田中菊雄と『岩波英和辞典』

辞書を読むのは楽しい。
つれづれに読んでもいろんな発見があります。

たとえば普段使っている『ジーニアス英和辞典』で apple を引くと、

《米俗》 白人べったりのインディアン( cf. banana ).

とある。
apple にそんな意味があるのかと思い、ついでに banana を見る。

[C] ((米俗)) 米国のことしか知らない東洋系の(3世・4世の)米国人 《◆ バナナは外は黄色で中は白いことから》.

ひどいなぁと思いながらも、言い得て妙、と感心。

今の辞書を読むのも楽しいですが、昔の辞書にも readable (読んで楽しく役立つ) ものがたくさんありました。

辞書と、添い寝。

田中菊雄の『英語研究者のために』(講談社学術文庫)という本にこんな話が載っています。

私が英学に志を立てたのはある日店頭で斎藤秀三郎先生の『英和中辞典』の初版を手にした時であった。
あの辞典が発音に仮名を用いたことだけで中等学校によってはあの辞典の使用を禁じたところもあるとさえ聞いたが、少なくとも私にはあの辞典は全く自分一人のために作って下すったかの感をうけた。
後年斎藤先生のお宅を訪問してあの二階の書斎でお会いしてその事を語った時に、「そうだったか」と一言満足の意を表されたことがあった。
赤い表紙のあの『英和中辞典』と青い表紙の『井上英和辞典』とこの二冊を私は寝ても覚めても手離さなかった。
夜寝る時は胸にかかえて寝さえした。

そんな田中菊雄が作ったのが『岩波英和辞典(島村盛助・土居光知・田中菊雄共著)』。
共著となっていますが、実質、田中菊雄が一人で作り上げたようです。

残念なことに、すでに絶版。
今でも『岩波英和辞典』は出ていますが、田中の『岩波英和辞典』とは別のもの。

岩波英和辞典

歴史的原則、のこと。

英和辞典は普通、単語の意味が頻度順に並べられています。
最初に出るのが一番よく使われる意味。
そして順に二番目、三番目・・・と続く。

確かにその方が学習者には便利です。
知らない単語を辞書で調べた時、最初に見るのは一番目の定義ですから。

それに対し、「歴史(的)原則」に基づいて作られた辞書があります。

「歴史(的)原則に基づく」 とは、ある単語の一番古い意味が最初に出てきて、それが順に続くこと。
その代表が OED (Oxford English Dictionary オックスフォード英語辞典)。

現在出版されている英和辞典では「歴史(的)原則」に基づいて編まれたものはありません。
現在どころか、日本で「歴史(的)原則」で作られた英和辞典は一冊のみ。それが『岩波英和辞典』。

オックスフォードの大辞典(OED)を克明に読み、細心の注意と正しい判断によってこれをファースト・ハンドに圧縮することを念願として作られたものである。
-『英語研究者のために』

pretty という単語を辞書で引くと、普通は「かわいらしい,きれいな」という意味が最初に出てきます。
『岩波英和』では大きな意味だけ拾うと、

(1)《古義》 巧みな.
(2) 立派な.
(3) きれいな,かわいいい,かわいらしい.

「かわいらしい」という意味は最後に出てくる。
それは pretty という単語の意味の変遷に基づいているからです。
『語源辞典』で調べると pretty の意味の変化が書いてある。

pretty の意味発達
「ずるい」 → 「利口な」 → 「巧みな」 → 「立派な」 → 「快い」 → 「かわいい」

「ずるい」が「かわいい」に変化するとは言葉は恐ろしい。

ちなみに、日本語の「女狐(めぎつね)」も元来は「ずるい女」という意味のはずですが、最近は「(ずるいが)魅力的な女」というニュアンスが入り込んできているような気がします。

自分だけ?
というか、それは女豹(めひょう)か?

