2007年3月15日
プライドと偏見
「プライドと偏見」のDVDを購入しました。
映画館でも観ましたが、原作の小説、「Pride And Prejudice」は自分の一番好きな小説。
「Pride and Prejudice」に限らず、ジェーン・オースティン(Jane Austen)の小説はもう何度読んだことか。
もし自分が島流しにされ、一冊だけ本を持っていってよし、とお許しが出たら間違いなく、「Pride And Prejudice」を持っていきます。
極寒の地で布団にすっぽりとくるまり、頭だけ出してオースティンを読むのもいいかも。
でもどうせなら暖かい南国のプールサイドで読書したい。
だから島流しの地はハワイのオワフ島あたりがいいな。
ギラギラと輝く太陽、美味しい料理、夜はお酒をガブガブ。
起床時間は起きたとき。
就寝時間は眠たくなったら。
そんな島流し生活を送りたい。
翻訳読み比べ。
「Pride And Prejudice」は大のお気に入りなので、翻訳は中野好夫訳の新潮文庫、富田彬訳の岩波文庫、それに原文をやさしく書き直したリトールド版も持っています。
そこで、原書と翻訳書比べ。
まずは原文の出だし。
今から約二百年前の文章ですから古風に感じられるかもしれません。
It is a truth universally acknowledged, that a single man in possession of a good fortune, must be in want of a wife.
【語句】
¶be in possession of … (熟語)…を所有している。
¶good (形容詞)相当な,かなりの。
¶fortune (名詞)財産。
¶be in want of … (熟語)…を求めている,必要としている。【中野訳】
独りもので、金があるといえば、あとはきっと細君をほしがっているにちがいない、というのが、世間一般のいわば公認真理といってもよい。【富田訳】
相当の財産をもっている独身の男なら、きっと奥さんをほしがっているにちがいないということは、世界のどこへ行っても通る真理である。
もちろんこの言葉は、オースティン特有ののユーモア。
と、世の年頃の女性たちや、その母親たちは思い込んでいる。
ということを暗に意味しています。
続く文で、近所に独身でお金持ちの男性が引っ越してくると、
…he is considered as the rightful property of some one or other of their daughters.
【訳】
娘たちの誰かと結婚することになるのは当然、と決めてかかっている。
この時代は、なんとしてでも娘たちに良い縁談を、というのが母親たちの願いであり、生きがいでした。
もちろん、それは今のお母さんたちも同じでしょうね。
出だしの英文に話を戻すと、中野好夫の訳は、落語チックというか講談チックというか、独特の味があります。
自分は中野好夫が最高の翻訳家だと思っています。
そういえば、自分が最初に読んだ洋書、W・サマセット・モーム(W. Somerset Maugham)の 「Of Human Bondage」(人間の絆)の訳者も中野好夫でした。
英文学史上最高の名文家(と個人的に思っている)ジョナサン・スウィフト(Jonathan Swift)の 「Guliver's Travels」(ガリバー旅行記)も中野好夫が訳しています。
もうひとつ、自分が大好きなギボンの「ローマ帝国衰亡史」(The Decline and Fall of the Roman Empire)の訳者も中野好夫。
高齢と原文の尋常じゃない長さゆえ、全巻を訳し終えずに途中で亡くなってしまいましたが。
シェイクスピアも中野好夫訳を参考に読みました。
思えば、英語学習という面ではかなりお世話になった翻訳者です。
世間か、世界、か。
閑話休題。
話を 「Pride and Prejudice」の翻訳比べに。
a truth universally acknowledged
が、二人の訳文が違います。
【中野訳】世間一般のいわば公認真理といってもよい
【富田訳】世界のどこへ行っても通る真理である
違いは universally をどう解釈するか。
「世間一般の(中野訳)」
「世界のどこへ行っても(富田訳)」
そこで、やさしく書き直したリトールド版を見てみます。
stage 6 ですから難しいレベル(2500語使用)でしょうか。
感じとしては大学受験の英語くらい。
同じく小説の出だしのところ。
It is a truth well known to all the world that an unmarried man in possession of a large fortune must be in need of a wife.
