2007年12月14日
約束の地、カナンと苦難。キリスト教について(1)
ご存知の通り、キリスト教の聖書(The Bible)は、旧約聖書(Old Testament)と、新約聖書(New Testament)から成ります。
キリスト教はもちろん「新約聖書」を重視しますが、「新約」は「旧約」なしには語れません。(たぶん)
というわけで、これから何回かにわたり、「旧約聖書」を読んでみた感想を書こうと思っています。
ユダヤ教とキリスト教
キリスト教はユダヤ教を母体にしています。
イエス自身、死ぬまで(というか十字架にかけられたあと復活し、昇天しましたが)、ユダヤ教徒でした。
イエスを崇めるが、まだユダヤ教から完全に分離していない、ユダヤ・キリスト教が、ユダヤ教から完全に分離した「キリスト教」となるのは紀元70年頃のようです。
そのことは「新約」の話になってから考えたいと思います。
それでは、「旧約聖書」について。
※なお、この記事で参照する聖書は、1611年に公にされた、ジェームズ一世の『欽定英訳聖書』(The Authorized Version)を使用します。
訳は自分でしましたが、かなり意訳したり、直訳したりしました。
誤訳もあるかもしれません。(たぶんある)
見つけたら、ご指摘のほどを。
ところで、旧約聖書は39の本から成っています。
それぞれが、book であり、chapter ではありません。
たとえば、『創世記』は、こう書いてあります。
The first book of Moses, called Genesis
(創世記と呼ばれるモーセ第一の書)
その39の本の中で、最重要なのは、いわゆる、モーセ五書。
これは別名、「律法」「トーラー」と呼ばれています。
| Genesis | 創世記 |
| Exodus | 出エジプト記 |
| Leviticus | レビ記 |
| Numbers | 民数記 |
| Deuteronomy | 申命記 |
長いですが、続いて。
| Joshua | ヨシュア記 |
| Judges | 士師記 |
| Ruth | ルツ記 |
| Ⅰ Samuel | サムエル記上 |
| Ⅱ Samuel | サムエル記下 |
| Ⅰ Kings | 列王記上 |
| Ⅱ Kings | 列王記下 |
| Ⅰ Chronicles | 歴代志上 |
| Ⅱ Chronicles | 歴代志下 |
| Ezra | エズラ記 |
| Nehemiah | ネヘミヤ記 |
| Esther | エステル記 |
| Job | ヨブ記 |
| Psalms | 詩篇 |
| Proverbs | 箴言 |
| Ecclesiastes | 伝道の書 |
| Song of Solomon | 雅歌 |
| Isaiah | イザヤ書 |
| Jeremiah | エレミア書 |
| Lamentations | 哀歌 |
| Ezekiel | エゼキエル書 |
| Daniel | ダニエル書 |
| Hosea | ホセア書 |
| Joel | ヨエル書 |
| Amos | アモス書 |
| Obadiah | オバデヤ書 |
| Jonah | ヨナ書 |
| Micah | ミカ書 |
| Nahum | ナホム書 |
| Habakkuk | ハバクク書 |
| Zephaniah | ゼバニヤ書 |
| Haggai | ハガイ書 |
| Zechariah | ゼカリヤ書 |
| Malachi | マラキ書 |
旧約聖書はかなり長いです。(よって読むのが大変...)
自分が読んでいる「欽定英訳聖書」は、聖書本文の総ページは1291ページですが、そのうち、旧約聖書は987ページ。
ということは、新約聖書のページ数は、1291-987= ...。
計算は苦手。算数の得意な方は計算してみてください。
旧約聖書が成り立った時代背景
今回は初めての記事なので、旧約聖書の中心のモチーフは何か?
そして、旧約聖書が成立した古代中東の歴史を、旧約聖書の記述とあわせながら書いてみようと思います。
なるべく、サラッと。
神の約束
「旧約聖書」を読んでいると、何度も神が繰り返す言葉があります。
カナンの地を与える。
カナン(Canaan)とは、だいたい現在のパレスティナ。
イスラエルの民が定住する前から住んでいた、先住者「カナン人」がその地名の由来。
ちなみに英語語源辞典で Canaan を調べると、
(原義) (the country exporting) red purple (wool).
となっています。
ようするに、red purple な色(どんな色?あの色?)の羊毛の産地。
そこから、その土地の人々をカナン人と呼ぶようになったのでしょう。
話を戻し、神の約束。
最初は、アブラム(Abram)へ。
※アブラムは、のち改名してアブラハム(Abraham)
と、その前に、創世記(Genesis)にある、アダム(Adam)からの人類の系譜を。
※イブ(Eve)を現在は「エバ」や「エヴァ」と日本語表記しますが、このブログでは、イブに限らず、昔からなじみの名前にしています。
※また、系図は「歴代志上」(Ⅰ Chronicles )にもありますが、「創世記」とはちょっと違います。

重要な人物は、アブラハムからモーセまで。
アブラムへの神の言葉

さて、そのアブラハム、まだ改名せず「アブラム」であった頃、神がこう言いました。
Now the Lord had said unto Abram, Get thee out of thy country, and from thy kindred, and from thy father's house, unto a land that I will shew thee:
-「Genesis」 chapter12.1主はアブラムに言った。
お前の故郷から出よ。
一族から離れ、お前の父の家を出よ。
そして私の示す地に行け。
-「創世記」 十二章・一
アブラハムはカルディア(Cal'dees)のウル(Ur)出身。

神の言うとおり、アブラハムはユーフラテス河をのぼる。
そして南下してカナンの地にたどり着く。
アブラムがカナンの地にたどり着くと、神が現れ、こう言う。
And the Lord appeared unto Abram, and said, Unto thy seed will I give this land:
-「Genesis」 chapter12.7主がアブラムの前に現れ、こう言った。
「お前の子孫にこの地を与える」
-「創世記」十二章・七
イサクへの神の言葉
アブラハムの子のイサクにも。

