語学習得の王道、されど、マネできず...

哲学者として有名な、木田元(げん)さんと、これまた英語学者として有名な、渡部昇一さんの対談本、『人生力が運を呼ぶ』を読み返してみました。

そこで、今回はお二人の外国語の学び方、について。

まあ、常人にはマネのできないくらい、スゴイんですけどね...。

まずは、木田元さんの語学独習法。

若い頃の読書

自分は高校のとき、たいして本は読みませんでした。

それも、吉川栄治の『三国志』など、歴史小説ばっかり。

純文学や、哲学など、夢にも読もうとも思わなかったし、そもそも読める頭も持っていなかったので。

でもまあ、『三国志』などが読書の出発点だったことは、今では良かったと思っています。

その後、歴史や古典に興味を持つことができたので。

自分のささいな読書歴は、ともかく。

木田さんは今でいう、高校生ぐらいのときにはもう、ドストエフスキーやキルケゴールを読んでいたそうです。

ドストエフスキーの作品を読み尽くすと、次にはドストエフスキー論を読み始めました。実に多くの人がドストエフスキー論を書いています。ジッドの『作家論』のなかの「ドストエフスキー」、シェストフの『悲劇の哲学』、ベルジャーエフの『ドストエフスキーの世界観』、ウェンリンスキーの・・・

いやはや...。

自分も大学のときにドストエフスキーに熱中していたときがありました。

パチンコしながら片手にドストエフスキー、なんていうことも。

もちろん、さすがに場に合わないと、カバー(book jacket)をしていましたが。

まあ、それはともかく。

ドストエフスキーを読むと、みなさん哲学へと向かうんですよね、なぜか。

誤訳の効用?

木田さんもそうだったらしく、ドストエフスキーに強い影響を受けたハイデガーの『存在と時間』と出会うことに。

読んだのは、寺島実仁という方の翻訳本。

ハイデガーの『存在と時間』は確かに難解なんです。しかし、まったく歯が立たないほどわからなかったのは、それだけじゃない。翻訳のせいでもあるんです。『存在と時間』のこの翻訳は上下二巻本なんですが、下巻の後書きに「上巻では・Furcht・(恐れ)と・Flucht・(逃走)を取り違えて訳してしまったから、そのつもりで読んでくれ」なんて書いてあるんですから(笑)。

その後、木田さんは哲学の道へ進むことに。

木田 ...哲学をやるという意識はさほどないわけです。考えていたのは、ハイデガーの『存在と時間』がわかるようになりたいという、ただそれだけなんですね。
渡部 考えてみれば、『存在と時間』のひどい誤訳が木田先生を哲学に導いたといえないこともない。誤訳もまた捨て難し、ですな(笑)。

そして、木田さんは大学に行く気になりましたが、

弟が高校一年になっていましたから、英語の教科書を借りてめくってみました。愕然(がくぜん)としましたね。中学では英語はそれなりにできたつもりだったのですが、まったく読めない。

先を急がず、出発点に戻る

木田さんはどう英語を勉強したか。

先を急いでも力はつきません。思い切って出発点に戻り、中学一年の教科書から独習することにしたのです。

どんは独習法かというと、

方法は丸暗記が基本です。出てくるものは、単語も文法も片っ端から暗記する。覚え込むまで何度も繰り返す。もうこれだけです。一日も休まず毎日八時間から十時間、ほかのことは何もやらず、これだけをやるんです。

毎日八時間から十時間...。

今でいう、英語漬け。

いや、木田さんの場合は、英語漬け漬け漬け漬け漬け漬け漬け漬け漬け漬け漬け漬け漬け漬け漬け漬け漬け漬け漬け漬け漬け漬け漬け漬け、ですな。

さらに、木田さんは大学、大学院でも、ドイツ語・ギリシャ語・ラテン語・フランス語漬け漬け漬け漬け(...途中略...)漬け、を実践したそうです。

どんなふうに語学漬けったかというと、たとえばドイツ語。

英語と同じように、一日に八時間から十時間、ドイツ語漬けったそうです。

やり方は、まず薄い文法書を使って文法の骨組を覚える。あとは、演習でカントの『純粋理性批判』を使っていましたから、これを辞書で片っ端から単語を引いて、翻訳と首っ引きで読む。出てくる単語は片っ端から暗記するんです。単語帳に書いて、それを五日間繰り返して覚える。
それとは別に少し高級な関口存男の『新独逸文法教程』という分厚い文法書を一日一課のペースでやりました。これも単語は辞書を引いて覚え、練習問題もきちんとやるわけです。

ギリシャ語、ラテン語の漬けぶりもスゴイのひと言。

ほんと、よい子のみんな、マネしないでね、って感じです。

暗記法のポイント

今では丸暗記はあまり評判がよくありません。

何事でも、涙なし、でなければならぬ、うんぬん。

その是非はともかく。

木田さんは暗記法をお父さんから教わったそうです。

木田 まだ中学のころです。父から教わった暗記法のポイントは三つですね。
人間は昨日のことは覚えているが、一昨日のことは忘れるものだ、と父は言うわけです。だから、毎日やらなきゃだめだと。一日でも空けたら忘れる。忘れたら面白くないからやめてしまう。だから、何かをマスターしようと取りかかったら、一日でも休んではならないと。毎日やる。これが一つですね。
それから、普通の頭なら五日間続けて同じことをやったら、まず覚えるものだ、と。だから、最低五日間は同じことを繰り返せというわけです。これが二つ目。
三つ目は、目で見ただけではなかなか覚えられないものだ、というのです。手を使って書きながら覚えろということですね。
渡部 それは至言ですね。ことに語学をマスターするには、それ以上の方法はないでしょう。

