2006年9月22日
forensic ミステリーの英単語
最近の海外ミステリーは、犯人を科学的に突き止める、というタイプのものが流行りです。
パトリシア・コーンウェルの『検死官』がそのハシリでしょうか。
日本でも「科学捜査官ナントカ・カントカ」など色々な "科学捜査モノ" があります。
その「科学捜査の,犯罪科学の」という意味の英単語が forensic。
★洋書のミステリーに出る英単語
forensic [ フォレンスィク ]
【形容詞】
科学捜査の,犯罪科学の,法医学の,鑑識の。
この forensic「科学捜査の」ですが、もともとは「法廷の,弁論の」という意味だったそうです。今でもその意味で使うようです。
それがなぜ「科学捜査の,犯罪科学の」という意味になったのでしょうか?
OED (Oxford English Dictionary オックスフォード英語辞典) を調べると、「科学捜査の」という意味は載っていません。
近い意味で forensic medicine 「法医学」というのは載っています。
法廷で用いられる(forensic)+医学(medicine)
→法医学(forensic medicine)
少し「科学捜査の,犯罪科学の」に近いですが、やはり違います。
科学捜査とは犯人が現場に残した”痕跡”を頼りに、犯人を割り出すことですから。
LDOCE (Longman Dictionary of Contemporary English/ロングマン現代英英辞典 第4版 2003年)には「犯罪科学の,科学捜査の」という意味しか載ってません。
ロングマン現代英英辞典・第4版(2003年)
forensic adj relating to the scientific methods used for finding out about a crime
LDOCEの第2版(1991年)では「法廷の」という意味も載っていますが、「科学捜査の,犯罪科学の」という意味が中心です。
ロングマン現代英英辞典・第2版(1991年)
forensic adj related to or used in the law and the tracking of criminals
ということは、forensic は1980年代の頃には「犯罪科学の,科学捜査の」という意味でもっぱら使われていたのでしょう。
ただし、今でも大きめの英英辞典、たとえばCOD(Concise Oxford English Dictionary コンサイスオックスフォード英語辞典 2004年 第11版)には「法廷の」という意味も載ってます。
英単語 forensic の語源
研究社の『英語語源辞典』によると、forensic の語源はラテン語の forum (フォルム)に突き当たります。
ラテン語 forum は、「(公的なもの、つまり、)広場、市場、国事、法廷など」の意味です。
古代ローマ時代には広場(forum)で民衆が討論などをしていたので、「討論する場」→「法廷」という意味が生まれたのでしょう。
そこから英語 forensic が「法廷の,討論の」という意味を持つのは分かります。
それではなぜ「科学捜査の」の意味が生まれたのでしょうか?
証拠分析する目的。
「法廷の,討論の」が「科学捜査の,犯罪科学の」の意味に広がった理由がちょっとだけ分かる原文がありました。
引用してみます。
The bulk of forensic work was analyzing evidence for presentation at trial―”forensic” means “relating to legal proceedings”―and a defense lawyer’d go to town if cops started assembling fragments of perps’ fingerprints.
【語句】
¶the bulk of … (熟語) …の大部分。
¶relate to … (熟語) …に関わる。
¶legal proceedings (名詞)訴訟手続き。
¶defense lawer (名詞)被告側弁護人。
¶go to town (熟語)浮かれ騒ぐ。¶assemble/アセムブル(動詞)組み立てる。
¶fragment/フラグメント(名詞)断片。
¶perp/パープ(名詞)犯人(=perpetrator)。
¶fingerprint/フィンガプリント(名詞)(~s)指紋。【訳】
犯罪科学捜査の仕事の大半は、裁判の際に提出できるよう証拠物件を分析することである ― ”forensic”とは元来『訴訟手続きに関わる』という意味だ ― だから、警察が犯人の指紋の断片を組み立て始めたと知ったら被告の弁護人はきっと大騒ぎするに違いない。
-Jeffery Deaver 「The Coffin Dancer」
一行目から読んでみると、
The bulk of forensic work was
【訳】犯罪科学捜査の仕事の大部分はanalyzing evidence
【訳】証拠を分析することである¶the bulk of … (熟語) …の大部分。
The bulk of forensic work was と過去形になっているのは、引用した小説が過去形で語られる話だから。
訳すとすれば「~である」と現在形で訳すべきでしょう。
ちなみに、the bulk of ですが、POD (=Pocket Oxford Dictionary of Current English ポケットオックスフォード英語辞典 第9版 1996年)を見たら、
(treated as pl. & usu. prec. by the)
複数扱い。ふつう、bulk の前に the を伴う
とありました。そして、
the bluk of the applicants are women
応募者の大部分は女性です
という例文が載っています。
the bluk of … は複数扱いなのか、と思って上にあげた forensic の引用文を見ると、The bulk of forensic work was … と単数になっています。
何冊かの辞書から the bulk of の例文を拾ってみると・・・
The bulk of his work is in the urban area.