飢饉が発生し、エジプトへ行こうとすると、
And the LORD appeared unto him, and said, Go not down into Egypt; dwell in the land which I shall tell thee of:
Sojourn in this land, and I will be with thee, and will bless thee; for unto thee, and unto thy seed, I will give all these countries, and I will perform the oath which I sware unto Abraham thy father;
-「Genesis」 chapter26.2-3主がイサクのもとに現れ、言った。
「エジプトへは行ってはならない。わたしの命ずる土地に留まりなさい。 お前がこの地に滞在するかぎり、わたしはお前と共におり、お前を祝福する。そして、お前とお前の子孫にこれらの土地を与え、お前の父、アブラハムに誓った言葉を果たそう」
-「創世記」二十六章・二~三
ヤコブ(イスラエル)への神の言葉
イサクの子で、のちにイスラエル(Israel)と改名したヤコブ(Jacob)へも約束。

And, behold, the LOAD stood above it, and said, I am the LORD God of Abraham thy father, and the God of Isaac: the land whereon thou liest, the thee will I give it, and to thy seed:
-「Genesis」 chapter28.13すると、見よ、天にとどく梯子の上に主なる神が立っていた。
そして主なる神は言った。
「わたしはお前の祖父アブラハムの神、お前の父イサクの神である。お前が伏しているこの地を、お前とお前の子孫に与える」
-「創世記」二十八章・十三
ヤコブ(イスラエル)一家のエジプト移住
さて、カナンの地で暮らしていたヤコブ(イスラエル)は、十二人の子宝に恵まれました。
ヤコブは中でも、十一番目の子、ヨセフ(Joseph)を一番かわいがっていました。
それはそれは、えこひいきといってもいいほどのかわいがりよう。
Now Israel loved Joseph more tahn all his children, because he was the son of his old age: and he made him a coat of many colours.
-「Genesis」 chapter37.3イスラエルはヨセフを他の子たちよりも可愛がった。
ヨセフはイスラエルが年老いてからできた子であったから。
だから、イスラエルはヨセフにとても綺麗な外套を作ってあげた。
-「創世記」三十七章・三
当然、他の兄弟たちはヨセフが気に入らない。
それに、ヨセフは自分がみた夢を語るのが大好き。
しかも、生意気な夢だったりする。
And he said unto them, Hear, I pray you, this dream which I have dreamed:
For, behold, we were binding sheaves in the field, and, lo, my sheaf arose, and also stood upright; and, behold, your sheaves stood round about, and made obeisance to my sheaf.
-「Genesis」 chapter37.6-7ヨセフは兄たちに語った。
「聞いてください。僕はこんな夢を見たんです。僕と兄さんたちが畑で束を結わえていると、びっくりしたことに、僕の束が起き上がり、まっすぐに立ったんです。そして、兄さんたちの束が集まってきて僕の束を囲み、僕の束に向かってひれ伏したんです」
-「創世記」三十七章・六~七
もーーがまんならん、と兄たち。
ヨセフを亡き者にせん!と計画。
が、「いや、殺すのはどうかと思うけど...」
と、兄たちの間で意見が分かれたので、結局、兄たちはこうしました。
And it came to pass, when Joseph was come unto his brethren, that they stript Joseph out of his coat, his coat of many colours that was on him;
And they took him, and cast him into a pit: and the pit was empty, there was no water in it.
-「Genesis」 chapter37.23-24ヨセフが兄たちに近寄ると、兄たちはヨセフが着ていた綺麗な外套をはぎとった。
そして、ヨセフを捕まえ、井戸の中へ放り込んだ。
その井戸には水はなかった。
-「創世記」三十七章・二十三~二十四
そこにエジプト行きの商人が通りかかったので、兄たちはヨセフを井戸から引き上げ、商人にヨセフを売り飛ばしてしまいました。
エジプトへ売られたヨセフ...
と書いていると長くなるので、かいつまんで言うと、夢をみるのが得意?なヨセフは、夢解きも大得意。
ヨセフは夢好きが災いし、エジプトへ売られてしまいましたが、エジプトの地ではその「夢解き」の特技?のおかげでエジプトの王に気に入られ、宰相の座まで登りつめる。
一方、父と兄たちが住むカナンの地では大飢饉が。
そこで、子供たちに言う父イスラエル。
「エジプトへ行って食料を買ってきてくれ」
その後、感動の再会あり、いろいろあり、と、なんだかんだあってイスラエル一家はエジプトへ。
時は経ち、ヨセフたちの子孫はエジプトの地で数を増す。
And the children of Israel were fruitful, and increased abundantly, and multiplied, and waxed exceeding mighty; and the land was filled with them.
-「Exodus」 chapter1. 7イスラエルの子孫は多産であり、その数はどんどん増えに増え、彼らは地に満ちた。
-「出エジプト記」一章・七
困ったのはエジプトの王。
And he said unto his people, Behold, the people of the children of Israel are more and mightier than we:
Come on, let us deal wisely with them;
-「Exodus」 chapter1.9-10王はエジプトの民に言った。
「見よ、イスラエルの民は我らより数多く、手に負えぬ。あの者たちを何とかしなくてはならない」
-「出エジプト記」一章・九~十
が、どんなに酷使しようが、何しようが、イスラエルの民(ユダヤ人)の数は増すばかり。
まさに、イスラエルの民は、
The children of Israel were fruitful.
でした。
困り果てたエジプトの王は産婆たち(midwives)に命令する。
if it be a son, then ye shall kill him: if it be a daughter, then she shall live.
-「Exodus」 chapter1.16生まれたのが男なら殺し、女なら生かしておけ。
-「出エジプト記」一章・十六
しかしエジプトの王、命じた相手が悪かった。
その産婆たちは神を畏れるヘブル人(the Hebrew)。
ヘブル(ヘブライ)人とは、イスラエル(ユダヤ)人の違う呼び方。
つまり同じ民族。
ヘブル人の産婆に命じたのが失敗だった、とエジプトの王。
今度はエジプトの国中に命令。
And Pharaoh charged all his people, saying, Every son that is born ye shall cast into the river, and every daughter ye shall save alive.
-「Exodus」 chapter1.22王は全人民に命じた。
「生まれたのが男なら河に投げ込め。女なら生かしてやれ」
-「出エジプト記」一章・二十二
そんな折に、モーセ(Moses)誕生。
当然、モーセもイスラエルの子、ナイル河に投げ込まれる運命だ。
両親は三ヶ月の間はモーセ誕生を隠し通せたが...。
しかたがなく、モーセをかごに詰め、ナイルのほとりに置く。
そこに偶然通りがかったのは、なんとエジプトの王女様でした。
エジプト脱出
そこで、モーセの前に神が現れる。