非常に原文の雰囲気を保っていると思います。
書き直したのが、
- a truth universally acknowledged → a truth well known to all the world
- a single man → an unmarried man
- a good fortune → a large fortune
- in want of → in need of
ちょこっと単語を変えただけです。
だから原文の雰囲気が残っているのでしょう。
上の疑問の「世間一般の(中野訳)」「世界のどこへ行っても(富田訳)」のどちらがよいのか。
リトールド版は、
( a truth ) well known to all the world。
to all the world ですからや富田訳の「世界のどこへ行っても」がよいのでしょうか?
しかし world には「世間、世の中(の人々)」という意味もあります。
書かれたのが19世紀初頭ですし、オースティンが世界中の金持ちの男性について書いたとは思えません。
やはりイギリスの世間一般について言っているような気がしますが…
どうなのでしょう?
自負?高慢?
ところで、題名。
| 自負と偏見 | 中野訳 |
| 高慢と偏見 | 富田訳 |
| プライドと偏見 | 映画版 |
と三者三様。
prejudice については「偏見」で満場一致。
pride についてはバラバラ。
まあ、映画の「プライド」は訳とはいえない気がしますが。
そこで、「Pride and Prejudice」の邦題は「自負と偏見」と「高慢と偏見」のどちらが良いのか、について。
LDOCE (Longman Dictionary of Contemporary English/ロングマン現代英英辞典) で pride を調べると、
RESPECT a feeling that you like and respect yourself and that you deserve to be respected by other people
(自分を好きで自尊心を持ち、他の人たちに尊敬されてもおかしくないと思うこと)TOO MUCH PRIDE a belief that you are better than other people and do not need their help or support
(自分は他の人たちより優れており、他人の助けや支援など必要ないと信じていること)
上が「自負」で下が「高慢」でしょう。
この小説の主人公は、
しっかり者だがオチャメな娘、
ミス・エリザベス
Miss. Elizabeth
そして、
美男で大金持ち、皮肉屋なところが玉にキズ、
ミスター・ダーシー
Mr. Darcy
人は第一印象が九割?
まずはダーシーの人柄。
ダーシーの初登場は舞踏会。
最初は財産と美男子ぶりで女性たちの視線を一身に集めます。
が、その振る舞いから、すぐ嫌われ者に。
…and he was looked at with great admiration for about half the evening, till his manners gave a disgust which turned the tide of his popularity:for he was discovered to be proud, to be above his company, and above being pleased;…
【中野訳】
そんなわけで、その晩も半ばころまでは、すっかり感嘆の眼で見られていたのだが、そのうちに、彼の態度は妙に反感をそそるということで、人気の風向きはすっかり変わってしまった。理由は、お高くとまって、一座のみんなを見下している。面白そうな顔もしない、というのである。【富田訳】
そしてその夜の中半頃までは、彼も驚嘆の眼で見られていたが、とうとう彼の態度が嫌悪感を与え、人気の汐が引いていった。というのは、彼はお高くとまっていて、一座の人々を眼下に見下し、いっしょになって楽しまないということが、わかってきたからであった。
ダーシーは最上流社会の人間。
自分より下の社会に暮らす人々に対して偏見を持ち、だから高慢な態度をとる。
ここで、
ダーシー = 「高慢と偏見」
という公式が成り立ちました。
次にダーシーの目からみたエリザベス。
…and turning around, he looked for a moment at Elizabeth, till catching her eye, he withdrew his own and coldly said, “She is tolerable;but not handsome enough to tempt me;…
【中野訳】
ミスタ・ダーシーは振り向いて、ちょっとエリザベスを見たが、視線がぶつかると、つと眼をそらせて冷ややかに言った。「まあ、相当じゃあるねえ。だが、とても心を動かされるほどのもんじゃない。【富田訳】
彼はふりむいて、ちょっとエリザベスを見ていたが、彼女と視線があうと、眼をそらして冷ややかに言った、「がまんはできるけど、僕が誘惑されるほどの美人じゃないね。
これはもう高慢どころじゃなく、セクハラです。
いま現職の大臣がこんな発言をしたら国会紛糾確実です。
ダーシーが去り、こんなことを言われたエリザベスの対応。
…;and Elizabeth remained with no very cordial feelings towards him. She told the story however with great sprit among her friends;for she had a lively, playful disposition, which delighted in any thing ridiculous.
