリ忘れてこの記事を書くことにします。

高校生でも...

高校生でもしない誤訳を翻訳家の方はするんですね!

著者の古賀さんもあきれています。

One thing ~another
解説するまでもない

Adultery is one thing and murder is another. (A Pocket Full of Rye 72

× 姦通問題だってあるし,つづいてまた,殺人事件が起ったのだからね。 (宇野利泰 126)

姦通と殺人じゃ話がちがう

本書の読者には解説するまでもあるまい。

受験参考書には必ず載っているでしょう。

適語を選べ。

To say is one thing, to do is (  ).

1・Tiger Mask
2.GUNDAM
3.GIANTS
4.another

こういう、高校で習う英語につまずく例は他にもたくさんあります。

cannot ~ without ... や、more than など。

a little と little を間違える?翻訳の例もかなり多いようで。

実例は引用せず、解説だけ。

a little は "少し~する" であり,little は "少しも~しない" という基本中の基本がここでは無視され,(以下略)

ちょい難しい仮定法、but for ... 「もし...がなかったら」でつまずく翻訳家の方も。

2例載っていますが、そのひとつを。

(2) 'Pity it snowed as it did,' said the Sergeant. 'But for that we'd have had his footprints as something to go on.' (The Sittaford Mystery 25)

誤訳と正解訳の前に、英文を少し説明。

Pity は、It is a pity that ... 「...なのは残念だ」の略。

口語ではよく Pity (that) ... の形で使われます。

as it did は as it snowed のことですが、「実際、このように雪が降ったように」という強調の一種。

sergeant は「巡査部長」。inspecter 「警部」のひとつ下の階級です。
(※アメリカでは違いますが)

もういちど英文と誤訳、正解訳を。

(2) 'Pity it snowed as it did,' said the Sergeant. 'But for that we'd have had his footprints as something to go on.' (The Sittaford Mystery 25)

× 「雪が降ったのは,痛かったですね」と巡査部長。「でも,犯人の足跡をみつけたのは,もっけの幸いでした」 (鮎川信夫 42)

○ (But for 以下) 「雪が降らなかったら,犯人の足跡がとれて,それを手がかりのひとつにできたんですがね」

解説を引用すると、

(2)は but を "しかし" と解し,for that を "雪が降ったおかげで" というような意味にとったのだろう。だが,二例とも,後に続く主文章が we mightn't have seen とか,We'd have had とか,いずれも仮定法未来完了の形をとっているのを無視する結果になっている。
アメリカのある詩人は,「この世の言葉のなかで might have been という言葉ほど悲しいものはない」といっているが,二人のすぐれた詩人がこれを無視して誤訳をしてしまった。

本書のなかで古賀さんは「誤訳は連鎖反応を起こす」といっていますが、これもその一例でしょう。

But for that を「その(雪が降った)おかげで」と解釈すると、続く文をそれに合わせなければならなくなる。

だから「犯人の足跡をみつけたのは...」と無理やり訳することになってしまい、意味が正反対になってしまった。

読み進めると、読者は「あれ?あのとき採取した犯人の足跡は?」となるはずですが、案外、忘れちゃうのもので。

辞書さえ引いていれば...

「旧版まえがき」にこう書いてあります。

無能な翻訳家,つまり,自分の能力を超えたむずかしい原作の翻訳を引き受けた人のばあいは,構文を間違えることをはじめ各種各様の誤訳万華鏡を展開するが,能力に相応した原作の翻訳をしている人のばあい,誤訳の大半の原因は,辞書を引きさえすれば立ちどころに解決するようなところで辞書を引かないために生じているように思われる。

たとえば、

After a fashion 辞書を引こう

Mary asked Kay if she played (golf).
"Yes ― after a fashion." (Towards Zero 71

× メリイがケイに,あなたもやるのかとたずねた。
ええ ― 流行ですものね」 (田村隆一 103)

○ (下線部のみ) ええ ― 下手だけど一応はね

After a fashion は in a fashin ともいい,C.O.D によれば,"うまくはやれないが,まあまあどうにか (not satisfactorily, but somehow or other)の意である。

日本語になっている「ファッション」につられたのでしょう。

よく知っている(つもりで本当はよく知らない)単語ほど要注意、な例。

そのほかにも辞書を引けば、誤訳せずに済んだ例がたくさん載っていますが、古賀さんのきつ~いひと言。

なぜ,辞書をひく労を惜しむのだろうか。もともと翻訳家の苦しみというものは,辞書にいくら当たってみても目指す単語や熟語がなく,英米人に聞いてもはっきりした回答がもらえないときに始まるのである。

至言なり。

そして、自分も、反省。

ちなみに、古賀さんはこの本で、単語や文法の解説に、研究社『新英和大辞典』や COD(Consice Oxford English Dictionary)を引用しています。

他の訳者の翻訳を参考にすると...