まずは恒例の名乗り。
I am the God of thy father, the God of Abraham, the God of Isaac, and the God of Jacob.
-「Exodus」 chapter3.6わたしはお前の父の神である。アブラハム、イサク、ヤコブの神である。
-「出エジプト記」三章・六
神が選んだ民族が、今ではエジプトの地で奴隷となってしまっている。
そこで。
And I am come down to deliver them out of the hand of the Egyptians, and to bring them up out of that land unto a good land and a large, unto a land flowing with milk and honey;
-「Exodus」 chapter3.8わたしはエジプト人の手から我が民を救いに来た。
この地から広大な沃地、乳と蜜の流れる地へとお前たちを導き出そう。
-「出エジプト記」三章・八
かくして、モーセはイスラエルの民を引き連れ、エジプトを脱出し、乳と蜜が流れる約束の地、カナンへと向かいます。
「旧約聖書」の主題。
この、「カナンの地へ導く」という神の言葉は重要な場面で何度も繰り返されます。
よって、「旧約聖書」の主題。
神は選んだ民にカナンの地を約束した。
「約束した」だけ、なのが、みそ。
無条件ではありません。
Now therefore, if ye will obey my voice indeed, and keep my covenant, then ye shall be a peculiar treasure unto me above all people: for all the earth is mine:
And ye shall be unto me a kingdom of priests, and an holy nation.
-「Exodus」 chapter19.5-6よいか。
お前たちがわたしの声に心から従い、わたしとの契約を守るのなら、お前たちは全ての民族の中で、わたしにとっての、かけがえのない宝となる。
全ての地はわたしのものであるから。
そして、お前たちはわたしにとって、司祭の王国、聖なる民になる。
-「出エジプト記」十九・章五~六
この神の言葉は「旧約(ユダヤ教)」の重要なこと、つまり、信仰(faith)や律法(the laws)に関わることなので、次回に取り上げます。
それを書くと、長くなるので。
以上、ここまでが今回の記事の「まえおき」。(長くなりましたが...)
さて、本題。
古代中東の歴史
ユダヤ教が成立することになる古代中東の勢力図を順に。
紀元前3000年頃から1500年頃の中東での二大勢力は、チグリス・ユーフラテス河のメソポタミア文明と、ナイル河のエジプト文明でした。

しかし、紀元前2000年頃から、北方から異民族の波が中東へと押し寄せてくる。
紀元前1700年頃、アナトリア半島でヒッタイトという王国をうちたてた民族もいました。
同じ頃、メソポタミアでは有名なバビロニア王国が誕生。

そしてエジプトでは、紀元前1700年頃、ヒクソス人という軍勢が、千年以上続いた大エジプト王国を乗っ取るという、スフィンクスもビックリ仰天な出来事がありました。
ヒクソスという民族が、どんな民族だったのかは詳しくはわかっていないようですが、一民族というより、混合民族だったようです。
その中に、イスラエルの民(ユダヤ民族)が混じっていたとする説があります。
そうすると、例の、
ヨセフがエジプトへ売り飛ばされ、最後はイスラエル一家がエジプトへ移住した。
という話は、このヒクソス人によるエジプト侵入と関係があるかもしれません。
つまり、イスラエルの部族の一つ、ヨセフを長とする一族が、ヒクソス人と共にエジプトへ向かった。
それが、あのヨセフがエジプトに行った(売り飛ばされた)話になった、と。
事実は定かではありませんが、なんとなく関係があるような、ないような、あるような。
もちろん、聖書を信じれば、ヨセフの話が「史実」でしょうが。
それはともかく。
エジプトの支配者になったヒクソス人でしたが、エジプト人の巻き返しがあり、ヒクソス人の支配が続いたのは約100年。
ヒクソス人が支配者であった頃は、(ヒクソス人と共にエジプトへやってきたのだとしたら)ユダヤ民族もそれなりの地位にいたのでしょう。
が、ヒクソス人の支配が終わると、当然、立場逆転。
イスラエルの民(ユダヤ人)たちは一転、奴隷の地位へ。
そこで、モーセによるエジプト脱出。
エジプト脱出は、ヒクソス人の支配が終わっておそらく300年ほど経ってからですが、はっきりとした年代はわからないようです。
ちなみに、旧約聖書によると、モーセと共にエジプトを出た人数は青年男子だけで六十万人。
And the children of Israel journeyed from Ram'e-ses to Suc'coth, about six hundred thousand on foot that were men, beside children.
-「Exodus」 chapter12.37かくして、イスラエルの民はラメセスからスコテへ向かって出発した。子供を除けば、徒歩の男たち、およそ六十万人による出発であった。
-「出エジプト記」十二章・三十七
妻や未婚の成人女性、子供や老人を入れると何人になるのでしょうか。
60万人×4、としても...。
膨大すぎて、計算できません...。
60万人×5、60万人×6だとすると...。
シナイ半島は、ほとんどが砂漠。
そんな大人数で砂漠を40年間も旅するのは、普通に考えれば、むり。
もちろん、神による手助けがあれば別でしょうが。
というか、神が手助けしたことは旧約聖書に書いてあります。
その話は、「エジプト脱出と十戒」で書きたいと思います。
モーセによるエジプト脱出はいつ?
研究者によって意見は分かれるようですが、モーセによるエジプト脱出はおそらく紀元前1300年から1200年。
あいだをとると、紀元前1250年。
ヒクソス人がエジプト支配したのが紀元前1700年頃。
エジプト脱出が紀元前1250年頃。
細かい数字を抜きにすれば、イスラエルの民がエジプトに住んでいたのは、約450年。
これは、聖書の記述とほぼ一致します。
Now the sojourning of the children of Isael, who dwelt in Egypt, was four hundred and thirty years.
-「Exodus」 chapter12.40イスラエルの民がエジプトに住んだのは、四百三十年間であった。
-「出エジプト記」十二章・四十
余談ですが、このことは、神がアブラム(アブラハム)にすでに告げてたことでした。
And he said unto Abram, Know of a surety that thy seed shall be a stranger in a land that is not theirs, and shall serve them; and they shall afflict them four hundred years;
-「Genesis」 chapter15.13神はアブラムに言った。
「よく覚えておけ。お前の子孫は異邦人の国でよそ者扱いされ、奴隷となり、四百年にわたって苦しむであろう」
-「創世記」十五章・十三
アブラハムはおそらく紀元前2000年から1900年の頃の人。
神は800年近く前から「予告」していたわけです。
それはともかく。
もう一度、紀元前1700年頃の中東。