【中野訳】
エリザベスは、彼に対して、はなはだ心平らかならぬものがあった。だが、彼女はすっかり上機嫌で、その話をみんな友達にふれてまわった。もともと、朗らかで、茶目っ気たっぷりの彼女は、こうしたバカげた話というと、かえって面白がるのだった。【富田訳】
エリザベスは後に残ったが、ダーシー氏にはあまり好感が持てなかった。けれども彼女は大はしゃぎで、友だちの間にその話をふれてまわった。というのは、彼女は、ちょっとでもおかしいことがあると、うれしくなる、快活なたわむれ好きな性質をもっていたから。
エリザベス、愛すべし。
そんなことを言われても笑い話にしてしまうなんて、自分に自信がある裏返しでしょう。
エリザベス = 「自負」
あら探しすると、魅力に気づく。…ほんと?
しかし、そんなダーシーでさえも、いつまでもエリザベスの魅力に気づかないわけがありません。
気づかなかったら物語が終わっちゃいます。
少し長いですが、しばらくしてダーシーがエリザベスの魅力に気づき始めた場面。
Mr. Darcy had at first scarcely allowed her to be pretty;he had looked at her without admiration at the ball;and when they next met, he looked at her only to criticize. But no sooner had he made it clear to himself and his friends that she had hardly a good feature in her face, than he began to find it was rendered uncommonly intelligent by the beautiful expression of her dark eyes. To this discovery succeeded some others equally mortifying. Though he had detected with a critical eye more than one figure of perfect symmetry in her form, he was forced to acknowledge her figure to be light and pleasing;and in spite of his asserting that her manners were not those of the fashionable world, he was caught by their easy playfulness.
【中野訳】
はじめはエリザベスを、ほとんど美人とは認めていなかった。舞踏会で見たときも、感心するどころか、次に会ったときでさえ、ただあら探しのつもりで眺めていただけだった。ところが、彼自身に対し、また友人たちに対して、いったいあの顔のどこに取柄がある?などと、はっきりそう言い切ったその瞬間から、なんと、はじめて気がついたことは、めずらしく聡明そうなその顔立ち、そしてそれが、あの美しい黒い瞳の表情によって見事に生かされている、ということだった。一つ見つけると、つぎつぎと困った発見がつづいた。批評的な目で見ると、たしかに彼女の容姿には、完全な均衡を欠く欠点がいくつかある。だが、それにしても、全体として容姿の軽快さは認めざるをえない。またその作法は、とうてい上流社会のそれではないと言ってみても、さてそのいたずらっぽくて、屈託のない様子を見ると、なんとなく心惹かれざるをえないのだった。【富田訳】
ダーシー氏は、最初は彼女をきれいだとは思わなかった。彼は舞踏会で彼女を見ても、きれいともなんとも思わなかった。その次に会った時には、ただ批評するために彼女を見た。けれども、彼女の眼鼻立ちには一つとして取り柄がないということを、自分でもはっきり知り、友人たちにもはっきり言ったすぐ後で、彼女の黒い眼のうつくしい表情が顔全体をなみなみならず聡明に見せていることに、彼は気づきはじめていた。これにつづいて続々と、同じように当惑させられることが発見された。彼は批評的な眼で、彼女の体つきに均斉の欠けている点をいくつも発見してきたけれど、その容姿の軽快で感じのいいことは、どうしても認めぬわけにはいかなかった。彼は、彼女の作法は上流社会のものではないと主張したけれど、その軽快で剽軽な風には心をひかれた。
「あの顔のどこに取柄がある?」などと言った直後に魅力に気づき始めたとはスゴイ。
そんなことあるのか?