本書ではよく、「翻訳の談合・翻訳の伝染」なる言葉が出てきます。

ようは、先行訳を参考にし、翻訳すると、誤訳もそのまま伝染する、ということ。

次の例はその一例でしょう。

Long for
Long は「長い」だけじゃない

We ourselves living in this country long for the sunshine, hot climates, waving palm trees. (The Sittaford Mystery 102)

× われわれ自身は太陽のかがやく暑い気候のときでも,棕櫚(しゅろ)の葉のそよぐときでも,ずっとこの国に住んでいます。(鮎川信夫 169)

× 私たちは棕櫚の生繁る暑い時にも,長い間ここに住んでいますが・・・・・・。(田村隆一 123)

× わたしたちは,もう長いことこの国に住んで,太陽がさんさんと輝き,椰子の木の茂る,暑い気候をあこがれているように・・・・・・。(能島武文 174)

○ この国に住んでいるわれわれは,太陽の光と,暑い気候と,風にそよぐ椰子の木に憧れます

こんな簡単な文章に三氏揃ってひっかかるとは? 三氏共通の誤りは,long を「長く」ととり,「われわれはこの国に長く住んでいる」というふうに考えたところにはじまっているようだ。(以下略)

long for はそれほど難しい熟語ではないはず。

高校生でも知っているのでは?

ちなみに、「The Sittaford Mystery」の翻訳が出た順番は、
田村隆一訳(1976年)
能島武文訳(1979年)
鮎川信夫訳(1981年)

最初に出た田村隆一氏が誤訳をし、それを参考にした能島氏が誤訳の感染、それを参考にした鮎川氏も...。

という経緯でしょう。

解説の最後に、

この文章では,long が動詞なのである。Long for は "~に切々たるあこがれを感じる,~を憧憬する" の意である。何に憧れるのか? (1)太陽の光,(2)暑い気候,(3)風に波打つ棕櫚の木である。つまり I love you 程度の構文に過ぎないのだ。

もし、

We ourselves long for the sunshine, hot climates, waving palm trees.

と、living in this country がなかったら、三氏は誤訳しなかったでしょう。

余談ですが。

古賀さんは違うところでこう、おっしゃっています。

翻訳者としては,原文を頼りにして描写するほかはないのであって,想像をまじえることは許されないだろう。

残念ながら自分は「The Sittaford Mystery」は読んでいないし、持ってもいません。

が、自分は翻訳者ではないので、ちょっと想像。

なぜ、living in this country という句がついているのか?

We ourselves living in this country long for the sunshine, hot climates, waving palm trees.

living in this country は、名詞の後ろについた現在分詞(句)で、主語の We を、どんな We なのか?、を後ろから説明する語句。

名詞の後に続く現在分詞については、拙記事、現在分詞と、名詞(~ing)にて。

そして、名詞の後に続く現在分詞は、働きとしては形容詞。
※これまた拙記事、名詞を後ろから説明する語句、とは?を参照。

形容詞ですから、前の名詞を説明するんです。どんな名詞なのか。

そして、形容詞には理由を述べる役割もあるんです。

そのことについては、別の機会に書きますが、今回はちょこっと。

もう一度、英文を。

We ourselves living in this country long for the sunshine, hot climates, waving palm trees.

想像するに、この話者を含む We が住む国は、暑い気候ではない。

じゃなきゃ、そういう気候に憧れませんから。

殺風景な、荒涼とした寒い土地なのかも。

だから、理由の形容詞、living in this country が付いている気がします。

それをふまえ、訳すとすれば、

私たちは、ご覧の通り、こんな気候の国に住んでいますので、太陽の光と,暑い気候と,風にそよぐ椰子の木に憧れます。

意訳(誤訳?)かも知れませんが。

どうでしょう?

ん...

話は変わりますが。

前に、こう書きました。

なぜ今はこんなにも、この本に夢中になったのか?