更にちなみに、キュート(cute)も最初は「(病気が)急性の」という意味でした。
今でも同じ語源の acute に「(病気が)急性の」という意味があります。

地面から地球へ。

earth を『ジーニアス英和辞典』と『岩波英和辞典』で見比べてみると、

『ジーニアス英和辞典』
(1)地球
(2)地球の全住民,全世界
(3)地(ground)

『岩波英和辞典』
(a)地(=the ground)
(b)世界(=the world)
(c)地球

順番がまったく逆になっている。

ジーニアスに限らず大抵の英和辞典では「地球」という意味が最初に出てきますが、それは earth という単語が今では惑星としての「地球」( the planet that we live on -Longman )という意味で一番使われることが多いから。

一方、歴史的原則で書かれたものを見ると、

「自分の立っている大地」
 →
「この世界」
 →
「(宇宙の一部としての)地球」

と、人間の想像力が広がっていった様子が実感できます。
かな?

色のついた例文、のこと。

今の辞書は例文に色のついたものを避けます。
英米人が普段よく使う例文を載せ、「こんな古臭い表現などネイティブはしない」と指摘されるのが怖い?ので(それはそれで全く正しいと思いますけど)。

一方、『岩波英和』ではシェークスピアなどの文豪や、聖書からの引用が多い。

◆文学からの引用

◇dog の項
Let slip the dogs of war.
戦いの犬をはなて,劫略をほしいままにせよ《Julius Caesar Ⅲ,1 》.

◇study の項
The proper study of mankind is man.
およそ人間の真に極め知るべきものは人である《 Pope 》.

◇still の項
Thou . . .singing still dost soar, and soaring ever singest.
汝(な)は歌いつつ天かけり,天かけりつつ歌いてやまず《 Shelley 》.

◆聖書からの引用

◇curse の項
I will make this city a curse to all the nations.
わたしはこの町を地の万国にのろわれるものとする《 エレミア 26:6 》.

◇many の項
Many are called, but few are chosen.
招かれる者は多いが,選ばれる者は少ない《 マタイ 22:14 》.

◇true の項
The darkness is past, the true light now shineth.
やみは過ぎ去り,まことの光がすでに輝いている《 Ⅰ ヨハネ 2:8 》.

◇sweet の項
David, the sweetest psalmist of Israel
イスラエルの良き歌びとダビデ《 Ⅱ サムエル 23:1 》.

田中菊雄がカトリック教徒だったのが原因かどうかは分かりませんが、聖書からの引用が多い。
聖書は英米人の思考の基礎ですが、自分を含め日本人は聖書の知識に欠けているので『岩波』の例文を眺めるだけでも勉強になる。

こんな授業だったそうです。

田中菊雄が山形高校で英語を教えていた頃の話。

...『岩波英和』を引かぬ予習は予習と認めない、『岩波英和』にない場合は「『岩波』にない」といえばOKということにした。
そして重要な語に当るごとに一斉に辞典を開かせて辞書について語の説明をすることとし、こうして辞典の引き方を教え込むことを実行した。
あの数年の間に山形高校生の英語の力が著しく伸びたことを今でも確信している。
何しろどこにどういう文例があるかということを、こっちがたなごころに指すように示すことができるので、その能率的なことはおびただしい。
たとえば本に frailty という言葉が出て来るとする。『岩波英和』の frailty にはただ「脆(もろ)さ」という訳語を一つあげてあるだけだが、私はすぐ生徒に「この語を見ればすぐ思いだす名句があるが誰か知っているか」と質問する。
答える者がない。
「では辞典の1202ページを開きたまえ、その五行目をごらん」という。b そこには woman の (3) 「女」《女性の移り易さ、涙脆(もろ)さなどを表して》、Frailty, thy name is woman. 脆さよ、それを女という。と出ている。
私はそれがどういう場面で誰が誰にいった言葉かということを説明する。
また本の中で replenish という語が出て来る。
岩波のその語のところにはただ【動】満たす・再び満たす。とだけある。
しかし私は直ちに同辞典の multiply の項を一せいに開かせる。
そしてそこに出ている Be fruitful, and multiply and replenish the earth. 生めよ植(ふ)えよ地に満(み)てよ《創世記一の二八》を示して説明する。
まずこういった風に自分ながらあざやかな講義をしたものである。
自分にとってあの時代ほど幸福な時代はなかった。
-『英語研究者のために』

こういう授業を受けられたらさぞかし楽しいことでしょう。

といっても、田中菊雄は教養の英語ベッタリではありません。

立派な実用英語こそはむしろ英語学習の頂点だということを一般の人の心に植えつけたいと思っている。. . . そこで私は読むことを基底とし、書くことを中層とし、話すことを頂点とするピラミッド型の英語学習法を説いてみたいと思っている。
-『英語研究者のために』