古代中東の歴史はだいたい、こんな感じで歴史が続きます。
カナンの地を中心に、上・右・左に強大な国家がある。
それぞれの国家の盛衰はあれど、地形は変わらず。
どの国家が古代中東に覇を唱えようとしても、カナンの地は必ず通らなければならぬ土地。
完全に独立を保とうとすれば、他の国々に負けないほどの大国になるかしかありません。
しかし、これは当時のユダヤ人の文明の水準からして、大変なこと。
でなければ、どの国かに守ってもらう、つまり属国として半独立を保つ、のも一策。
しかし、どっちをとっても、かなり大変。
やはりカナンの地は他の国にとって、「通らねばならぬ地」でした。
古代中東の国家の盛衰
紀元前1400年頃、メソポタミアではアッシリアがバビロニアから独立。
そして、アッシリアはどんどん勢力を伸ばしていく。

エジプトを出たモーセ率いるイスラエルの民。
聖書によると40年間、砂漠をさまよった後、いよいよカナン入り。
そして、ダビデ王(David)、その子、ソロモン王(Solomon)の時代(紀元前1000年頃から約70年間)に、念願の統一国家、ヘブル(ヘブライ)王国をカナンの地にうちたてる。

それがイスラエルの民にとっての黄金期。
イスラエルが統一国家を持てたのは、もちろんイスラエルの民の奮闘がありましたが、大きいのはアッシリアが伸張を続けているおかげ。
アッシリアの敵はバビロニアなどの隣接国。
もう一方のエジプトは衰勢気味。
そこで、挟まれたカナンの地には力の空白が。
しかし、イスラエルの民が独立を保てたのは約70年間でした。
ソロモンの死後、ヘブル王国は、北のイスラエル王国と南のユダ王国に分裂。
国家の分裂(内紛)ほど外敵にとっては格好の機会。
紀元前720年頃、北イスラエル王国はアッシリアに滅ぼされてしまう。
北イスラエル王国の滅亡
北イスラエル王国はなぜ滅んだか。
アッシリアの軍事力が圧倒的だった、のかもしれませんが、旧約聖書の記述は次の通り。
北イスラエル王国の最後の王は、ホセア(Ho-she'a)。
And he did that which was evil in the sight of LORD, but not as the kings of Israel that were before him.
-「Ⅱ Kings」 chapter17.2主の目からすると、ホセアの常々の行為は悪であった。といっても、彼以前のイスラエルの王たちほど、悪ではなかった。
-「列王記下」十七章・二
この記述からすると、おそらくホセアはそれなりに良い君主だったのでしょう。
しかし、国にせよ、何にせよ、ユダヤ教にとっては、破滅の理由はただひとつ。
Because they obeyed not the voice of the LORD their God, but transgressed his covenant, and all that Moses the servant of the LORD commanded, and would not hear them, nor do them.
-「Ⅱ Kings」 chapter18.12こうなったのも、彼らは自分たちの神、主の声に従わず、主との契約を破り、主の僕、モーセが命じたすべてのことをも守らなかったからである。聞き従うこともなく、行うこともなかったからである。
-「列王記下」十八章・十二
これはまさに、ホセアの時代から500年も前に、神がモーセを通してイスラエルの民に語ったことでした。
And it shall be, if thou do at all forget the LORD thy God, and walk after other gods, and serve them, and worship them, I testify against you this day that ye shall surely perish.
As the nations which the LORD destroyeth before your face, so shall ye perish; because ye would not be obedient unto the voice of the LORD your God.
-「Deuteronomy」 chapter8.19-20もし、お前が、おまえ自身の神である主を忘れ、他の神々に従い、その僕となり、崇めるようなことがあれば、今日、お前にはっきりと言う。お前たちは必ず滅びる。
お前たちの目の前で主が滅ぼした国々のように、お前たちも滅びるのだ。
それは、お前たちが自身の神、主の声に聞き従わないからである。
-「申命記」八章・十九~二十
そして、ホセア王の治世の九年目(紀元前722年)に北イスラエルの首都、サマリアが陥落。
かくして、北イスラエル王国は約190年の歴史の幕を降ろしました。