あるのかどうか確かめるために、みなさん誰かの顔を批判してみてください。
魅力に気づくかも。
偏見は盲目。
エリザベスの魅力に気づいたダーシーは、エリザベスに対する態度が変わっていきます。
ですが、エリザベスは詐欺師まがいの男に、「ダーシーはいかに悪い男か」という(嘘の)話を聞かされる。
自分は風説にはだまされないという自負心のあるエリザベスでさえその話を信じてしまう。
それをきっかけに、ダーシーに対する強い偏見を持ち始めます。
その後のエリザベスのダーシーに対する態度はまさに、高慢そのもの。
よって、
エリザベス = 「自負/高慢と偏見」
後半はダーシーの純な気持ちをわからないエリザベスにヤキモキ。
ダーシー、エリザベスのために陰でがんばっているのに。
とある、駆け落ち事件が勃発。
愛するエリザベスのため、ダーシーは孤軍奮闘。
ダーシーは貴族として、そして男として、強い自負を持っていました。
ダーシー = 「自負/高慢と偏見」
総合すると、
エリザベス/ダーシー = 「自負/高慢と偏見」
よって、「Pride And Prejudice」にふさわしい邦題は、
「自負/高慢と偏見」
に決定!
が、ゴロも良くないし、変。
困った時は、日本流の解決策。
あいだをとって映画の、
プライドと偏見
に落ち着きました。
ズルイけど。
カタカナの題名、のこと。
原作の題名をそのままカタカナにした邦題が多い昨今、いずれ、「プライド・アンド・プレジュディス」となるかも。
かの「ライ麦畑でつかまえて」も村上春樹訳になって「キャッチャー・イン・ザ・ライ」とオールカタカナになってしまいました。
『ライ麦畑でつかまえて』というのはとっても良い題名だと思います。
catcher を 「つかまえて」とするのは少し超訳のような気がしますが。
村上春樹は自分の小説の題名をつけることにかけては、神。
- 羊をめぐる冒険
- 世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド
- ねじまき鳥クロニクル
- 海辺のカフカ
題名だけで、買い。
一方、翻訳となると、そのまんまカタカナ題名にすることが最近多い。
「キャッチャー」しかり、「グレート・ギャッツビー」、「ロング・グッドバイ」。
チャンドラーの「The Long Goodbye」、昔から「長いお別れ」が定番。
とってもいい題名の気がします。
村上春樹は原文尊重、主義なのでしょうか?
映画『プライドと偏見』の感想
さて、本題。
すっかり忘れていた映画「プライドと偏見」。
大満足。
というか、オースティンのものならどんなのでも、好き。
エリザベス役のキーラ・ナイトレイ、とっても良かったです。
原作よりチョッピリおてんばな感じがしましたが、とってもチャーミングでした。
それに、ナイトレイのおかげで、
外国の女優は全員ナイスバディー
という偏見もこの映画を観てなくなりました。
なんといってもミセス・ベネット(エリザベスのお母さん)がいい味。
イギリス人らしいユーモア。
映画を観てるとき、会話のひとつひとつに笑いが起きてました。
コリンズ牧師もとっても粘着質でナイス!
ダーシーもよかった。
あとで紹介するBBCのドラマ版を先にみていたので、最初は、
ダーシーにしてはアンニュイな顔だな…
と思いましたが、途中から好きになりました。
やさしい顔。
そして素敵なモミアゲ。
ダーシーというと立派なモミアゲが必要十分条件なのでしょうか?
ドラマ版でも挿絵の入った小説でも必ずモミアゲが立派です。
エリザベス、なぜ絶壁の上に?
など原作にはない派手な演出もありましたが、きちんとオースティンの作品にまとまっていました。
![]() |
プライドと偏見
主演;キーラ・ナイトレイ |
BBC版、高慢と偏見。
「Pride and Prejudice」は、イギリスでドラマ化されました。
ダーシー役のコリン・ファースがとってもよいです。
キリリとした感じ。
エリザベスも映画版より落ち着いた雰囲気。
全体的に原作に忠実です。
なんといっても映像が美しい。
ダーシーの家(というか、城)などは「さすが貴族の国、イギリス」です。
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高慢と偏見
BBCのドラマ。 |
もっとオースティンを!