復刊されているのを本屋で見つけ、ちらっと「文庫版まえがき」を読んで、購入したのが事の始まり。

その「文庫版まえがき」がこれ。

...英文学のカテゴリーを越えて戦後著名文化人の第一人者であった故中野好夫氏の『ローマ帝国衰亡史』(ギボン)も、一、二巻に関する限り、誤訳が少なからず、そのため茫漠たる読後感が残るのは残念である。これに反し、後を継がれた御子息の担当部分は極めて良く出来ているという印象を持った。

さらに。

中野氏がギボンの第一巻のあとがき(326ページ)に記しておられるように、別の訳者による既訳があるのに敢えて新訳に踏み切られたのは、同氏が遠慮がちな語調で示唆しておられるように、「既訳が余程不完全」であったためであろう。その改善を目指した中野訳に以上のような欠点があるとすれば、「既訳」のほうは余程の粗悪品だったのであろう。

エドワード・ギボン(Edward Gibbon)の『ローマ帝国衰亡史(The Decline and Fall of the Roman Empire)』は、我が枕頭の書。

ローマ帝国衰亡史

左手に見えますのは東京タワー...ではなく、積み上げると15センチ近くにもなるペンギンブックス版の原書(3巻本)。

手前に見えますのは中野好夫、朱牟田夏雄、中野好之、三氏による翻訳(ちくま文庫10巻本)。

奥に見えますのは村上勇三訳の岩波文庫版(10巻本)。

岩波文庫版は、ギボン・コレクターとして買っただけ。

だから、

「既訳」のほうは余程の粗悪品だったのであろう

かどうか、わかりません。

今度、読み比べてみます。

それはともかく、「The Decline and Fall of the Roman Empire」は、中野好夫、朱牟田夏雄、中野好之、三氏による翻訳でよんだので、誤訳なんてあったのか...と。

そういうわけで、「文庫版まえがき」を読んで、古本で持っていて、読む気もなく、無駄だな...と思いつつ、文庫版『推理小説の誤訳』を買ってしまいました。

まあ、文庫版は何度も読み、こうして記事を書いているんですから、結果としては、買って良かったんですが。

中野好夫氏の誤訳、といえば、ご自身が『英文学夜ばなし』の中で、こうおっしゃっています。

もう十何年か前のことになるが、D.H.ロレンスの『虹』を訳したことがある。ところが、発売後まもなく、未知の読者から手紙をもらった。貴下の訳には少なくとも百以上の誤訳がある。もっとも、某々氏の『息子と恋人』には、どう見てもまず五、六百はあるようだから、その意味じゃ、まあ心配しなさんな、というのである。

...誤訳というもの、わたしは畳の埃に似たものだと信じている。絶無などということは完全にない。叩けば出るに決まっているのだ。

...まったくわたしたちのとは異なる風俗や事実について、たまたま無知なために生じる小誤訳などは、決してよいとはいわぬが、鬼の首でも取ったような騒ぎ方までするのは、どうかと思う。私信で訂正してあげればよいのである。誤訳にはちがいないが、別に作品を味わう上に支障のないものだって、ずいぶんあるはずである。

以上、『英文学夜ばなし』の「翻訳雑話」より。

まったく同感。

今、とある理由で、アメリカの裁判関係の英単語を、ペーパーバックから集めています。

日本語の翻訳書も買い、どのように単語が訳されているか、を調べながら。

で、Jhon Grisham の「The Firm」の翻訳書、『法律事務所』の中に、こういう場面がありました。

タランスとは、FBI捜査官。

タランスは正面の窓際の席に腰をおろし、連邦政府ビルに吸い込まれていくミッチ・マクディーアの姿を見つめた。コーヒーとチョコレートドーナツを注文してから、時計をたしかめる。午前十時。審理予定表によれば、マクディーアはもっか祖税裁判所で短期間の審問会に出席しているはずだ。ごく短時間でおわるはずです。法廷書記官はそう教えてくれた。タランスはまった。
法廷審理が、これほど迅速に終了した例はないだろう。ほぼ一時間後、タランスは窓ガラスに顔を近づけて、遠くにちらほら見える早足の人影に目をこらした。三杯めのコーヒーを飲み干し、テーブルに二ドルおくと、タランスは立ちあがってドアのかげに身を隠した。ミッチ・マクディーアがモールの反対側を通りすぎるのを見すまして、タランスはすばやく相手に近づいた。

一つ屋根の下に住む人に、ここを読んでもらいましたが、なんの違和感もなかったそうです。

自分でも、翻訳書だけ読んだら、違和感は持たないでしょう。

問題の箇所は、ここ。

法廷審理が、これほど迅速に終了した例はないだろう。

原書では、こうなっています。

Nothing is ever brief in court.