南ユダ王国とアッシリア
一方、南のユダ王国は北イスラエルの滅亡後、さらに150年ほど生き延びる。
アッシリアが南ユダ王国へ攻めてきたとき、それを迎え撃ったのは王は、ヒゼキヤ(Hez-e-ki'ah)。
彼はどんな人物であったか。
He trusted in the LORD God of Israel; so that after him was none like him among all the kings of Judah, nor any that were before him.
For he clave to the LORD, and departed not from following him, but kept his commandments, which the LORD commanded Moses.
And the LORD was with him; and he prospered whithersoever he went forth: and he rebelled against the king of Assyria, and served him not.
-「Ⅱ Kings」 chapter18.5-7ヒゼキヤはイスラエルの神、主を心から信じていた。すべてのユダの王の中で、ヒゼキヤの後に彼のような王はなく、ヒゼキヤの前に彼のような王はなかった。
彼は主に忠実であり、主にそむき離れることなく、主がモーセに授けた戒めを守った。
主は彼と共におり、ヒゼキヤの行くところ、主の助けがあった。
ヒゼキヤはアッシリアの王に刃向かい、服従することなかった。
-「列王記下」十八章・五~七
とても信仰篤いヒゼキヤ王。
それを攻めたアッシリアの王、センナケリブ(Sen-nach'e-rib)の軍勢の運命は?
And it came to pass that night, that the angel of the LORD went out, and smote in the camp of the Assyrians an hundred fourscore and five thousand: and when they arose early in the morning, behold, they were all dead corpses.
-「Ⅱ Kings」 chapter19.35その夜、主の御使いが現れ、アッシリアの陣営で、十八万五千の兵を壊滅させた。夜が明けると、見よ、アッシリアの軍は全員、屍となっていた。
-「列王記下」十九章・三十五
神の御使い(angel)は、一騎当千ならぬ、一angel当十八万五千。
これが歴史的事実かはもちろん、不明。
ただし、次のような記述もあることを引用しておきます。
Now in the fourteenth year of king Hez-eki'ah did Sen-nach'e-rib king of Assyria come up against all the fenced cities of Judah, and took them.
And Hez-eki'ah king of Judah sent to the king of Assyria to La'chish, saying, I have offended; return from me: that which thou puttest on me will I bear. And the king of Assyria appointed unto Hez-eki'ah king of Judah three hundred talents of silver and thirty talents of gold.
And Hez-eki'ah gave him all the silver that was found in the house of the LORD, and in the treasures of the king's house.
-「Ⅱ Kings」 chapter18.13-15ヒゼキヤ王の治世十四年目に、アッシリアの王、センナケリブが砦に囲まれた町、ユダに攻め上って来た。
ユダ王、ヒゼキヤは、ラケシュにいるアッシリアの王にたいして人を使わし、伝えた。
「わたしは過ちを犯してきました。どうか兵を引いてください。あなたに課せられたことはどんなことでも、わたしはきっと果たします」
そこでアッシリアの王は銀三百タラントと金三十タラントを要求した。
ヒゼキヤは主の神殿と王宮の宝物庫にあった全ての銀をアッシリアの王に贈った。
-「列王記下」十八章・十三~十五
とにかく、さらに勢力を増し、ほぼ中東を支配下に治めたアッシリアのもと、半従属的に、南ユダ王国は存続していきました。

ヒゼキヤは軍事・外交共にすぐれた王だったのかもしれません。
が、そんな彼も、失態(大失態)もおかしていました。
ヒゼキア王の失態と預言者イザヤの言葉
ヒゼキヤが病気になったとき、バビロニア王はお見舞いとばかりに贈り物をおくってきました。
バビロニアからの使者を歓迎するヒゼキヤ。
うれしさのあまり?武器庫から何から何まで、国中をバビロニアの使者に見せてまわる。
それを聞いた預言者イザヤ(Isaiah)。
なんとも不吉なことを。
And Isaiah said unto Hez-eki'ah, Hear the word of the LORD.
Behold, the days come, that all that is in thine house,and that which thy fathers have laid up in store unto this day, shall be carried into Babylon: nothing shall be left, saith the LORD.
And of thy sons that shall issue from thee, which thou shalt beget, shall they take away; and they shall be eunuchs in the palace of the king of Babylon.
-「Ⅱ Kings」 chapter20.16-18イザヤはヒゼキヤに向かって言った。
主の言葉を聞け。
主はおっしゃる。
「よいか、お前の王宮にある全て物、お前の先祖たちが今日まで蓄えてきた全ての物が、バビロンに運ばれていく日が来る。残るものは、なにもない。これから生まれるお前の息子たちの中で、バビロンに連れて行かれ、バビロンの王宮で宦官にされる者も一人ではない」
-「列王記下」二十章・十六~十八
大預言者イザヤのこの預言、その後の歴史はご存知の通り。
新バビロニアとバビロン捕囚
アッシリアから独立を果たした新バビロニア。
勢い乗って、紀元前612年、ついにアッシリアを打ち倒す。
それから約50年後。
ネブカドネザル(Neb-u-chad-nez'zar)の指揮のもと、新バビロニア軍は南ユダ王国の首都、エルサレムを陥落させる(紀元前567年)。

南ユダ王国が征服されたのは、例の理由。
ちなみに最後の王は、ゼデキヤ(Zedekiah)。
And he did that which was evil in the sight of the LORD, according to all that Jehoiakim had done.
-「Ⅱ Kings」 chapter24.19彼の常々の行為は、ヨアキムが行っていたのと同じく、主の目からすると悪であった。
-「列王記下」二十四章・十九
そのヨアキムとは、ゼデキアの二代前の王で、
And he did that which was evil in the sight of the LORD, according to all that his fathers had done.
-「Ⅱ Kings」 chapter23.37彼の常々の行為は、先祖たちが行っていたのと同じく、主の目からすると悪であった。
-「列王記下」二十三章・三十七
そういえば北イスラエル王国(最後の王はホセア)がアッシリアに滅ぼされたのも、全く同じ理由でした。
訳文は省略。
And he did that which was evil in the sight of LORD,
-「Ⅱ Kings」 chapter17.2
人物変われど、記述は変わらず。
それはともかく。
南ユダ王国が滅び、かの有名なバビロン捕囚、ですが、この話はまたの機会に。
長くなるので。
というか、もう十分長くなってしまいましたが...。
バビロン捕囚、以後
この記事の最初に、
旧約聖書が成立した古代中東の歴史を、旧約聖書の記述とあわせながら書いてみようと思います。
なるべく、サラッと。
と書きながら、ダラダラ長々となってしまたので、ここからは手短に。
文字通り、サラッと。
ほんとに、サラッと。
ペルシャ帝国、勃興
古代中東を制覇したアッシリアを倒した新バビロニア。
ですが、盛者必衰が世のさだめ。
紀元前540年頃、新バビロニアは、これまた新興国家、ペルシャ帝国に飲み込まれてしまう。