日本ではオースティンの小説の翻訳が少ないです。
「Pride and Prejudice」や「Emma」などのメジャーなものばかり。
6作品(習作や未完のものを含めれば14作)しかないのだから、どの出版社でも全ての作品を出すべき。
というか法制化すべき。
如何ナル出版社モ、ヂエイン・オウスチン女史之作品ヲ出版ス可シ。
「Pride and Prejudice」はもう何度も読んでいます。
でも、何回読んでもウルっときます。
お互いの pride と prejudice が溶けていくシーン。
とっても、素敵です。



comments
from Dill
まさんたさん、こんにちは。
この記事を読ませていただいて、ひとかたならぬJane AustenとPride and Prejudiceへの思いが感じられ、しかも分かりやすかったです。 私もPrideを高慢と訳すのに違和感を感じていました。
訳も、並べてみると、訳文の味がよくわかり、面白いですね。中野さんの訳の方が、日本語としてずっとこなれていて、作品への理解が深いこともよくわかりました。
まさんたさんの読みの深さにも、とても感心してしまいました。 ますますこの作品を読むのが楽しみになりました。ありがとうございました!
psガリバー旅行記をいつか読んでみたいと思いながら、本棚で埃をかぶっています。名文とうかがうと、これも捜して・・・と思ったりしています。
2007年3月17日 05:37
from まさんた
Dill さん、こんにちは。
僕のオースティンへの愛をわかってくれてありがとうございます。
ほんと、何回も読みましたからね。
今読んでいるのは4冊目。
読み方が乱暴なので、ページが取れちゃって、取れちゃって。
Dill さんも pride の訳、「高慢」に違和感を持たれましたか。
pride という単語の持つ、複雑さが原因なのかもしれません。
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”私には pride がある”、と誰かが言ったとき、その人は「自負心がある」という意味で使ったとしても、そう発言したこと自体に、「高慢さ」が感じられる。
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みたいなことも書こうと思ったのですが、途中で書いている自分が混乱してきたので、ヤメました。
ちなみに、中野好夫さんも翻訳の中では pride を「自負」や「高慢」、カタカナで「プライド」と訳し分けています。
一番新しい翻訳本、ちくま文庫版でもタイトルは「高慢と偏見」です。
やはり「高慢」なのでしょうかね?
あと富田さんの訳ですが、写していて、いろんな意味で、いろんなことを考えさせられました。
たとえば、富田さんの訳、「快活なたわむれ好きな性質をもっていた」など。
次回、「高慢」ながら、翻訳論”モドキ”のようなモノを書いてみようと思っています。
「ガリバー」ですが、今から300年前に書かれたとは思えないほど、簡潔です。
ほぼ同じ時に書かれたデフォーの「ロビンソン・クルーソー」とは大違い。デフォーは、何度も挫折しました。
ただ、「ガリバー」は内容が複雑です。
ほぼ全文、当時の政治への皮肉・風刺ですから。
2007年3月17日 21:03
from Emi
はじめまして、パイレーツ~の字幕を調べていたらここにたどり着きました。
私もプライドと偏見が好きで、BBCのと映画両方見ました。原作(英語)も買ってしまいました。
現在、翻訳を勉強中で、先生から彼女の英語はとってもきれいだから、読むようにと薦められました。
翻訳を比べてみるのっておもしろいですね。楽しく読ませていただきました。ありがとうございました。
2007年5月22日 17:30
from まさんた
Emi さん、はじめまして。
翻訳を勉強中ですか。うらやましいですね。
僕も昔、翻訳家になりたいなぁ、とちょっとだけ思ったことがありました。
でも自分の英語力と日本語力を考え、断念。
翻訳は面白いですね。文は人なり、じゃないですけど、翻訳も訳者によって小説の雰囲気まで変わりますし。
翻訳も、人なり、ですかね。
2007年5月22日 21:24