裁判に関することでは、何事にせよ、短時間でことが終わったためしがない、というぐらいの意味でしょう。

ごく短時間でおわるはずです。( It should be very brief, )

と言われたら、10分、長くて30分ぐらいだと受け取ると思いますが。

それはともかく、翻訳書の、

法廷審理が、これほど迅速に終了した例はないだろう。

とは解釈できません。

ですが、ストーリーを読み進めていく上で、何の支障もない、「畳の埃」程度の誤訳だと思います。

安定した(かなりの)収入がある、大学の教授が時間をかけて翻訳するならともかく、翻訳だけで収入を得ている翻訳家にとっては、スピードが命、でしょうし。

『推理小説の誤訳』の誤植

話がだいぶそれました。

『推理小説の誤訳』に話を戻します。

文庫版にするとき、旧版をスキャナーで取り込んで、それから修正でもしたのでしょうか。

旧版にはない誤植が多少、あります。

たとえば、文庫版84ページでは、例文の中の widow (未亡人)が window (窓)になっています。

まあ、見出しが、

correct ( widow )
未亡人になるには手続きが必要か?

となっていますから問題はないと思いますが。

134ページでは、解説の中で、Figure of speech が Figurd of speech に。

これまた見出しが、

Figure of speech
「言葉のあや」がわからなぬ誤訳

となっているので問題なし。

241ページでは例文の really が realIy に。

really 二番目の l (エル)が i (アイ)の大文字、I になっている。

畳の埃、ですが。

本書は英文の問題になった箇所をイタリックに、その誤訳にはアンダーライン、というスタイルで書かれています。

たとえば、上に引用した例文。

After a fashion 辞書を引こう

Mary asked Kay if she played (golf).
"Yes ― after a fashion." (Towards Zero 71

× メリイがケイに,あなたもやるのかとたずねた。
ええ ― 流行ですものね」 (田村隆一 103)

○ (下線部のみ) ええ ― 下手だけど一応はね

After a fashion は in a fashin ともいい,C.O.D によれば,"うまくはやれないが,まあまあどうにか (not satisfactorily, but somehow or other)の意である。

旧版ではこうですが、文庫版では、

After a fashion 辞書を引こう

Mary asked Kay if she played (golf).
"Yes ― after a fashion." (Towards Zero 71

× メリイがケイに,あなたもやるのかとたずねた。
ええ ― 流行ですものね」 (田村隆一 103)

○ (下線部のみ) ええ ― 下手だけど一応はね

After a fashion は in a fashin ともいい,C.O.D によれば,"うまくはやれないが,まあまあどうにか (not satisfactorily, but somehow or other)の意である。

まあ、誤植とは言えないと言えば、言えないのですが...。

引用した例文なので、一応。

そのほかは、誤植はありません。

誤植ではないですが、もうひとつ。

(2) 'Pity it snowed as it did,' said the Sergeant. 'But for that we'd have had his footprints as something to go on.' (The Sittaford Mystery 25)

× 「雪が降ったのは,痛かったですね」と巡査部長。「でも,犯人の足跡をみつけたのは,もっけの幸いでした」 (鮎川信夫 42)

○ (But for 以下) 「雪が降らなかったら,犯人の足跡がとれて,それを手がかりのひとつにできたんですがね」

誤訳部分、「でも」にアンダーラインを引きましたが、これは自分の捏造。

旧版・文庫版同じく、「雪が降ったのは,痛かったですね」にアンダーラインが引かれています。

でも、「でも」以下の部分が誤訳では?

まあ、これも別に読むのに支障はない、畳の埃、なんですけどね。

ただし。

致命的な誤植が一箇所だけあり。

133ページ、Few の項の英文。

she は Jane Wilkinson のこと。

"...Besides, she would be most likely to have a penknife with her. Few women have―and assuredly not Jane Wilkinson."

この部分、何度読んでも意味不明。

で、原文に当たってみると...。

"...Besides, she would be most unlikely to have a penknife with her. Few women have―and assuredly not Jane Wilkinson."

すっきり。

これは文庫版になってからの誤植かと思いきや、旧版でもそうでした。

ゼロの悲劇

子供のころ、1900年代なのに、なぜ20世紀なんだ?