そこで、かのキュロス(Cyrus)大王。
しかし、全宇宙の創造主、主なる神にはキュロスの心も思いのまま。
Now in the first year of Cyrus king of Persia, that the word of the LORD spoken by the mouth of Jer-emi'ah might be accomplished, the LORD stirred up the spirit of Cyrus king of Persia,
-「Ⅱ Chronicles」 chapter36.22ペルシャの王、キュロスの第一の年、エレミアの口によって語られた主の言葉が成就された。主はペルシャ王、キュロスの心を動かしたのである。
-「歴代志下」三十六章・二十二
はて?
預言者エレミア(Jeremiah)のどの言葉でしょう?
自信はないですが、これか?
Therefore, behold, the days come, saith the LORD, that it shall no more be said, The LORD liveth, that brought up the children of Israel out of the land of Egypt;
But, The LORD liveth, that brought up the children of Israel from the land of the north, and from all the lands whither he had driven them: and I will bring them again into their land that I gave unto their fathers.
-「Jeremiah」 chapter16.14-15見よ、このような日は来る、と主は言った。
「イスラエルの民をエジプトから導き出した主は生きている」と言われることは、もはやない。
「イスラエルの民を北の地から導き出した主は生きている」と言うようになる。
「(主に背いた)イスラエルの民を、主が追いやった全ての地から導き出した主は生きている」と言うようになる。
わたしはイスラエルの民を、彼らの先祖たちに与えた地に戻らせる。
-「エレミア書」十六章・十四~十五
訳文に、
(主に背いた)
と言葉を加えましたが、それはこの文のちょっと前にこうあるから。
And ye have done worse than your fathers; for, behold, ye walk every one after the imagination of his evil heart, that they may not hearken unto me:
Therefore will I cast you out of this land into a land that ye know not, neither ye nor your fathers; and there shall ye serve other gods day and night; where I will not shew you favour.
-「Jeremiah」 chapter16.12-13お前たちは、お前たちの先祖よりもより悪い行いをしてきた。
見よ、お前たちは邪悪な心のままに歩み、わたしの言葉に聞き従うことはなかった。
わたしはお前たちをこの地から追放する。
お前たちも、お前たちの先祖も知らなかった土地に。
そこで昼も夜も他の神々の僕となるがよい。
わたしはもう、お前たちに恩恵を施すことはない。
-「エレミア書」十六章・十二~十三
ちなみに、北と南の両王国が滅んだのは「行動が悪」であったから、と何度も何度も何度も何度も書いてありました。
何が「悪」なのか。
上に引用した「エレミア書」の一説のすぐ前の文。
Then shalt thou say unto them, Because your fathers have forsaken me, saith the LORD, and have walked after other gods, and have served them, and have worshipped them, and have forsaken me, and have not kept my law;
-「Jeremiah」 chapter16.11お前(エレミア)は彼らに言うがよい。
「お前たちの先祖がわたしを捨てたからだ」と主は言う。
「お前たちの先祖は他の神々に従って歩み、その僕となり、崇め、わたしを捨て、律法を守ることなかった」と主は言う。
-「エレミア書」十六章・十一
やはり大切なのは、「十戒」の、これ。
Thou shalt have no other gods before me.
-「Exodus」 chapter30.3わたし以外のどんな神をも、神としてはならない。
-「出エジプト記」三十章・三
話を戻し、ペルシャのキュロス王の心を動かし、捕囚されていたユダヤ人たちの帰還を許しました。
上に引用したところで、神はこう言っているのに。
わたしはもう、お前たちに恩恵を施すことはない。
追いやるのも神の自由、救うも神の自由、なのでしょうが、他にも理由があるはず。
山本七平(著)『聖書の常識』によると、
聖書の編纂はこの捕囚期にはじまったと思われる。旧約聖書が正典として形成されていったわけである。
らしいです。
それが神のお許しが出た理由でしょうか。
それはともかく。
さて、そんなこんなで、いや、神のおかげで、バビロンに捕囚されていたユダヤ人たちは、約半世紀ぶりにカナンの地へ。
アレクサンダー大王
次は、ご存知、マケドニアの王、アレクサンダー(アレクサンドロス)大王(Alexander the Great) 紀元前336年-323年。
30年あまりの生涯したが、あっという間に、インド近辺まで征服してしまいました。
インドといえば、おそらく当時の人には世界の果ての果て。

アレクサンダー大王について語るとおそらく終わりそうもなし。
よって、サラッと。
(略)
アレクサンダー大王が死ぬと、領土は部下たちに分割される。
カナンの地はセレウコス朝(Seleucos)の支配下に。
ここで、ユダヤ人は迫害の対象とされると同時に、ユダヤ人自身のヘレニズム化(ギリシャ化)が始まる。
が、そのことは「新約聖書編」に入ったときにでも。
ローマ帝国とユダヤ人
まずは、ローマ帝国の建国の歴史から。
時は紀元前753年・・・
と、書き始めたら今までの数十倍の長さになりそうなので、
(略)
さて、そんなわけでローマが勢力を伸ばしつつある時期、ユダヤ人は再び独立を果たします。
それがマカベア家(Maccabees)によって紀元前140頃に設立された、ハスモン朝(Hasmonean Kingdom)。
独立を果たせたのは、セレウコス朝シリアをけん制する意味で、ローマがユダヤ人を援助していたから。
しかし。
これはまったくローマの国内事情なのですが、カエサル(Caeser)・クラッスス(Crassus)と共に「三頭政治」を行った、ポンペイウス(Pompey)が紀元前63年にエルサレムを占領してしまう。
ここでハスモン朝は約80年の幕を降ろす。