『英語研究者のために』も実質、絶版のようです(本屋でたまに古ぼけた姿のものを見かけることはありますが)。

実際に英語を読んでいる際に『岩波英和』を引くことは稀ですが、なんとなくいつもそばに置いてあります。

コメント

from 2007;6

正直、時代に合わなくなってませんか?

from まさんた

2007;6 さん、コメントありがとうございます。

おっしゃる通り。

実をいうと、このブログは、「やさしさ」30%、「時代遅れ」70%の割合で成り立っております。

from 横内 美穂

はじめまして。

岩波英和辞典の件でひとこと。

ブログ中、「共著となっていますが、実質、田中菊雄が一人で作り上げたようです。」とありますが、少々、誤解があるようです。

この辞書は、共著者の島村盛助氏が中心となり作られました。そのときのメンバーが旧制山形高等学校(山高)で同僚でいらした田中菊雄氏と、山高の第3回生である藤島昌平氏です。土居光知氏は監修者的な立場でいらしたそうです。

昭和26年5月に増補改訂版が出版されましたが、この作業までは島村盛助氏が中心となりおこなわれました。

昭和27年4月に島村盛助氏が亡くなった以降、新版以降については確かに田中菊雄氏がお一人でされていらしたと言えると思います。

私は、島村盛助氏について研究(?)をしております。「ひとこと」と思いながら、長々となってしまい申し訳ありませんでした。

from まさんた

横内さん、はじめまして。

そして、貴重な情報を教えて頂き、ありがとうございます。
岩波英和の編纂過程、そうことでしたか。

僕はこう思い込んでいました。
田中菊雄(執筆)、島村盛助(監修)。

そして、島村・田中(共著)では知名度からして『岡倉英和』には太刀打ちできないので、高名な英文学者である土居光知が「名前を貸した」(もちろん、助言なり、なんらかの形で関係はしていたとしても)。
数年前までは、国語辞典には必ず「金田一」の名があったように。

島村盛助については、辞書編集者というより、英文学者のイメージがありました。英文学者で辞書を編纂する方は少ないですからね。
また、田中菊雄が「協力させていただいた。参加できた」というようなことばかり書いているので、謙遜かな?と。

思い込みというのは恐ろしいですね。

貴重な情報、本当にありがとうございました。
横内さんの島村盛助の研究、その成果を、本なり、ウェブなりで公開してくださることを期待しております。

最後に、横内さんはご承知でしょうが、この記事を読んでくださる方に、田中菊雄から見た島村盛助について、『英語研究者のために』から引用します。

  先生今やなし

 私はその頃から影の形に添うがごとく先生に師事して多くの感化を受けたが、得に一語一句をもゆるがせにしない良心的な学風、英文を和訳するのに常に国語辞典を引く習慣など ― いろいろな面でお蔭を蒙(こうむ)った。
たとえ大先生と何年何十年同じ学校に在職していても私が島村先生から受けたほどの感化を受けられることは稀である。
当時『岩村英和』という共同の仕事を与えられたことを今でも心から感謝し、先生の冥福を祈る次第である。

from anonymous

田中菊雄はメソジストだったと思います。
『英語研究者のために』に吹雪の中、英語を教わりに
行ったとありますが、その人の影響らしいです。

『知的人生に贈る』の渡部昇一の解説とかで見ました。

from まさんた

anonymous さん、はじめまして。

田中菊雄がメソジストであったかどうかはわかりません。

僕が田中菊雄を敬愛するのは、古典などを始め、日本を愛しているように思えるからです。

(広い意味で)クリスチャンの中には、いわゆる日本の戦前、戦中を、まるで悪の権化のように書かれる方がいます。
そこから飛躍し、ぜんぶひっくるめて、日本の歴史そのものが、“悪” とのレッテルを貼る。

田中菊雄は『現代読書法』(講談社学術文庫)で、1・聖書、2・五書、3・仏典、4・菜根譚、5・言志四録、6・プラトン、7・マルクス アウレリウス、を挙げています。

田中菊雄の宗教的な思想よりも、その幅広く、奥の深い知識が後世に影響を与えたのではないでしょうか。

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