彼の仕事は大半が都市部に集中している。
-「ジーニアス英和辞典」・第3版The bulk of the work is finished.
仕事の大半は終わっている。
-研究社英和大辞典・第5版The bulk of the work has already been done.
仕事の大半はもう終わっている。
-Oxford Advanced Learner's Dictionary 5th edition
と、the bulk of のあとが単数(上の例文でいうと work)が単数なら、述語も単数のようです。
述語が複数の例。
The bulk of consumers are based in towns.
消費者の大半は都市部の住民である。
-「ロングマン現代英英辞典」
consumers と、the bulk of の後が複数の場合は述語も複数になるようです。
『表現のための実践ロイヤル英文法』の545ページに、
<most [all, some] of B>の形の主語の場合、原則として、Bが単数なら単数動詞で受け、Bが複数なら複数動詞で受ける。
とあります。例文として、
Most of the area is grassland.
(その地域の大半は草原である)Some of her classes are at night.
(彼女が受けている授業の中に、夜間のものもいくつかある)
と出ています。a number of … などと同じく、the bulk of … も実質、形容詞と同じ働きをしているのでしょう。
話がそれました。
The bulk of forensic work was analyzing evidence
【訳】犯罪科学捜査の大半は、証拠を分析することである
の続き。
for presentation at trial
【訳】裁判の際に(証拠を)提出できるように
言い換えると to present the evidence at trial ぐらいか。
― ”forensic” means
【訳】つまり、『forensic』という言葉は意味する“relating to legal proceedings”―
【訳】『訴訟手続きに関わる』ということを¶relate to… (熟語)…に関わる。¶legal proceedings (名詞)訴訟手続き。
これで forensic が「法廷の」から「科学捜査の,犯罪科学の」に意味が変遷したかわかりました。
"裁判の際に使えるように証拠を分析する仕事" だから。
なっとく。
納得したところで引用文の続き。
and
【訳】だからa defense lawyer'd go to town
【訳】犯人の弁護士は大騒ぎするだろうif cops started assembling
【訳】もし警察が組み立て始めたらfragments of perps’ fingerprints.
【訳】犯人の指紋の断片を¶go to town (熟語)浮かれ騒ぐ,大騒ぎする。¶assemble/アセムブル(動詞)組み立てる。¶fragment/フラグメント(名詞)断片。¶perp/パープ(名詞)犯人(=perpetrator)。¶fingerprint/フィンガプリント(名詞)(~s)指紋。
and は「理由:だから、よって」の意味。
科学捜査とは法廷で使えるように証拠を分析することなのに、いろいろな所で見つかった犯人の指紋の "断片" をパズルのように組み立て、犯人の身元を突き止めるというのは "手法的" 問題があるので、犯人の弁護士にとって警察の捜査手法を攻撃するにはうってつけの材料になる、ということ。
ちなみに、a defense lawyer と、a になっているのは、まだ犯人は捕まっておらず、逮捕されたあと犯人につく(まだ誰かはわからない)弁護人だから。
the defense lawyer と、冠詞が the なら犯人はすでに捕まっており、すでに担当している,あるいは担当する予定の弁護人。
go to town という熟語は「すごい勢いで~する」が原義のようです。
『アメリカ口語辞典』(朝日出版社)にこの熟語の由来が載っています。
文字どおりには「町へ行く」である。ひと昔前のアメリカでは、田舎の人が町に遊びに出かけるようなことはめったになかった。たまにそういう機会があると、ぱっぱっと農作業などを片付け、大いに張り切って出発したところから、こういう言い方が出てきたらしい。比喩的には動作、活動などがどんどん快調に進行していく様を表すか、仕事ぶりをはじめ、話しっぷり、食っぷりなど、実に幅広い範囲で使われる。
なんとか警察の手法の違法性を見つけ出し、それを攻撃するのは弁護士の王道です。
いつ頃から日本で「科学捜査」という言葉が使われ始めたのか?
科学捜査や犯罪科学というと新しい言葉の響きがありますが、いつ頃からこの言葉が日本で使われ始めたのでしょうか?
というか、いつ頃から日本の英和辞典にその言葉が forensic の訳語として使われ始めたのでしょうか?
自分の持っている辞書の範囲内でちょっと調べてみました。
昭和初期の辞書にはないだろうから、まずは1960年初版の研究社の新英和大辞典(第四版)を開く。
新英和大辞典・第四版(1960年)
forensic [発音] adj. 1 法廷の,法廷に関する;法廷弁論の:~ ability [eloquence] (弁護士としての)法廷弁論の才能[雄弁].2 弁論の,論争の,討論の(argumentative,rhetorical).-n. 《米古》(大学などの)弁論[討論]演習(口述と論文からなり,互いに自分の組を守護し合う).forensically [発音] adv. [語源]
forensic medicine 法医学(=medical jurisprudence).