が、占領する将軍がいれば、優遇する将軍もあり。
しかも、その将軍は、かのユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)。
カエサルのユダヤ人に対する寵愛は、彼がアレクサンドリア戦争(前四七)で苦戦に陥った時、ユダヤの実力者アンティパル(のちのヘロデ大王の父)が三千人の兵を率いて駆けつけ、この英雄を助けたことにも起因していた。
-大澤武男(著)『ユダヤ人とローマ帝国』
しかしカエサルはご承知の通り、
et tu, Brute.
ブルータス、お前もか。
と言ったかどうかは定かではないらしい。
確かなのは、暗殺されてしまったこと(紀元前44年)。
その結果、ローマは第二次三頭政治へ。
そこで機をみるに敏なヘロデ大王(Herod the Great)、あっちにつき、こっちにつき。
そして紀元前37年、ヘロデは「ユダヤの王である」、とローマに承認をもらう。
イエス誕生とエルサレム炎上
ところで、イエスはこのヘロデ大王の時代に生まれました。
そのもろもろのことは、新約聖書の話に入ってから、にします。
さて、ローマ帝国の支配下にあったユダヤ人。
時が経つにつれ、両者の関係は悪化するばかり。
そしてついに。
ウェスパシアヌス帝(Vespasian)が皇帝であったキリスト暦、つまり西暦70年、ウェスパシアヌスの子であり次の皇帝になるティトゥス(Titus)によるエルサレム炎上へとつながる。
かくしてユダヤ人は diaspora (離散)の時代へと...。
カナンの地、その後
本当に、カナンの地は大国に翻弄され続けた歴史でした。
だから、今回の記事の題名に「約束の地、カナンと苦難」とつけました。
(ダジャレ、じゃないです)。
しかし。
この、古代中東の民族の大移動、エジプト、バビロニア、アッシリア帝国などの盛衰がなかったら、「カナンの地」を目指すユダヤ人の歴史があったかどうか。
歴史の if。
もし神がイスラエルの民に約束したのがカナンではなかったら?
もうちょっと、どこか大陸のはじっこ、静かな土地を約束したのなら...。
もちろん、イスラエルの民がカナンに定住結果、それをめぐる歴史があり、その結果、旧約聖書ができた、とも考えられますが。
どうなんでしょうか。
やはり神のみぞ、知る、でしょうか。
ところで、これでカナン(パレスティナ・エルサレム)をめぐる争いは終わったわけではありません。
イスラムによる占領。
いわゆる十字軍による占領。
そのほか、あんなことや...。
こんなことや...。
というか、今でもパレスティナ問題があり、それが解決する見込みゼロな状態。
今後、どうなるかは、やはり「神のみぞ知る」なのでしょうか。
ダビデ王が今でも理想とされるのは。
話戻って、ダビデのことを、ちょっと。
新約聖書は「マタイによる福音書(Matthew)」が最初。
その「マタイによる福音書は、次の言葉で始まります。
The book of the generation of Jesus Christ, the son of David, the son of Abraham.
-「Saint Matthew」 chapter1.1アブラハムの子であるダビデの子、イエス・キリストの系図。
-「マタイによる福音書」一章・一
新約聖書では何度もイエスを「ダビデの子」と呼びます。
そこで、「氷点」などを書いた作家の三浦綾子さんの『旧約聖書入門』を引用させていただきます。
そもそもイエスは神の子キリストである。単に「ダビデの子」などという呼称にとどめることはできない。このダビデは、確かに信仰の人であったが、いろいろと問題も多く、イエスに、自分の名を冠することができるほど、聖なる人間ではなかった。なぜダビデの名がこんなにも愛せられるのか、わたしはむしろふしぎに思うことさえある。
-旧約聖書入門―光と愛を求めて
三浦綾子さんは信仰篤いクリスチャン(プロテスタント)で、この本はまるで牧師さんの説教のように「旧約聖書」について解説されています。
※自分は説教を受けたことがないので、本物の説教がどんなものかは知らないのですが...。
確かに、ダビデは倫理的に問題あり、な人物。
人妻と姦淫したりしています。
これはモーセの十戒に違反。
Thou shalt not commit adulty.
-「Exodus」 chapter20.14汝姦淫するなかれ。
-「出エジプト記」二十章・十四
ダビデは他にもいろいろと、問題ありすぎな王。
だから、信仰心篤い三浦さんはイエスが「ダビデの子」と呼ばれるのに抵抗を感じるのでしょう。
もう一度、三浦さんの言葉。
なぜダビデの名がこんなにも愛せられるのか、わたしはむしろふしぎに思うことさえある。
が、信仰心が全くない自分が「旧約聖書」を読むと、ダビデこそ旧約の体現者、と思います。
それは、
イスラエルの民(ユダヤ人)の悲願であった、独立国家を現実のものにしたから。
この自分たちの国家を持っていなかった民族が、ついにそれを手に入れた、という意味はかなり深いと思うのですが、どうでしょう?
三浦さんの『旧約聖書入門』はこれから何回か引用させてもらいます。
信仰篤いクリスチャンの見解と、信仰心のまったくない自分が聖書を読んだ感想の違いとして。
もちろん、三浦さんの意見のほうが正しいのでしょうが...。
閑話休題。
ところで、ダビデのおもな外敵はペリシテ人(Philistine)。
そのペリシテ人が、今のパレスティナ(Palestine)の語源となりました。
まさに、三千年前にも「パレスティナ問題」はありました。
それはともかく。
メシア思想とイエス
救世主、メシア(Messiah)思想。
「サムエル記下」にダビデの最後の言葉が書かれていますが、ダビデをこう称しています。
Now these be the last words of David. David the son of Jesse said, and the man who was raised up on high, the anointed of the God of Jacob, and the sweet psalmist of Israel said,
-「Ⅱ Samuel」 chapter23.1ダビデの最後の言葉。
エッサイの子ダビデは語った。
高くまで上げられた者。
ヤコブの神に油を注がれた者。
イスラエルの美しき歌い人は語った。
-「サムエル記下」二十三章・一
そのあとダビデの言葉は続くのですが、略。
