引用された言葉について

ソクラテスは文章を書かなかった。

ソクラテスに限らず、現代まで影響を与え続けている古代の思想家・宗教家は自分で文を書かなかった。

孔子しかり、キリストや仏陀も、しかり。

書かぬ人、ソクラテスはなぜ記された文章を嫌ったのか?

簡単にいうと、書かれた言葉というものは、書いた者の手から離れ、様々に解釈され、誤解されることもあれば、曲解されることもある。

曲解されても、書かれた言葉は、「自分自身を守る」ことができない。

そういった場合、書いた本人(ソクラテスのいう、「父親」)の助けが必要であるが、どうしても書かれた言葉は父親の手の届かないところへいってしまう。

ジャック・デリダ(Jacques Derrida)は同じことを、「エクリチュール(文字)の断絶力」といっています。

なにやら難しそうな話になってきました。
自分でも手に負えなさそう・・・

ということで、身近な例で。

素材はジーニアス英和辞典に載っていた例文。

海賊と英語の中で引用したものです。

He doesn't give a hoot whether I am happy or not.
彼は私が幸せかどうかちっとも気にしない.

この英文に、

という、切実な例文が載っていました。

と自分はコメントをつけました。

それは、日本語訳につられ、この英文の背景をこう解釈したからです。

推測するに、この発言者は女性。

年齢は、ローティーンではない。
(今の日本では可能性はなくもないが)

二人の関係は夫婦、もしくは恋人。

この二人に何があったのか?

・・・妄想中・・・

そんなことがあったのか!

妄想終了。

一方、この英文に日本語訳がなかったとする。

He doesn't give a hoot whether I am happy or not.

英文だけなら、いろいろな解釈ができます。

まず、I

I は日本語の「わたし」と違って、男女問わず、自分を指す言葉。
(もちろん、日本でも立派な社会人の男性は「わたし」といいますが)

もしこの I が男だったら?

そして、この He が父親を指していたら?

お父さんは僕が幸せかどうかちっとも気にしない.

この父親はどんな父親なのでしょうか?

・・・妄想中・・・

この、ダメ親父が!

妄想終了。

さらに恋愛は男女間のこととはかぎりません。

彼は私が幸せかどうかちっとも気にしない.

こういう、男同士の悩みもあるでしょう。

・・・妄想中・・・

たいへんですね…

妄想終了。

あるいは、この英文は怪物の世界の会話かもしれません。

あの二角獣さん、一角獣であるワタシが・・・

この、ばか二角獣が!

いつの間にか妄想中でした。

Happy

さらにさらに、happy という単語。

happy というと「しあわせ」という意味が真っ先に思い浮かびます。

が、それは「しあわせ」という意味で happy が日本語にすっかり溶け込んでいるからでしょう。

英単語 happy は意味するところがとても広いです。

たとえば・・・

このバカたぬきが!

すいません。妄想に入るのが早すぎました。

気を取り直し、もう一度、さっきの英文。

He doesn't give a hoot whether I am happy or not.
彼は私が幸せかどうかちっとも気にしない.

この発言者が、「彼は私が幸せかどうかちっとも気にしない」のを気にしている、つまり、

発言者は彼の態度に happy でない

という前提で考えてきました。

が、発言者が「彼の態度に不満足」だとは、ひと言もこの英文には書かれておりません。

I'm unhappy that …

と読み取るのは、人間の想像力のなせるわざ。

逆に、想像すれば、こうとも解釈できます。

この発言者は束縛されるのが大嫌い。

なるべくほっといてちょうだい、というタイプの人だったら…

さらに、この発言者はエビが嫌い。でも天ぷらうどんのエビは好き。
混ぜご飯は、そんなに好きではないが、出されれば食べる、というタイプの人間だったら…

すいません。途中から自分の話になってしまいました。

話を戻すと、発言者はそんな彼のつれない態度に I'm happy と思っているかもしれません。

でもそういいながら、実は強がっているだけかも・・・

と、想像、ではなく妄想はどんどん膨らんでいきます。

この英文が何かの小説からの引用なのか、つまり元ネタがあるのか、それはわかりません。

あるいは編集者の実体験、心の叫びかも(※妄想)。

元ネタがあるとして、この英文が出てくる小説が出版された直後から、どう解釈されるか、もはや著者の力の及ぶ限りではありません。

実際、このブログで 遊ばれて います。

それが、ソクラテスやデリダ(やっと出てきた!)のいう、書かれたものは「父親の支えがない」、「エクリチュール(文字)の断絶力」。

おわび?

最初に 「ソクラテス」 という言葉が出てきて、さぞ高尚な記事が書かれていると思って読んでくださった人、すいません・・・

特に、初めてこのブログにきてくださった方、ほんとすいません・・・

当ブログは、こんなブログなんです。

ソクラテスやデリダの考察、英語力をつけるのには直接関係はないかもしれませんが、英語も当然、言葉。

エライ人たちの言葉(言語)に対する考察を読むと、じわじわと英語や日本語に対する感性が鋭くなる、かも。

そのうち、ソクラテスやデリダのちゃんとした?話を書きたいと思います。
自分に書けるかどうかわかりませんが。

でも思えば、「続きはまた別の機会に」、と書いて、続きを書いたことはないんですけどね。

どうも生まれたときから三日坊主で。

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