と疑問に思ってました。

これを間違える翻訳家もいるようで。

from fourteen hundred and twenty (1420年から)を「十四世紀から」と誤訳。

古賀さんの解説。

なお,より大きい問題は「十四世紀」という表現だ。世紀で表現するなら,1425年は15世紀のはず。高橋氏はこの文例の少し前にある in seventeen hundred and something を,「17世紀に入ると」としているが、これは「18世紀に入ると」の誤りである。
翻訳者は一秒間違ってもいけない。いわんや一世紀をや!

これを人呼んで(自分だけだが)「ゼロの悲劇」。

ご存知のように、西暦(キリスト暦)は、イエス・キリストが生まれた年から数えます(※実際には、キリスト誕生は紀元前4~6年のようですが)。

そして、これまたご承知のように、西暦には0年がありません。

これが悲劇の始まり。

一つの世紀は100年と相場が決まっていますが、1世紀(1年~100年)は99年しかありません。

0年がないので。

そして、最大の悲劇は、世紀も0世紀をいれず、1世紀から始まったこと。

どっちみち、1世紀は99年しかないんだから、もう1年減らし、

1年~99年までを世紀、
100年~199年までを1世紀、
200年~299年までを2世紀、
...以下同じ...

とすればスッキリしたのに。

そうすれば、受験生も助かったでしょう。

次の中から16世紀の出来事があったら選べ。

1.初代タイガーマスクのデビュー戦( VS ダイナマイト・キッド)

2.アムロが始めてガンダムに乗った日

3.阿部慎之助のプロ入り初ホーマー

4.関ヶ原の戦い

ジャスト1600年の関ヶ原の戦い、まさか四百年後、受験生を惑わすことになろうとは...。

家康も、石田三成も思ってもいなかったでしょう。

余談ですが。

キリスト紀元が発案されたのは520年代でした。

修道士・ディオニシウスが最初だと言われています。

その後、いろいろな人物が「キリスト暦」を考案(改良?)していますが、一貫として、0年を入れていません。

そして西暦(キリスト暦)はゆっくりと広まっていきます。

年代の数え方は、ユリウス暦・オリンピアド紀元などたくさんあり、キリスト紀元は one of them でした。

キリスト紀元の普及に決定的な役割を果たしたのは、アンチ・キリスト教の、17世紀の啓蒙主義者たちであったのも、因果なものだ...というか、興味深い。

この話、キリスト教についてで詳しく書こうと思っていましたが、いつの間にか終了してしまったので...。

今回、ちょこっと書きました。

神といえば。

Will
さりげない引用句に気をつけよう

Thy will be done. (Dumb Witness 55)

× 汝なすべきをなしたり。(加島祥造 81)

御旨が(天に行われるごとく地にも)行われますように。(新約聖書マタイ伝福音書)

Thy will は主(神)の意思であり,be done は「行われよ」という命令形である。聖書に通暁するのは日本人にはむずかしいが,The Oxford Dictionary of Quotations にもこの句は載っている。
『英語の辞書の話』という好書があり,ごく最近も,「引用句辞典はことばの誤読探知機」と題する論文を発表した加島氏が,どういうわけで,この程度の引用につまずいたのか。

Thy will be done は有名な句。

研究社の『新英和大辞典』には必ず載っています。

加島さんが「Dumb Witness (もの言えぬ証人)」を翻訳されたのは1980年ですが、当時の英和大辞典(第四版)にも載っています。

またまた余談ですが。

自分は加島さんの『英語の辞書の話』を読み、COD や POD を買い、最後には OED まで購入しました。

英語の辞書の話・引用句辞典の話

『引用句辞典の話』という本も面白い。

ですが、聖書からの引用には加島さんは関心がないようです。
全くふれられていません。

ただ、『引用句辞典の話』の中で、こう述べられています。

... Thou, locks, canst といった古風な単語からも古い文の引用らしいと見当がつきます。このように、文の中に埋められていても、すぐに引用と知れるものは、訳者にとって、容易に第一の難関を通してもらえる点で、助かります。

第一の難関を通らなかった、のか?

法律・裁判用語...