この anoint (油をぬる)という行為はキリスト教では重要な言葉。
そして、be anointed king で「王になる」という意味がありますが、これは古代ユダヤ人の儀式でした。
And the men of Judah came, and there they anointed David king over the house of Judah.
-「Ⅱ Samuel」 chpater3.4ユダの男たちが集まり、ダビデに油を注ぎ、ユダの家(南ユダ王国)の王とした。
-「サムエル記下」二章・四
新約聖書でもイエスが「油を注がれる」記述が多々出てきます。
語源辞典によると、Messiah とは「油を注がれた者」すなわち「王」の意味のようです。
メシア思想はユダヤ人の間でかなり早くからありました。
その救世主像は、おそらくダビデのような軍事的・政治的な人物(王)だったと思います。
ユダヤ教(旧約聖書)はかなり、リアリズムな世界ですから。
そんな中、Messiah(王)として現れたのが、ダビデとは全く反対の人格(神格?)のイエスでした。
ところで。
イエスはユダヤの王だったのでしょうか?
先ほど新約聖書はこう始まると書きました。
The book of the generation of Jesus Christ, the son of David, the son of Abraham.
-「Matthew」 chapter1.1アブラハムの子であるダビデの子、イエス・キリストの系図。
-「マタイによる福音書」一章・一
「ルカによる福音書(Luke)」でもイエスの系図が書かれています。
「マタイ」と「ルカ」ではイエスの血統に違いがあるのですが、いずれにせよ、ダビデ・アブラハムの子孫であることが強調されています。
余談ですが、ダビデにつながるのはイエスの父のヨセフ(Joseph)。
イエスは精霊によって身ごもったのですから、ヨセフの血は入っていないはず。
ということは...。
まあ、それは、それ。
イエスに関し、これほどダビデの血にこだわるのは、ナタン契約(ダビデ契約)があるから。
つまり、ユダヤの王になる資格があるのはダビデの子孫のみ。
And when thy days be fulfilled, and thou shalt sleep with thy fathers, I will set up thy seed after thee, which shall proceed out of thy bowels, and I will establish his kingdom.
He shall build an house for my name, and I will establish the throne of his kingdom for ever.
-「Ⅰ Samuel」 chapter7.12-13あなたの日が満ち、先祖たちを眠るとき、わたしはあなたの身から出る子を、あなたの後に立てる。
わたしはその王国を強くする。
その子はわたしの名のため家を建て、わたしは彼の王座を永遠に堅くする。
-「サムエル記下」七章・十二~十三
ユダヤ人にキリスト教、といっても当時はユダヤ教キリスト派、でしたが、なにはともあれ、ダビデの子、というのは箔がつく言葉だったのでしょう。本当にそうかは不明として。
ところで、イエスは「ダビデの子」つまり「ユダヤの王」を自認していたのでしょうか。
イエス自身、裁判にかけられたとき、総督ピラト(Pilate)の質問にこう答えます。
And Jesus stood before the governor: and the govenor asked him, saying, Art thou the King of the Jews? And Jesus said unto him, Thou sayest.
-「Matthew」 chapter27.11イエスは総督の前に立った。
総督はイエスに尋ねた。「お前はユダヤの王なのか?」
イエスは答えた。「その通りだ」
-「マタイによる福音書」二十七章・十一
And Pilate asked him, Art thou the king of the Jews? And he answering unto him, Thou sayest it.
-「Mark」 chapter15.2ピラトはイエスに尋ねた。
「お前はユダヤの王なのか?」
イエスは答えた。「あなたが言った通りである」
-「マルコによる福音書」十五章二
本当にイエスがこう答えたのか。
すこし気になります。
そして、一番気になるは、イエスの最後の言葉。
My God, My God, why hast thou forsaken me?
-「Matthew」 chapter27.46
-「Mark」 chapter15.34我が神、我が神、なぜあなたはわたしをお見捨てになったのですか。
-「マタイによる福音書」二十七章・四十六
-「マルコによる福音書」十五章・三十七
こう、大声で叫んだという。
・・・
いつの間にか新約聖書の話に。
今回は、これで終わり。
もうひとつの敵、魅力的な?バアル神
今回はイスラエルの民の外敵の話を中心に書きましたが、もうひとつ、敵がいました。
それが、バアル神(Ba'al)。
バアル神はカナンの地の先住者、カナン人の宗教。
今までさんざん出てきた「他の神に...」と神が言及したのは、おもにこのバアル神です。
バアル信仰は、基本的には豊穣を願う祭りのようで、オルギー(orgy)、つまり、酒を飲んで踊ったり、性的な...。
旧約聖書の律法には「性の戒め」が多いですが、それはバアル神のオルギーに染まるな、ということでしょう。
しかし、唯一神をもつイスラエルの民、オルギーの誘惑に勝てず、バアル神に染まる人が続出。
生命の聖性に対する信仰はイスラエル人も抱いていたので、最初から問題が生じた。すなわち、カナンの宗教的イデオロギーにとり込まれずに、その信仰をどのようにして保てるだろうかという問題である。
-ミルチア・エリアーデ(著)・中村恭子(訳)『世界宗教史1』
そんなわけで、バアル神にまつわる話は旧約聖書では何度も何度も何度も何度も出てきます。
その話は、またのちに。
以上、キリスト教について(1)、約束の地、カナンと苦難、でした。
次回は「アブラハムにみる、神への信仰」の予定。

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