名詞のところ
-n. 《米古》(大学などの)弁論[討論]演習(口述と論文からなり,互いに自分の組を守護し合う)
の「互いに自分の組を 守護 し合う」のスゴさはさておき、「犯罪科学の,科学捜査の」という言葉はない。
ということは、戦後復興著しい日本には「犯罪科学の,科学捜査の」という言葉はなかったのでしょう。
今みたいにムゴイ事件が毎日毎日起こる、なんてことはなかっただろうし。
平和だったのでしょう。
次は、1980年出版の研究社の新英和大辞典(第五版)。
新英和大辞典・第五版(1980年)
forensic [発音・語源…]-adj. 1 a 法廷の[に関する];法廷で用いられる,法廷用の.b 法廷弁論の:~abillity [eloquence] (弁護士としての)法廷弁論の才能[雄弁].2 弁論の,論争の,討論の(argumentative).-n. 1 (もと,米国の大学などで用いられた)弁論[討論]演習《口述と論文からなり,互いに自分の組を弁護し合う》.2 [pl.;単数または複数扱い] 雄弁術,弁論術,討論術.forensically adv.
forensic chemistry n. 【法律】法化学《…以下略》.
forensic medicine n. 法医学.
「互いに自分の組を 弁護 し合う」と、おだやかになってる。
それはおいといて、基本的には第四版と同じ。
まだまだ日本は平和でした。
今でいう「犯罪の科学的捜査」を以前は何ていってたのだろう。
当然、明治の昔から検死をしたり、犯人の痕跡を調べたりはしていただろうが、どんな言葉を使っていたのでしょう?
法医学という言葉はあったとして、一般的に。
やっぱ鑑識?
ちなみに "forensic work" に携わる人々は現場のゴミ集めなどもします。
forensic に「鑑識の」という訳語をあてている辞書は(自分の所有している辞書では)なかったのですが、「鑑識」という訳語がぴったりくる時がけっこうあります。
話戻って、最新用語をたくさん取り入れるはずのリーダーズ英和辞典の初版(1984年)。
リーダーズ英和辞典・初版(1984年)
forensic [発音] a. 法廷の;法廷で用いる;弁論の,討論の.-n. 討論練習[訓練];[~s,<sg./pl.>]弁論術,討論学.-sically adv. [語源]
forensic medicine n 法医学(medical jurisprudence).
同じ研究社の新英和大辞典をシンプルにした感じ。
バブル直前の日本はまだまだ平和です。
そんなこんなでバブルが崩壊し、身も心もすさみ始めた世紀末日本。1994年春に出版されたジーニアス英和辞典(第二版)。
ジーニアス英和辞典・第二版(1994年)
forensic [発音][形] [限定]《正式》 1 犯罪科学の.2 法廷の,法廷における.3 弁論[討論]に適した|| a man of~ability 弁論の達人.~medicine 法医学.~science (警察の)科学捜査(の方法).
orensics /s/ [名] [U] [単数・複数扱い] 弁論術;犯罪科学.
やっと肩の荷が下りました。
しかし、一番目の意味に「犯罪科学の」と言葉が現れたということは、日本の安全神話が崩れ始めたということです。
たぶん。
その一年後(1995年)に出版されたカレッジライトハウス英和辞典(今のルミナス英和辞典の前身です)。
カレッジライトハウス英和辞典(1995年)
forensic [発音] [形] [A] [法] 法廷の,法廷に関する;(犯罪の)科学捜査の:forensic medicine 法医学.
forensic science [名] [C] (警察の)科学捜査,犯罪(捜査)科学.
1993年刊のランダムハウス英和大辞典にもあるでしょう。
いずれにせよ、どうも1980年代後半から90年代初頭に「犯罪科学,科学捜査」という言葉が日本に広まったようです。
犯罪科学 と 犯罪学、そのちがいは・・・
さらなる疑問。
ジーニアス英和シリーズは、
ジーニアス英和辞典・・1988年4月
ジーニアス英和辞典第二版・・1994年4月
ジーニアス英和大辞典・・・・2001年4月
ジーニアス英和辞典第三版・・2001年11月
という出版順です。
ジーニアス英和第二版と第三版では forensic の記述は全く同じ。
ジーニアス英和辞典 第2版(1988年)・3版(2001年11月)
forensic [発音][形] [限定]《正式》 1 犯罪科学の.2 法廷の,法廷における.3 弁論[討論]に適した|| a man of~ability 弁論の達人.~medicine 法医学.~science (警察の)科学捜査(の方法).
forensics /s/ [名] [U] [単数・複数扱い] 弁論術;犯罪科学.
問題は第二版と第三版にはさまれた大辞典。
ジーニアス英和大辞典(2001年4月)
forensic [発音・語源] [形] [限定] 1 犯罪学の∥~ evidence 犯罪学的証拠.2 法廷の,法廷における.3 弁論[討論]に適した∥a man of ~ ability 弁論の達人.[名]= forensics 2.(以下略)
なぜに「犯罪学の」なのでしょう。
ジーニアス大辞典はジーニアス英和を元に作ったはずなのに。
まあ、そもそも犯罪科学と犯罪学の違いなど、どうでもよいのですが・・・

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