上のほうで、

今、とある理由で、アメリカの裁判関係の英単語を、ペーパーバックから集めています。

と書きましたが、その「とある理由」とは、以下の理由。

『推理小説の誤訳』のウリは、英国の裁判制度の解説。

なんせ著者の古賀さんは元日弁連副会長をつとめた弁護士。

英国の法制度に無知なため、生まれた誤訳の例は、本書にたくさん登場。

たとえば、inquest(検屍裁判・検屍審問)の解説。

検屍裁判(検屍審問)は正式には,coroner's inquest といわれ,検屍官法廷(coroner's court)で行われる変死(violent death)の原因を調べる手続きをいう。検屍の手続きは刑事裁判ではなく,したがって,被疑者や被告人の有罪無罪とは無関係である。(以下略)

もうひとつ。trial(公判)の説明。

Trial(公判)においてはじめて陪審(jury)が登場し,12人の陪審員(jurymen)が裁判官とともに審理に当たることになる。ここで,弁論・証拠調べ・裁判官の説示を経て陪審の評決(verdict)が下され,それに基づいて裁判官が判決(sentense)をいい渡すことになる。(以下略)

その他にもたくさん、簡潔ながら明快に、英国の裁判制度が説明されています。

自分はいかにイギリスの法制度に暗いまま、ミステリーをはじめ、小説その他を読んできたか...。

それをいえば、アメリカの法制度にも、日本の法制度にも、ミジンコの生態にも暗いのですが...。

もうひとつだけ。offer defense。

この言葉にいろんな翻訳家たちがつまずいたようです。

解説のみ引用。

Offer defense は "弁護方針 (弁護の材料,弁護士の手の内) を明らかにする" という意味。Reserve defense はそれを "示さないで保留する,手の内を見せない" という意味である。

辞書に熟語として載せるべし。

日本の英和辞典は,要するに英国(または米国)の辞典の翻訳であって,誤訳も不適訳もあることを忘れてはならぬ。わたくしの分野でいえば,法律用語など,よほどちゃんとした監修者がついていないかぎり,英和辞典もあぶないものだ。

ただし、研究社の大英和辞典の最新版、第六版は法律用語の解説がかなり充実しています。

法律学を担当された、新井良一さんという方は、「よほどちゃんとした監修者」なのでしょう。

余談ですが。

ちょっと「へぇ~」と思ったのが、summing up の項。

summing up は charge ともいい,裁判官が,証拠調べの終わったあとで,陪審に対して,証拠の評価を中心に総括的な説明をすることをいい,わが国では普通,「説示」と約している。(途中略)
なお,サマセット・モームの著書にこの語をタイトルにしたものがあるが,これも同じ意味である。彼の兄は当時大法官(Lord Chancellor)という裁判官の最高位にあり,この題名には,不仲だった兄への皮肉がこめられているということが,最近のモーム伝に出ている。

へぇ~。そうだったのか。

知らなかった。

なお、モームの「The Summing UP」については、拙記事、母の日の英語にて。

普遍の真理、されど...

最後に豪快な誤訳を。

Cheek
ほっぺたの好きな男!

I rather like cheek―from a pretty girl. (The man in the Brown Suit 28)

× わしって男は,ほっぺたが好きでね......とりわけきれいな娘さんのほっぺたがね。(向後英一 50)

いやかまわんよ,べっぴんさんにしてやられるのも悪くないものだ。(桑原千恵子 42)

いやどうしまして。小癪(こしゃく)なやりくちは嫌いじゃない ― きれいな娘さんのすることならね。(赤冬子 44)

cheek をお手持ちの辞書で調べてみてください。

定義の二番目ぐらいに正解が隠されて...というか、堂々と書いてあると思います。

わしって男は,ほっぺたが好きでね......とりわけきれいな娘さんのほっぺたがね。

これがクリスティー女史の小説の訳でなく、普通の言葉とすれば、永久不変の真理なんですけどね...。

今回はずいぶんと長くなってしまいました。

最後まで読んでくださった方に、ひま人ポイント、もとい、やさしさポイントを10P さしあげます。

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comments

from いさちゃん

いつも、楽しく拝見させていただいてます。
都内に住む普通の社会人です。
何か英語の語法について、わからないことがあったら、相談させてください。

from 管理人 まさんた

いさちゃん(さん)、こんにちは。
コメント遅れてすみません。

自分は「相談したくない相手 NO 1」に選ばれたことがあるほどでして…。

それに、ブログを読まさせてもらいましたが、英語については、いさちゃん(さん)の方が詳しそうですし。

こちらから、いさちゃん(さん)に相談しに行くかもしれないので、その時は、どうぞよろしく。

from いさちゃん

こちらこそ、よろしくお願いします。
P.S(さん)は不用です。「いさちゃん」で構いませんよ。

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