どうしても先に進みたくなっちゃうんですよね。

昨日はこれをやったから、今日は次。

きちんと頭に入っていないのに進んでいくと、そのうち行き詰まる。

単語も、ちゃんと覚えていないから、何度も同じ単語を調べ直す。

その繰り返しで、イヤになる。

これは、語学に挫折する王道(?)。

自分はいろんな言語に手を出しましたが、このパターンですべて挫折。

『決定版!語学に挫折する方法』

という本を書きたいくらい。

でもラテン語だけはどうにか読めるようになりたい。

最近、まったくラテン語を勉強していませんが。

もう一度、初心に帰って、基礎の基礎から勉強し直そうかな。

たぶんやり直さないでしょうけど。

ラテン語といえば。

渡部昇一さんの話。

私は語学の教師だから、英語の文献を当たっていると、しばしばラテン語の引用文に突き当たる。だから、ラテン語はそれなりに読めます。だが、英語やドイツ語に比べれば、ちょぼちょぼがいいところ。しばしば辞書のお世話にならなければならない。だから、ラテン語をスラスラ読めるようになりたい、というのがかねてからの願いだったわけです。

そして、四十代の終わりごろ、ラテン語を本格的に勉強しようと思い立ったそうです。

でもなかなか時間がなく、

そのままズルズルときて、六十歳の声を聞くことになり、こりゃあかんと思ったわけです。このままではついにラテン語をスラスラ読めるようにならないままに一生を終わることになる、と。そこで、六十を期して立ち上がったわけです(笑)。

そして研究社『英和大辞典』の後ろについているラテン語の名文句集を皮切りに、いろいろとラテン語の暗記を始めたそうです。

それから岩波書店の『ギリシャ・ラテン語引用句辞典』です。これは六十代の半ばころからです。ラテン語の部分だけでも八百何十ページかあって、ようやく一度仕上げ、いま補遺の部分をやり、次いで二度目をやり直そうとしているところです。おかげで、ラテン語をスラスラ読むという境地に大分近づいてきました。

ほんとにもう...なんと言っていいか...。

しいて言えば、よい子のみんな、マネしないでね。

ちなみに『ギリシャ・ラテン語引用句辞典』はこんな感じ。

ギリシャ・ラテン語引用句辞典

残念なことに、今はもう絶版のようです。

自分はギリシャ語はわかりませんが、読んでいるだけで面白いのに。

沈黙は女に飾(かざり)を齎(もたら)す.

とか。

そういえば渡部昇一さんの英語の勉強法を書くのを忘れていました。

以前、少し書いたことがあるので、興味があったらそちらを。
※ 拙記事 英文法と品詞分解

テキストを正確に読む

この対談本で、お二人が強調されていることがあります。

それは、テキストを正確に読む、ということ。

木田 私は学問の世界しか知らないから、学問の世界で言いますが、学校の教師なんてのは特にわからないことをわからないと言いにくいんですよ。だから、ついつい、わかったふりをする。すると、ふりをしているうちにわかった気になってしまう。
渡部 いますな、そういう人が。むしろ、そういう人が多いかもしれない。
わからないことをわかったふりをし、わかったつもりになってしまう。それを見分ける方法の一つに、その人がどういうテキストの読み方をするか、ということがあります。テキストの大意さえわかれば、それでいいといった読み方をする人がいます。大意というのはテキストを隅々まで詳細に正確に読んで、初めてつかめるものです。ところが、大意さえわかればいいという人は、一字一句ゆるがせにせずに読んだ上ではない。というより、詳細に正確には読めないことが多い。そこを誤魔化して大意がわかればいいと言っているのがほとんどなんですね。
木田 お話をうかがっていて、具体的に何人かの顔が思い浮かびます(笑)。

ここ数年、洋書の多読が流行っています。

辞書を引かず、わからないところは飛ばし、たくさんの英語にふれる。

その方法で、みなさん効果をあげているようです。

ですが、じっくりと、知らない単語を辞書で調べ、わからないところはわかるまで考える、ということを、週に一回ぐらいでも実践してみてはいかがでしょうか?

わからないところはいいや、といった癖をつけてしまうと、いつの間にか、木田さんや渡部さんのおっしゃるように、「わからないのに、わかった気になってしまう」かもしれません。

ですから、週に一回、一時間でも、わかるまで考える時間をつくってみたらどうですか、と。

自分の役にも立たない話は、それとして。

木田さんや渡部さんのようなエライ人の勉強法はマネはできませんが、読むとやる気が出ますね。

ちょびっと。

▲ページトップコメント (0)トラックバック (0)

この記事に言及してくださる方は、下のタグにて。
タイトル文字は、ご自由に変えてください。

カテゴリ“英語”の最新記事5件

comments

コメント入力フォーム
(※通常、不要です)

(※HTMLタグは使用できません)

trackbacks

trackbackURL:

▲ページトップへ戻る